判定できないダイアログ
私はわからないことばかりで、皆が知っていることも後から教えられてばかりだ。
学校の流行りにもついていけなくて、最近出たアーティストの曲についても「知らないの?」と言わないでキャッチ出来た試しがない。抜き打ちテストがあることをほとんどの人が知っていて予習をしていて、私は抜き打ちテストにびっくりして動転しながら問題を解くことになる。
会話もわからない。誰もがいつの間にか恋愛について理解をしていて、誰が好きとか誰が嫌いとかそういう話をする。
「好きな人いないとか嘘でしょ?」「そうやってキャラ作るの好きだよね」「まぁいいけど」
なんて話があって、私はそれでもわからないな、と思う。
誰かと話をするたびに「好きなの?」と周りに聞かれるものだから「ごめん、それ鬱陶しい」と言うと全然関わる人がいなくなる。いつの間にか私が普段話していた人たちを深く傷つけただとか、私が怖いだとか、そんなことが言われるようになる。
聞こえるような内緒話が響いている。
でもいい。元々わからないことばかりだったし、「どうしてこうなったんだろう」というわからないことが一つ増えるだけだ。
案外、一人で過ごす教室も嫌いじゃない。
そんな時に溝口君が転校してやってくる。
「こんにちは。溝口と言います。よろしくお願いします」
初めは転校生ということで色々な人が溝口君を囲っている。溝口君はクラスの人々を知りたいらしくて少しの緊張を持ちながら皆と話す。
私にも話しかけてくる。
「おはよう」
「おはよう、溝口君」
「人と話すのは嫌い?」
「どうして?」
「あまり人といるところを見なかったから」
「どうだろう。人と話すことが面白いのかつまらないのかも私は正直わかってないよ。悪いけど溝口君とこうしても楽しいのかわからない。ルールがわからないから、何が成功で何が失敗なのかわからないもの」
うーん、と溝口君が言って少しの間。大抵は面倒くさそうにされるものだから少し意外だった。
「成功とか失敗じゃなくて、何かが積み重ねっていくものじゃない?」
「そうかな。どうだろ」
私の言葉に溝口君は眉を顰めるわけでもなくて、ただ言葉を返す。成功とか失敗じゃない。私にとってテストみたいだった会話観にちょっとした波のようなものが出来る。
朝のちょっとした時間に溝口君と話す。
そうしているうちにクラスの人々は溝口君のことを「わかった」らしくて転校してきたばかりほど、溝口君に構わなくなる。
「溝口君、変な趣味だからね」「転校してきたから変わってるんじゃない」「あんなつまんない奴と話すのもねえ」「なんか面白くないわ」
そんな話が休み時間に聞こえてくる。私は聞こえないふりをする。
またいつものような朝が来る。
「おはよう溝口君」
「おはよう」
ヒュー、という声がする。私たち二人が話をするのが面白くて仕方ないといった空気が私にはわかる。でも、私たち二人が話しているのは他の人があまり私と溝口君と話をしないだけだ。
自分たちから何も言わないで。私と溝口君に何も話をしないだけでどうして分かった気になるんだろう。
「ねえ溝口君、好きな授業とかある?」
「うーん、好きな授業か。考えたことなかったかもしれない」
考えてみる、と言って隣の席に腰を下ろした溝口君から返事を待つ。
溝口君の答えはわからない。やっぱり、私にはわからないことばかりだ。
でも、少しだけその待つ時間が心地よい。さて、私にも好きな授業なんてあっただろうか? 自分の言葉についても少し考える。どうやら、私は私のこともよくわかっていないらしい。
私のわからないことばかりの世界が、私のことすらもわからない世界になってしまった。
この先、何を話したら良いかもわかってない。
でもいい。だって会話はやっぱり成功とか失敗じゃなくて、こうして積み重なっていくものなのだ。
ゆっくり待とう。〈了〉
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