天地創造美術部私

 ある瞬間、私が爆発的な衝動によってありとあらゆるものを絵に描き出すようになる。天地創造、大洪水、恐竜闊歩、隕石衝突、大氷河期、人類繁殖、産業革命、文明開花。

 やがてそれは歴史と呼ばれるようになるし、その歴史の中には生命や心と呼ばれるものが含まれるようになって私は多分自分の描いた絵を見れば世界のありとあらゆることがわかる。

 でも、そんなことはどうでもいい。興味もない。

 私は何かに突き動かされる衝動で指を、ペンを、筆を、刷毛を走らせて行く。

 車に自転車に木々や花や老若男女も描いて描いて描きまくる。私の創作意欲は止まることを知らない。

 始まりは何も存在していなかった私の手元にキャンバスが出来て紙が現れる。

 私はその瞬間に「あれ? じゃあ今まで私は何に絵を描いていたんだ?」と思うけどそんなことを気にしてなんていられない。

 どんどん描く。

 目の前にただ描いていればよかったけれど、徐々に私の視界にちらちらと色々なものが写り出す。それは舞い散る桜の花びらであったり、窓から入ってきた蚊だったり、木々から散った紅葉であったり、地面に落ちた瞬間に溶けて消えてしまう粉雪だったりした。

 段々と私は描いている場所について考えるようになって私は何処かの部屋で絵を描いている。

 ここは何処なんだろう?

 そんな疑問も描いているうちに消えていく。

 描いているうちに私は中学校の女子生徒になっていて、それでも私は描いて描いて描いて描いて描いて……

 そう、何処で描いているのかわかった。

 私は中学校の美術部で描いている。そこで黙々と衝動に身を任せて描いているのだった。

 友人が「もう帰る時間だよ」と言ってくるのであっという間に過ぎていた時間に驚いて画材をしまってカバンを持って下校する。

 あれ、下校なんて私したことあったっけ? なんて素っ頓狂思うけれどそんな日常的なこと覚えていないだけで下駄箱の位置もローファーを履く感触もいつも通りだ。

 だいぶ以前よりも絵を描く時間が減っている気がするけれど授業や食事、睡眠の時間以外はとにかく描く。そもそも使える時間を全部使っているはずなのにどうして時間が少なくなったと思うのだろう?

 私は最初は色々なものを描いていた気がするけれど、最近は同じ題材ばかりあの手この手で描いている。

 スケッチ、イラスト、漫画、油絵何でもやった。私はいつの間にか一人の少年を描いている。

 それから更に時間が過ぎて私は高校生になる。

 隣の席の溝口君を見て私は驚く。そっくりなのだ、私が描いていた絵の少年と。

「溝口君、私たち昔会ったこととかある?」

「え? いや、ごめん。わからないなぁ」

 初対面なのに変なことを聞いてしまう。そんな私の変な質問が気に入ったのか私と溝口君はよく話すようになる。

 溝口君の思い出話を聞いているうちに私はやっぱり溝口君のことを知っている気がしてしまう。なんだっけ? と考えて電流が奔って思い出す。やっぱり私の絵だ!

 溝口君の語る思い出は私が断片的に描いていた絵の光景そっくりなのだ。

 私は自分の絵を描く衝動の根源的な何かにびっくりするしちょっと怯える。でも、それ以上にその劇的な展開に心を震わせてしまう。

 もしかしたら、私の『描く』ということが溝口君を生み出してたのかもしれない。

 高校でも美術部に入った私は、キャンバスの前で考える。

 私の描いてきた絵が溝口君の思い出になっているのならば、私が描くことがこれからの溝口君になるのかもしれない。

 じゃあ、と更に考える。私と結ばれる絵を描いたら、実現するのかな。

 そう考えて一瞬筆を進めたくなるけれど、描かない。というかうまく描けない。

 私を突き動かすような衝動はもう消えていて、ただ絵を楽しむ心だけがある。基本的なスケッチを穏やかな心地で進めてく。

 残念ながら一心不乱に描いていた少年についてはもうすっかり描ける気配がしない。無理に描いても頭で無理やり描いてしまって楽しむ余裕もなさそうだ。

 しょうがないので私は地道に溝口君と関わっていくことにする。

「溝口君、帰ろう」

 私に誘われて部活に来たはいいけど、絵をどうやったら描いたらいいかわからない溝口君はすっかり頭を悩ませている。

「すごい絵、うまいね。何でも描けるんだ」

 私がスケッチした絵を見て感心したように言う。

「別になんでも描けないよ。描けそうだったからこのスケッチだってやったんだもの」

 溝口君は「それでもすごいと思うんだけどなぁ」なんて言うけれど、わかってない。

 そもそも、なんでも描けるなんて傲慢で、何にしても人は自分で描けるものしか描けないのだ。作ったからって何でも思い通りなるなんて、思い上がりもいいとこなのだ。

 私の今の衝動は宇宙でも世界でも学校規模でもなくて、目の前の人一人にも届かないもっと小規模で情けないものなのだから。どうにも興味が尽きない。〈了〉

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