神様になんてならないで
学校の裏手にあるゴミ捨て場のあたりに防犯カメラが導入される。長期休暇などに空き巣が入ってこないように防犯上の意味合いで設置されたそうだけど、しばらくしてから徐々に不思議な噂が流れ始める。
どうにもゴミ捨て場のあたりに見知らぬ生徒が立っている映像が録画されているというのだ。
最初は先生たちがそんな噂をごまかしていたが誰かが守衛室に侵入して勝手に録画データをインターネットにアップロードしたというから大問題になる。
その犯人は見つからないけれど一晩アップロードされたままでいて、クラスメイトたちに知らしめられた動画は保存されてほとんど学校の人たち全員が見ている状態になる。
動画には誰かが映っている。私たちと同じ制服を着た少年だ。
最初は「幽霊だ!」と話題になるし、ゴミ捨て場に近づきたくないと泣き出す人もいれば、肝試しでゴミ捨て場に嬉々として向かう人もいて、学校の話題の中心がゴミ捨て場になってしまう。でも、何も起きない。
少年は未だに監視カメラに映っている様子だけど、特にその少年が何かを起こすわけでもないようだ。
「ねえ、ひょっとしてあの幽霊って神様なんじゃない?」
「はぁ? 何言ってんの?」
「なんかさ、ゴミ捨て場で友達と愚痴言ってたらすっごく気分良くなったんだよね」
「はぁ〜? ただ愚痴ってスッキリしただけでしょ」
「違うだよ、すごいの。段違い。嫌な気持ちが消滅するみたいな感じ」
そんな会話が教室で聞こえてくる。あっという間に広がっていく。
ゴミ捨て場で悩みや鬱屈した感情を吐き出すと尋常でなく気分が良くなるというのだ。誰が呼んだのかそこにいる少年は《ミゾグチ様》なんて言われるようになる。「愚痴を水に流すのが濁ってミゾグチ様」とか何だかそれっぽいのか適当なんだかわからない話が流布される。適当でも皆構わないのだ、とりあえず吐き出してスッキリ出来ればそれでいい。
皆、あっという間にゴミ捨て場を感情のゴミ捨て場としても使うようになる。《ミゾグチ様》は神様として祭り上げられるようになる。誰もが一日のイライラとか、嫌なことを帰りがけに捨てていく。
一年が経って、もう誰もがその場所の利用法を知っている。
大事なのはルーツではなくて信仰なのだ。そこに信じる気持ちが集まれば、神様というものは簡単に作れてしまう。少なくとも私の通う学校では。
私は生活を続けていく中で様々な感情が湧いては溜まっていくけれど、ゴミ捨て場には行かない。《ミゾグチ様》には何も言わない。友人とか家族に話して溜飲を下げて何とかやっていく。
「どうしてミゾグチ様に言わないの?」
「神様なんて、いないと思うから」
「ふうん、変わってるんだね」
「あんまり使わない方がいいと思うけど」
と、私はせめてもの情けで何人かに伝えるけれど誰も私の言葉なんて聞いてない。皆、好きなように《ミゾグチ様》に愚痴って感情を吐き出していい気分になっている。
でも、本当はそんなことをしてはいけないのだと私は思う。
私が学校について調べると昔の事件が見つかる。いじめで死んでしまった少年の話で、その少年は溝口君というのだとか。
何かを神として扱うことはその存在が元々人間であることを踏みつけることと裏表で、そこに存在する幽霊であるはずの誰かを神として扱うことで溝口君が人間であったことの否定なのだ。
そして人は人として扱われないままで形を保っていられるほど、強くない。
私は守衛室に忍び込む。監視カメラの映像を盗み出す。
映像には、もう人の形を保っていない溝口君が映っている。人間であったはずの溝口君が神として祭り上げられて、感情を吐き捨てられて、それに応えて異形の姿になっている。
今にも誰かに襲いかかりそうな状態で何も知らずに感情を捨てに来ている人たちにその手を伸ばそうとしている。
溝口君は本当に僅かなところでこうして留まっている。
何も知らないで笑って帰る生徒の姿を見て、襲ってしまえばいいのにと私は思う。
ゴミ捨て場に行く。そこには誰もいない。でも、確かにそこに彼はいるのだ。
誰もが存在を認識しているのに、その姿も見ずに利用して。
でも、溝口君は触れずに皆を見逃す。見逃し続ける。
私は聞くことのできない風の音を聞く。せめて何かの慰めにでもなるように。愚痴も聞けないけれど、ただ耳を澄ます。
これもまた何かへ捧ぐ祈りなのかもしれない。神にも人にも、出来ることは祈ることくらいだ。〈了〉
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