それは私のための繋がりなのに

 どうして自分のためにやっていることを、誰かのためとすり替えられるのは苦痛なのだろう。

 世界でトラブルが起きて、世界では繋がりが絶たれてしまって、私たちは多くの人と一堂に会することが出来なくなる。交流には人数制限が出来て、選び、選ばれた人同士でしか会うことが出来なくなる。一人でいても孤独でない人も多いけど、それでも人と繋がっていたい、離れていたくないという気持ちを持っている人も沢山いるものだからそんな人々は孤独に苛まれる。

 誰かと一緒にいたい。離れたくない。一人にしないでほしい。

 そんな切実な気持ちだけが集合的無意識で結びつく。

 この世界に侵食して形を伴って現れる。《孤独の天使》という名を冠して。

 《孤独の天使》はとても巨大で、一つの都市に降り立つとその羽を羽ばたかせ、一本の槍を振る。刹那、確かにそこにあったはずの都市は焼け落ち、溶けていく。そこで孤独に震えていた人々も一緒に。

 それは平等で。理不尽で、《孤独の天使》の動作は世界を確実に溶かして一つに変えていく。皆、孤独に疲れていてそんな破壊的な行為に神の御業とすら称する人もいた。世界が、炎に包まれて皆一つになっていく。

 人の心に神は宿る。人が神を信仰する時、その心の中にこそ神は存在する。だから人々の無意識がそうしてこの世界を壊すのなら、それは確かに神の意思と言えるだろう。

 それでも、人々は生きることを諦めない。世界が焼け落ちて一つにされてしまう前に抵抗を試みる。産み落とされたからには、たとえそれが創造主の意思であろうと反抗する権利が人々にはあるはずなのだ。

 孤独の化身である《孤独の天使》に対抗することが出来るのは繋がりの力だけだった。

 人々の繋がりを集合的無意識からエネルギーとして抽出して、技術の結晶たる《因果圧縮砲》から解き放つ。信仰と信仰の戦いだった。

 繋がりの力。誰かを信じること。信じ合うこと。

 そしてその結びつきは、こんな時代だからとても難しい。

 私と溝口君は、若いからという理由でそのエネルギーの供給源として選ばれる。私と溝口君が残された数少ない十代で、この世のことを知らないからと無邪気に人々は私たちに《繋がり》を求めてくる。

「ねえ、溝口君。何だろうねこれ」

「何だろうねえ」

 私と溝口君が過ごすのは学校の教室を模した部屋だ。その部屋で私と溝口君はただ、喋る。私と溝口君がそうして交流をするたびに、無意識下で《繋がり》は溜まっていくらしい。

 仕方がないから話す。いつものように思ったこと、感じたこと、勉強のこととか、食べ物のこととか、気になっている漫画とか映画とか小説とか何でも話す。そんな時間は、確かに楽しい。

 それなのに、人々はそれだけだと足りないと言われる。

「全然繋がり足りないんだよね。もっと早く貯めてよ」「世界を守っているって自覚持ってよ」「早くしてよ!」

 部屋を出た私に、そんな言葉がたくさん浴びせられる。きっと溝口君も別の場所でそんなことを言われているのだと思う。自分で出来ていないことを、繋がりを生み出す自分の『理想のコミュニケーション』を人にやらせようとするな! と私は思うけど世界の命運が掛かっているから私は何も言えない。黙るしかない。

 でも、どんどんエスカレートする。

 私と溝口君の交流が「正しいものか」を確認するという名目で部屋にカメラがつけられる。別の部屋で私や溝口君の一挙一動が取り上げられて、部屋を出るとそれについて好き勝手言われる。

「あの発言はどうなの?」「全然変わらない話してて面白いわけ?」「ああいう発言は相手を不快にさせるでしょ。やめた方がいい」「あなたたちのことを思って言っているんだけど、どうしてそんな顔するの?」

 私は少しずつでも自分の振る舞いを直すけど、それは決して止まることを知らない。ずっと、ずっと。何をしても何を話していても言われ続ける。

 極め付けは、不意に言われた言葉。

「あのさ、さっさと抱くなり抱かれたりしろよ。繋がりを生み出すためなんだからさ。危機感なさすぎだろ」

 私が溝口君と話しているのは世界のためなんかじゃない、はずだ。でも、もうそれすらも私にはわからなくなっている。

 夕焼けの教室を模した部屋で、私は泣く。

「ごめん、溝口君。もうだめかも私」

「うん」

「溝口君と話すことがもうどうしたらいいかわからないの。何が自分の意思で、何が求められているかわからないの。溝口君といることが、私が私で無くしている」

「そう思うよ」

 その日から、私たちの会話から《繋がり》は抽出されなくなって、私と溝口君は人々の輪から追い出される。世界は破滅へ向かっていく。


 私は一人で廃墟を歩いている。まだ生きている、でも、もう世界はきっと終わりだろう。《孤独の天使》は増えていてもう私の歩く頭上の空にも無数の天使たちがいる。

 廃墟を歩く。誰もいない。止まっていても歩いていても変わらないはずなのに、ただ、私は足を進めていく。

 ここは、学校があったはずのところだ。もうそこには瓦礫しかなくて、私はそこに腰を下ろす。

 すると、声がかかる。

「やあ」溝口君だ。

「久しぶり」

「うん、本当に」

 私の中から自然と言葉は出てきていて、世界が終わる時だから、もう正しい言葉も正しい振る舞いも気にする必要がない。ただ、溝口君と話す今のこと時間だけを感じていればいい。

「終わるね。世界」

「そうだね。終わるよ」

 あたりはとても静かだ。《孤独の天使》が空で槍を振おうとするのが見えるけどその行為に音は聞こえない。

 世界が終わる前なのに、世界が終わった後みたいな静けさと、溝口君と私の声だけが耳に届く。

 言葉は尽きない。私は私のまま、こうして溝口君と言葉を交わす。〈了〉

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