世界の終わりを君と歩く

 溝口君は歩く。歩く先に何があるのか、何処まで歩いていくのかはわからない。もう、生きてもいないのに。

 世界中にゾンビが溢れてこの世の終末はすぐに訪れる。もう、人類は終わってしまったと言っていいだろう。私みたいに生きている人はいるけれど、パニックがパニックを呼び世界中が戦争状態になった。果たしてゾンビが人を殺したのか人が人を殺したのか、それがわからないくらいに争いが絶えなかった。

 文明と呼べるものがほとんど死に絶えて、私のような間の悪い人間はそれでも死にそびれる。

 高校の修学旅行にも体調不良で行けなかった。そうしてクラスメイトが修学旅行に旅立った日に世界中が混乱に陥った。

 混乱が収まるまでの間、という話だったけどそんな時は来なくて学校の人々は私の住んでいる町から遠く離れた地で消息が不明になる。もしかすると、学校の皆からすれば私の方が消息不明だったのかもしれないけれど。

 私は私で大変なことが沢山起きていて、生き残るのに必死だった。いや、生きることを諦めたことも何回もあったけど、間が良かったのかそれとも悪かったのか何とか命が続いていく。私の家族もその過程で失ってしまって、それなのに私のことを必死に逃がそうとした母さんと父さんのことを思い出してしまってからは死ぬこともうまく出来なくなってしまう。

 せめて、納得の出来る終わりを迎えるまでは生きていよう。そう思うけれど、もうこの世界に納得の出来る終わりなんてない。全部、とっくに終わってしまったのだから。

 人と人が殺し合った結果ゾンビになるための人間が減って、私の町のゾンビはほとんど単独行動だ。だから簡単に逃げられる。真っ暗闇になると危ないけれど、少なくともバリケードを突き破ってくるほどの恐ろしさはない。

 町で孤独に生きる生活には慣れたけど、食料は減ってくるし生存者とは会えない。このままジリジリと何事もなくただ死んでいくか。それとも思い切って生まれ育ったこの場所を出ていくか。私が選んだのは後者だった。

 私にはもう何もなかったし、向かう場所としたらもう修学旅行の行き先ぐらいだった。町で拾った自転車に乗って誰もいない世界を巡る。

 そんな旅をしている時に、今更私は思い出す。

「そういえば、お土産買ってきてくれるとか言っていたっけ。溝口君」

 思い出すと、それは随分遠い過去のことのように思えた。溝口君はまだそれを覚えていてくれるだろうか? 会ったら、それについて話をしてくれるかな。

 でも、そんな僅かに生まれた希望もすぐに終わる。

 自転車を漕いで数日間、何処までも続いていくような道で私は溝口君と再開する。もう、物言わぬ死体になってしまった溝口君と。

 それが会いたかった人と会えた幸運と捉えるべきか、会いたかった人がゾンビになってしまった不幸と捉えるべきか、それもわからないまま私は目の前の溝口君を見る。

 人の争いの巻き込まれたんだろうか。ゾンビ溝口君の片手は無いし、全身の服もズタボロだ。

 道を右に左にフラフラと、ゆっくりと、でも確かに進んでいく。もういっそ溝口君にそのまま食べられてしまおうかと思うけれど、私は結局そこでも死を選ぶことが出来ない。せっかく走ってきたそれまでの道のりを逆走して、溝口君にゆっくりとついていく。

 溝口君はただ歩いていく。元々淡々と何かをやる人だったけど、それは死んでからも変わらないらしい。

 長い田んぼ道を越え、朽ち果てた高速道路を越え、水の枯れた川沿いを歩いて、誰もいない住宅街を歩いて、バリケードの跡の残る商店街を越えて、溝口君は歩いていく。

 そうして、結局私の住んでいた町に戻ってきてしまう。

「溝口君、ここに帰ってきたかったの?」

 そう声をかけるけど、溝口君は返事もしない。ただ道を歩いていく。

 そうして着いた先は学校だ。もう門も壊れて誰でも出入り出来る状態の学校へと踏み入っていく。

 ここも随分酷い状態になってしまった。昔、私がこうして溝口君と学校の中を歩いた時の記憶が蘇るけど、目の前の現実とは似ても似つかない。

 バリケードの成れの果て、破れたカーテン、割れた窓ガラス、赤黒い何かが染みた床。

 溝口君が何度も倒れながら階段を登る。段々と、私には溝口君の行き先がわかってくる。

 私たちの教室に溝口君が入る。

 そして、教室の中で倒れる。私の机に倒れ込む。

 それで溝口君は動かなくなる。倒れた時に頭蓋骨が割れたのかもしれなかった。私も死ぬのなら、今ここで死ぬのがいいのかもしれない。そうすれば少なくとも溝口君もいる。一人ぼっちで死ぬことは避けられる。

 でも。溝口君の首元に光るものがあることに私は気づく。それは工芸品の首飾りで、溝口君が身につけないようなデザインだった。

「お土産、買ってたんだね」

 私はそう言って倒れた溝口君に身を寄せる。溝口君の体は冷たくて、もうずっと前には死んでしまってたような体温だ。

 しばらくして、私は立ち上がる。首飾りをもらって立ち上がる。

 溝口君の体の冷たさを感じるくらいの熱があるのなら、せめてこの首飾りの輝きが消えるくらいまでは生きていよう、生きていたい。だから歩かなきゃ。

 まだ、生きてる。〈了〉

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