ドリルホールインユアハート

 溝口君の心は広い。だからってこんなに広がってしまうなんて聞いてない。

 溝口君の心が形を持って地球を包み込んでしまう。世界中のありとあらゆる建物や名所が埋まってしまう。

 世界中の人に溝口君が恨まれてしまう!

 でも世界は思っていたよりもずっと優しい。溝口君の心に世界中が包まれたからだろうか? 皆が埋まってしまった溝口君を掘り返そうと協力することになる。信じられない。

 何とか浅い箇所から必要最低限の物資が手に入ったようでだいぶ生活水準は下がったけれど、掘りながら生きていくことが出来る。

 国が私たちに掘削のための道具を配給してくれる。

 私に与えられたのは細いドリルで、それは確かにツルハシとかスコップよりはマシだけど世界中を包み込んできっと海より深い溝口君の心を掘っていくには心許ない。

 でも、文句を言っても仕方がないので掘ることにする。心に閉じ込められてしまった溝口君を助けなければ。

 心に穴を掘る、というのは心を傷つけるということでそれは大丈夫なのかな? と私は思うけど、私がそうして溝口君を傷つけると気にするのは自分の心の中に溝口君との思い出があるからで、きっとそれは溝口君によって空けられた私の心の穴なのだ。キューピッドが弓矢で心を刺すのも同じことだ。傷つけることと関わることは、きっと同じだから。

 掘る。掘る。掘る。ギュイイイン! ガガガ! ドゴゴ! という音とともに私の一日はあっという間に終わっていく。

 掘り続けている時間は孤独だ。溝口君と教室で会話をしていた時は全然孤独を感じなかったのに、今はとても心細い。掘って、掘って、掘って、掘って、こんなこと私がやる必要あるのかな? 私が掘らなくても溝口君のこと、誰かが助けるんじゃないかな、とか考える。

 世界の誰もが溝口君の心に穴を掘っているから、どうしても私は他の人の様子が気になってしまう。

 初めは誰もが同じような道具を使っていくけど、掘削が続いて色々なものが掘り起こされる。ショベルカーのような掘削機まで出てくる。そうしてそんな掘削機を使う人が現れる。

「今日はショベルカーで数キロ掘り進められたそうですよ」

「はい、必ず溝口を掘り出して見せますよ」

 そんな会話が休憩所のテレビで誰かが称賛されている様が流れている。溝口君が助けられる可能性が増えて喜ぶべきなのに私は素直に喜べない。

 私だって掘ってる。掘っている。掘っているのに。

 でも、沢山掘っている人こそが溝口君のことを考えていて、溝口君に真摯で、大切に思っているとされる。テレビに映っていたのは大人しい溝口君を言い返さないからと小馬鹿にしていたクラスメイトなのに。溝口君のことなんてこうなるまで何とも思っていなかったくせに。

 どいつもこいつも。沢山掘る人は皆そうだ。油圧ショベル、ホイールローダー、ブルドーザー、スクレイパー、モーターグレーダー、シールドマシン!

 そんなもので掘ってどうするんだ、溝口君が怪我したらどうするんだ、溝口君のためのはずなのに掘ることしか考えないのか。もっと真剣に溝口君のことを考えろよ!

 私の中に不満が溢れている。でも、何処かやりきれなくて私は拗ねる。適当に掘るようになる。

 だけど掘るというのは形だけでもやっぱり掘っていて、掘るということに違いはなくて、私は溝口君の『想い』の一部を掘り当てる。

「疲れてる?」

 そう『想いの溝口君』が言う。いつの間にか拗ねて適当に掘っている私を責めるわけでも、励ますわけでもない。

「疲れてるよ、きっと溝口君は誰かに見つけられちゃうし、何のためにやってるのかもうわかんないよ」

 私はいつの間にか泣いていて、でも久しぶりに溝口君と話す時間であることを感じている。

「無理しないでいいよ。やめていいよ。元気でいてくれると、僕は嬉しい」

 その優しさはやっぱり私の知っている溝口君で、その言葉と共に『想いの溝口君』は消える。そこには私だけが残る。不意に私は気づく。

 私は溝口君のためにこうして掘っているわけじゃない。誰よりも溝口君を大切だと、他の人に認められたいわけでもない。

 ただ、私は私のためにこうしている。自分の願いでしかない。欲望でしかない。私が溝口君と会いたいから。私が溝口君と話したいから。私が溝口君と過ごしていたいから。

 そこに溝口君の気持ちは関係なくて、だから私はドリルを手に取ったのだ。

 私の涙はもう乾いていて、私は溝口君の心を深く深く掘っていく。掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って。ずっとずっと深く掘る。

 私は溝口君の心に穴を掘りながら、きっと溝口君が私に作った心の穴を見つめている。

 いつしか私は時間も距離も忘れている。もう、そんなことどうだっていい。

 届くかもしれない。そんな心地だけがしている。

 それは次の瞬間かもしれないし、まだまだずっと後かもしれない。

 まだまだこの道のりは遠い。

 でも、届く。私はそれを信じることが出来ている。まだ少し、もう少し、頑張ろう。〈了〉

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