辻褄合わせ
今日も人が死ぬ。殺人事件だ。
溝口君の目の前でたびたび人が死ぬようになる。通り魔による犯行による死であったり、通りを歩いていたら目の前に人が落下してきたり、水族館に行けば水槽の中で溺れて死んでいる人であったり……
最初は偶然と思っていたけれど一ヶ月に十件以上も溝口君が人の死に立ち会ってしまうと周囲の人々も不気味に感じ出す。溝口君の近くにいる人が死ぬのではないか……なんて根も葉もない噂、とまでは言い切れないのが口惜しい。なにせ溝口君の目の前で人が散々死んでいるのだから。とはいえ、私は溝口君と人が周りで死に出す前から一緒にいるけれど全く死ぬ気配はない。完全に健康そのものだ。
「溝口君。私、この世界って案外ちゃんと出来ているものだと思うのよね。色々なことにしっかりと因果関係のある、整った世界」
「この状況で?」
「もちろん」
溝口君と一緒に訪れた雪山のペンションで殺人事件が起きる。犯人も、被害者が殺される理由も、殺されたタイミングも方法も全て謎。ペンションから出て下山するための橋は落とされていて救助が来るまで私たちは殺人鬼のいるかもしれない場所で過ごさないといけない。
私と一緒にいた、というアリバイがあるというのに溝口君が疑われる。「お前がいたから人が死んだんじゃないか」とか失礼なことを溝口君に言う人がいる。
「僕が不幸を作っているんじゃないかな」
溝口君までそんなことを言う。それは違う。
この世界に辻褄の合わないことなど何もないのだ。
私は捜査を開始する。溝口君の誤解を解かなくてはいけないので私は八面六臂の活躍を見せる。死亡時刻を割り出し、橋がどのタイミングで落とされたのかも明らかにする。最終的に不可能と思われたアリバイ工作までをも看破する。犯人は何と山の麓で皆の下山を待っていたはずの被害者の恋人だったのだ!
それから私は名探偵として開花する。溝口君の目の前で起きた死を全て確かな因果関係によって起きているもので溝口君は関係ないということを詳らかに暴いていく。
秘密の抜け穴が十六箇所もあった密室殺人事件を第六感で真相を理解した私が解き明かす。双子どころが十人兄弟によるパイロキネシス殺人事件を超科学技術によるエスパー探知機を秘密研究所から奪取して用いて犯人の残した残り香ならぬ残りパイロキネシスを検知して突き止める。中国の極秘研究によって作られその研究成果に恐れた王さんが持ち出した従来の方法では検知出来ない超強力毒薬の事件は辟易した。
溝口君の目の前で起きる死は更に規模を拡大していく。世界中に発生した時空を歪めるサメ台風を活用した連続世界各国六千人の同時密室殺人の殺害予告を見た時はそもそも溝口君の前で起こりようがないだろうと思ったが、実際に溝口君が世界各国に現れて六千人が死んだ。私は推理の果てにそれがタイムリープ伝説と結びついた地域伝承を活用した並行世界を一つに結び溝口君を起点とした世界の時間を束ねようとした壮大な殺人革命計画であることを看破し事件を解決したのだった……!
その間も溝口君への誹謗中傷は後を絶たないし、溝口君は自分が殺したわけでもないのに心を痛めてしまう。私に出来るのは目の前の死が溝口君に何も関係のない事件であると解き明かすことだけだ。
溝口君は完全犯罪を感じさせるシチュエーションのたびに「やっぱり僕のせいなんじゃないかな……」と言うけれど私はそんなことは納得なんてさせない。謎を明かせば明かすほど、世界には想像もつかない不思議な因果関係が存在していて、それは目の前の溝口君に集約させてしまうなんて周囲の無知と無理解と傲慢さなのだと私は確信していく。
ただ、なぜ溝口君の前で死が起きるのか。それだけがわからない。
それでも不幸ばかり作ると嘆く溝口君を時に励まし、時に叱りつけ、時に悲しんだり、何とか人生を諦めさせない。長く、険しい戦いだけど私も溝口君も諦めない。
そうして、私の人生の最後の時間に溝口君は立ち会う。溝口君の死の立ち会いは結局解決できなかったけれど、私の心は安らかだ。長く、そして良い人生だったし、これは寿命というやつだ。
「ありがとう」
溝口君が涙ながらにそう言う声が聞こえて、それはこちらこそだと何とか伝えるけれどもうまともな声にはならない。
私は結構寂しがりなので人生の終わりに溝口君がいるというのはむしろ幸福なことで、これまでの推理の日々が報われるような気すらするし、こうして立ち会ってもらうための溝口君の体質だったのかもしれない。
やっぱり、世界は辻褄が合っているものだ、なんて思いながら私はゆっくり瞳を閉じる。〈了〉
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