後世に残るかもしれない豚バラ六百グラム

 溝口君の家は後世に残る家だと聞く。

 何でも溝口君の先祖が急に目覚めたかのように一心不乱に取り組んで誰も見向きをしなかった研究は少し前に近年人々に発見された先天的な病気の治療の大きな一助になったし、溝口君の曽祖父さんの書いた小説は当時はさっぱり評価されなかったけれど現代人の曖昧でいて情緒豊かなおかしみを描いていて再評価と多くのフォロワーを生み出した。

 これは面白いとメディアが冗談半分で溝口君の家系を調べると続々と現代の価値観や知識と照らし合わせると価値のある発見ばかりがあったのだ。溝口君の家系、凄い。

 とはいえ溝口君のお父さんがハマっていたカセットテープ収集癖とかロケットペンシル収集癖なんかは今のところ何の価値があるのかわからないのだけど。

 でも、それもまた将来的に価値があるのじゃないかという目で見られるようになる。そんな目で溝口君の家が見られるようになるので溝口家で一番若い溝口君は当然のように注目される。

「おっ、そのアプリのゲームが好きなんだね。溝口さん」「溝口さん、その雑誌のどの漫画が好きなんだい?」「日本史を選択しているんだね。何か興味を持っている分野はないかな」「溝口さぁ、このアイドル誰が一番人気なると思う?」「溝口、俺たちのライブ見に来てくれよ」

 そんな言葉が教室で飛び交って溝口君の一挙一同が注目されるようになる。みんな将来に何が残るのか楽しみにで仕方がないし、それを溝口君を介して見ようと一生懸命になっている。

「溝口君、学校楽しい?」

「まぁ、少しは」

 そう話す溝口君はあんまり楽しそうじゃない。溝口君が何か興味を持つこと何から何まで未来の予想図にされてしまう。

 それは今ここにいる溝口君ではなくて未来のことだけに視点を向けているということで、溝口君個人の楽しみだとか、好奇心を無いものにしているということでしかない。

「溝口君、私良いこと思いついたよ」

 だから誘う。私は溝口君を放課後に呼び寄せる。

 私と溝口君は肉屋で豚バラ肉を六百グラムほど買って、町の外れにある高台に登って展望台の近くにあるベンチの上にサランラップを敷いてそのバラ肉を並べる。

 私たちはそれをじっと見ながら溝口君とひたすら雑談する。

「ああ、この肉のこの脂身が良いね」

「これは小さいかもしれないね」

「いや、これが意外と絶妙なんだよ」

「さすがだねえ、溝口君」

「うんうん、こういうところに目をつけないとね」

 そんなことを腕を組んで難しい顔して話す。ついでに学校のことだとか授業のことだとか、溝口君が最近読んでいる漫画とか小説についても聞いてみる。

 色々な人が私たちをついてきてこっそり覗いてきたり、何をしているのか聞いてくるけど「肉の声を聞いている」と私も溝口君も真剣な顔をして言う。

「肉の、声?」

「そうとも」

「肉の声だよ」

 そう言われた人たちはさっぱりわからないといった様子で混乱したまま帰ったり、「なるほどなぁ、肉の声かぁ……」と私たちに並んでふんふん言いながら肉を見て帰る。

 帰りに私と溝口君は豚バラ肉を分けてその肉で何を作るかを話しながら高台を下る。

 もちろん、何の意味もない。ただ豚バラ肉を並べて溝口君とお喋りしていただけだ。それとも、これが何か意味づけされて後世に利益を与えることもあるのだろうか?

 わからない。 

 ただ私にしても溝口君にしてもそんなことはどうでもよくて、周りの人々がそれに勝手に意味を見出してワーワー騒ぐその様がおかしいからで明日は別に豚バラ肉に拘らなくてもいい。

 何だって、意味なんて後から勝手についてくるものでその瞬間に気にすることじゃないのだ。

 と、考えて私は溝口君の家の後世への寄与について考える。もしかするとそもそも溝口君の家の功績もただ周りの人が意味をつけただけなのかもしれない。ただただ、そこにはその時々の楽しみだったり没頭があるだけで。

 まぁどうでもいい。今の私が夢中で考えているのは溝口君と適当にでっち上げる嘘のイベントで、それを考えることがどうにも楽しくて仕方がない。

 結局のところ、これが何にもならなくたって構わない。何せ私はこうして溝口君と過ごす日々がただ楽しくてそうしているのだから。

 それにしても。豚バラを野ざらしにするのはあまり食品の管理としてよろしくないな、とすっかり乾燥してしまった肉を念の為強火で炒めながら私は思う。せめて今日はこの肉を美味しく食べられますように。〈了〉

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