マリオネッツ
私には溝口君の糸が見える。
天から糸が降りていて、無数の糸で溝口君が操られているのがわかる。溝口君は操り人形だ。
溝口君に張り巡らせられた糸が空の何処からやってきていて誰が操っているのかはわからない。
「おはよう溝口君」
「おはよう」
くい、くい、と糸に引かれて溝口君の口が動いているのがわかる。
きっと何かに操作されているんだ、と私は思う。
何か操作というのは強力で、溝口君はそれに引っ張られていつも色々な人を助けている。
今時猫とか拾っちゃって、今時迷子とか助けちゃって、今時喧嘩に割って入って殴られちゃって。喧嘩に巻き込まれて溝口君はボコボコのボロボロになってしまうけど、溝口君に付いている糸は頑丈で一つも千切れていない。
「ほら、病院へ行くよ」
「ああ、ごめん。ありがとう」
そう話す溝口君の表情も言葉も天からの糸の操作なのだろう。
病院で手当を受けて、太陽が沈んだ頃に溝口君と一緒に帰る。
夜は溝口君を操る糸が見えなくなって気にしなくて良くなるから落ち着く。私は糸のことを知っているのに溝口君に聞いてしまう。
「どうして溝口君はそんなに人に親切するわけ? 放っておこうとか思わないの? 関係ないじゃん溝口君」
「うん、そうした方がいいと思うんだけどね」
そう言って溝口君が困ったように笑う。
「どうにもね。何かに突き動かされる感じっていうか、急かされる感じっていうか。そうしないといけない気がしてつい動いちゃうんだ」
「ふうん」
やっぱり操られているんだ、と思う。
でも、同時に私は考える。
溝口君を操る糸の主と、溝口君、みんなに優しくて親切なのはどっちなのだろう。溝口君が本当は誰も助けることなんて望んでなくて、私と笑顔で学校で話してくれるのも全部糸のおかげで、何もかもが天の上が糸を引いているだけかもしれない。
だから私は本当のところで溝口君を疑って、疑って、疑い続けている。溝口君とお喋りをして笑っている時も、溝口君が私に優しくしてくれることも、溝口君と付き合うようになったことも、全部私は疑っている。
疑っているのに、私は溝口君を突き離せない。
猫は段ボールで衰弱していて今にも死にそうだった。
迷子は泣き疲れていて声も出すことにも疲れ切っていた。
喧嘩は一方的な暴力になっていて、放っておくと死にそうだった。
優しさが何かによって操作されたことだったとして、それと溝口君の本心からの行動はどれだけ違いがあるのだろう。
私はその答えが出せないまま溝口君と付き合いを重ねていく。
何回も季節が巡っていく。私と溝口君が歳を重ねて、人生の残り時間が少なくなっていく。
私はその間も疑い続けていて、溝口君のことを見続けている。
やがて終わりが来る。
溝口君の方がわずかに早く人生の残り時間が終わる。
ベッドで溝口君が静かに横になっている。もう糸は切れていて、溝口君の周りに幾つもの糸が落ちている。
溝口君はもう、動かない。
結局、溝口君が何処から何処までが本当の気持ちで、心からの行動か、なんて私には何もわからなかった。
それでも私はどうしようもなくやり切れなくて、溝口君にしがみついて涙する。
くい、くい、と体を引き離そうと私が何かに引かれる感じがするけど今はそんなこと構っている場合じゃない。〈了〉
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