ドッペル溝口君

 溝口君のそっくりさんがよく目撃されるようになって学校で話題になる。

「溝口、昨日三丁目の商店街にいなかった?」「いや、昨日は家にいたけど」「溝口さん、あの塾通ってたんですね。知らなかった」「ええ? 通ってないよ?」「溝口をこの前の野球の試合で見たんだけど、野球やってたの?」「やってないよ」

 こんな感じで。

 最初のうちはそっくりさんということで笑い話になっていたけど、あまりにも溝口君に似ていてかつ目撃されるものだからみんなだんだん怖くなる。ドッペルゲンガーではないかと噂になる。

 ドッペルゲンガーと本人が出会うと死んでしまう。

「溝口君、ドッペルゲンガーと会わないようにね」

「気をつけようがないけど頑張るよ」

 私はそう言って念を押すけど、そんな私が溝口君のドッペルゲンガーに出会ってしまう。

 下校中に公園のベンチに座って猫を撫でる溝口君がいる。でも、彼は今日バイト中のはずだ。さっきまで一緒に帰っていて、アルバイトに行くところを私は見届けたのだから。

「あなた、ドッペルゲンガーさん?」

「そうなのかな。そうかもしれない」

「一緒に来てもらっていい?」

「いいよ」

 あっさりと溝口君のドッペルゲンガーは私についてくる。てっきりドッペルゲンガーは本人を殺したいものだと思っていたけど、むしろドッペル溝口君は安心しているようですらある。

「文句も言わないんだね。ドッペル君」

「そうだね。誰かを殺すなんてしたくないからね」

 ドッペルゲンガーの溝口君の話すそんな願望に、私は溝口君の優しさを重ねてしまう。

 私はドッペルゲンガーを匿うことにする。

 お父さんもお母さんもほとんど家にいなくて、お金だけが置いてある私の家は匿うのにちょうどよかった。

「ここにいないとダメだよ。溝口君と会ったらあなたが殺してしまうんだから」

「うん、そうするよ」

 溝口君のドッペルゲンガーと私の生活が始まる。私は今まで通り自分で生活をしようと思っていたけど、少しだけ生活が変わる。

 起きて誰もいない居間へ向かうとテーブルの上に食事がある。

 オムレツ、サラダ、コーンスープ。どうやらドッペルゲンガーの手作りらしかった。

「匿ってもらってばかりってのもなんだから」

「ありがとう……いただきます」

「どう?」

「おいしい」

 コンビニのお弁当だけでも困らないと思っていたけど、ドッペルゲンガーの作ってくれたオムレツが口に運んだ途端にふわりと溶けていく。ドレッシングも丁寧に手作りのサラダも野菜の生命感をそのまま体に得ることが出来ている気がする。

「溝口君って料理うまかったのね」

「そうだね」

 溝口君のドッペルゲンガーと私の生活が続いていく。ドッペルゲンガーの話題も少しするとみんな飽きてしまっていて、誰も彼も忘れてしまう。ドッペルゲンガーを覚えているのは私だけになっている。

 家に誰もいない時間は長くて冷たくて寂しかったけど、私は家で過ごすことが楽しくなる。

 そうして、学校に行かなくなる。

「ドッペル君、どこにもいかないでね。溝口君を殺さないでね」

「うん」

 ドッペルゲンガーの溝口君は何も文句を言わない。お父さんもお母さんも聞いてくれない私のことを聞いてくれる。まるで溝口君みたいに。

 私はずっとこの時間が続けばいいと思うようになる。

「私、いつまでもこうしていたいな。みんなあなたのことを忘れてしまったみたいに。きっと私ももう誰にも覚えられていないもの」

 私がそう言うと溝口君のドッペルゲンガーは悲しそうな顔をするけど、何も言わない。

 時間が緩やかに過ぎていく。

 どのぐらいの時間が過ぎたのかはわからない。もしかしたら、もう何年も外に出ていないのかも知れなかった。でも、私はそれで構わない。何処にも行きたくない。ずっとこうして溝口君のドッペルゲンガーと過ごしていれれば、それで私の人生はオーケーだ。

 なのに、急にそんな日々は終わる。

 朝起きて、溝口君のドッペルゲンガーが消えている。

 彼を追って外へ行く。あまりに久しぶりの外に感じたけれど、私の体は以前と変わらず軽い。

 ポケットに入っていたスマートフォンに触れるとずっと充電もしていなかったのに80%のバッテリーが表示されている。日付はドッペルゲンガーを匿い始めてから一日も経過していない。

「急に倒れたらしいぞ」「二人死んだって」「一人顔がないんだってよ」

 溝口君のバイト先に人集りが出来ていて、誰かが二人死んでいる。

 私の頬を何か熱いものが伝うけど、それが誰に向けたものかは、わからない。〈了〉

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