たとえ貴方が欠片でも
ピンポーンとインターホンが鳴って、私は玄関で宅配便を受け取る。
送り主は『溝口』となっていて私は受け取った段ボールを持って部屋に戻る。開ける。
指が入っている。
私は驚かない。ただ、その指をじっと見る。
溝口君の指だ。私と手を繋いでくれた時に絡めた指、私の髪を掻き分けた指、私に触れた指。その溝口君の一部が私に届けられたのだ。
私と一緒に暮らしていた溝口君が失踪して、数ヶ月経っていた。何かの事故なんじゃないか、私との関係が嫌になったんじゃないか、仕事が嫌になって高跳びしてしまったんじゃないか、私が殺したんじゃないかとか、そんな推測ならまだ良い方だ。
人に語られていくうちに尾鰭がついて、私がいつしか溝口君のDVを苦にして殺してしまった事件ということに人の間ではなっている。実際のところ私は警察にも捕まってないし溝口君が私に手をあげたことなんて一度もないのに、人々の中では私が悪い、いや被害者だ、加害者だとか人間関係の在り方についての議論まで行われている。議論を重ねていくうちに中心の人間は誰もがどうでも良くなってしまうのだろう、もう私と溝口君の話ではなくて広く一般として「人間関係はどうあるべきか」なんて語られ方をする。
私はそんな議論が全て嫌になって引っ越しをする。
そうして、引っ越し先で溝口君を誘拐した犯罪グループが判明したというニュースをテレビで見る。でも、同時にその犯罪グループの大多数が死んだということも。
そのグループは身代金を巧妙に搾取するために特化した犯行を繰り返していたらしくてまず人質を誘拐する。残った家族や身近な人に身代金を要求する。多くはない金額で、それを複数回に分けて要求する。少しでもそれに躊躇する素振りがあると体の一部が送られてきて、催促が行われる。
でも、誘拐された時点で人質は殺されている。バラバラになっている。そうしてある程度身代金を奪った後、人質を明け渡すといって呼び出してその人を誘拐する。そうしてその家族にまた連絡する。その家族を脅して身代金を要求して……
なんて酷い集団なんだ、と思うけどそんな犯罪グループが丁寧に残していた誘拐した人のリストや、身代金の要求候補のリストに溝口君と私の名前があったことから被害者の一員として私と溝口君が挙げられる。
私はまだ身代金を要求されるような連絡を受けていなかったから、もしかしたら溝口君も生きているかもしれないと希望を持ってしまう。
そんな希望に反して、溝口君は帰らない。
犯罪グループはどうしてそうなったのかわからないような凄惨な状態で死んでいたらしい。何かに噛みちぎられたかのように、引きちぎられたかのようにバラバラになってしまっていたらしい。まるで報いのように。
だけど私はそんなことはどうでもいい。私はただ溝口君の帰りを待っていて、他のことは何も出来なくなっている。仕事にも行かなくなって、ただ一日中玄関の前で待っている。
髪の毛、瞳、足首、心臓、色々なものが私の家に届く。私は溝口君のものを見抜くことが出来る。
「おかえりなさい」
段ボール箱に溝口君を見つけるたびに私は言う。
溝口君は帰ってきてくれた。どんな姿になっても、どんな形であってもちゃんと私のところへ帰ってきてくれている。
それが嬉しくて、私は集まっていく溝口君の欠片に囲まれて幸福な日々を過ごす。不思議なことに溝口君の欠片は腐ったり、古くなったりすることもなければ血が滲むこともないから保存するのに困らなかった。温もりすら、感じられる。
だけど、時々違う欠片が届く。
溝口君のものに見せかけた、溝口君のものではない『何か』の欠片。きっと、犯罪グループを殺した『何か』がそうすることで自分の形を取り戻そうとしている。私と溝口君を利用して、姿を取り戻そうとしているんだ。
形も似ていて、まるで人間の欠片だけど、違う。私はそんなものは部屋に置いてやらない。ゴミに紛れさせて捨てていく。
溝口君のことは、例えバラバラになってもわかるのです。
今日も私は溝口君の欠片を待っている。全部の溝口君の欠片が揃った時にどうなるのかは、わからない。でも、それがどんな形であったとしてもこうして溝口君が私の元へ帰ってきてくれること。それがたまらなく嬉しくて、少しだけ、寂しい。
早く帰ってきて。待っているから。〈了〉
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