図書室日誌
私の学校には文芸部が存在していなくて入学したばかりの読書が好きな私はしぶしぶ図書委員を務めることにする。もしかすると本が好きな人と友達になれるかもと思ったからだ。
だけど実際のところは力仕事だとか面倒なイベントが無いんじゃないかと思って委員に立候補したモチベーションのない人が殆どで図書室の貸し出しの対応なんかをみんなあっさりサボる。結果、私が一人で受付の対応をすることになる。
貸し出しの対応をきっかけに誰か友達が出来ないもんかと思ったけれど私の学校にはそもそもろくに本を読む人がいないらしい。
と、思っているとクラスメイトが変なことを言ってくる。
「あの、図書委員やめた方がいいんじゃない?」
「どうして?」
「その、化け物が出るんだよ」
んなわけないでしょ。そう思ってその忠告を無視して昼休みに一人で図書室で本を読んでいる。結構寂しい。
受付の椅子に座って文庫本をパラパラとめくっていても「失敗したな」という心地が湧いてしまって読書に集中が出来ない。そうして視線があっちにいったりこっちにいったりしていると、図書室日誌に目が止まる。
図書室日誌?
そんなものあったっけ、と思ってめくると図書委員や利用者の書き込みが残されている。
『中間テスト最悪だったんだけど!』『←思いっきり試験範囲だったろバカ』『読書感想文超嫌い』『漫画も入れてください』『本なくしちゃった』『本読む時間ない』『◯山先生うざい』ともうしっちゃかめっちゃかに書き込まれていてやっぱり本の話題がない! と思うけど暇つぶしに更にページを捲っていくと綺麗な文字で書かれた一ページの日誌がある。
私の知らない本についての感想を書いていて、下の方に『1年6組 溝口』と書かれている。うちに6組なんてあったかな? 書き間違い? なんて思うけど珍しく本が好きそうな人を見つけて思わず私も日誌に書き込みをする。
私が本を読んでくれる人がいなくてつまらないということ。本が好きな人と話したいということ。そんな時にこの日誌を読んで溝口君の名前を見つけたということ。ばばーっと書いてしまう。
数日後、日誌を改めて見てみると新たなページに書き込みがある。溝口君だ!
『はじめまして。僕も本が好きな人がいなくて日誌に書き込んでいたので、反応があって嬉しいです。どんな本が好きですか?』
そう書き込みがあって、一気にテンションが上がる。踊り出したいような気持ちになるけど、せっかく出来そうな友達を変な気迫で引かれたりしないように丁寧に言葉を紡ぐ。
それから溝口君との交換日誌が始まる。溝口君は色々な本を読んでいて、それでいて彼なりの感想を持っているものだから楽しい。私が既に読んだことのある本についてでも、別の視点が交換日誌を通じてもたらされて世界が広がる感じがする。こういう感覚が欲しくて私は図書委員になったのだ、と思う。
でも、溝口君の書く話は少し古い。徹底的に読み込むタイプのように感じるのに有名なシリーズものの本をだいぶ前の巻までしか読んでいない。
『え? それってもう十二巻まで出てなかったっけ?』
『えっ、五巻しか出てないよ?』
みたいなやり取りになる。おかしい。
本は読まないけど、友達になったクラスメイトに溝口君を知らないか聞いてみる。一気に友達が青ざめる。
「その人、ずっと前にうちの学校で死んだ人だよ」
「え、何で知ってるの」
「兄さんが言っていて……」
「それ七不思議みたいなもんじゃない?」
「そうだけど……」
友達が言うには溝口君というのは図書室の化け物に襲われて殺されてしまう生徒らしい。そんな噂話、よく飽きないものだ。聞いて損したな。と思って私は変わらず図書室に行くけど、ある日図書室に足を踏み入れた途端に怖気が走る。
あ、やばい。そう思った時には一気に血の気が引いていく。急に天地がひっくり返ったかのような目眩がして、まっすぐ歩けなくなる。何かを引きずり回るような音がして、ピチャピチャと滴る音がする。
図書室の化け物。私は震えていて、視線を動かすことが出来ない。もしかして、溝口君は化け物だったのかな。
最後の答え合わせの心地で這いつくばりながら日誌にたどり着き、ページをめくる。今日はまだ何も書かれていない。
震える手で一言『助けて』と書く。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃと音がして私が溶けていく感覚がする。ああ、飲み込まれているんだ。ぼうっとした頭で理解する。不思議と動揺も恐怖もない。既にそんな感情も溶かされているのかもしれない。
でも、カサカサという音が日誌からして私は図書室日誌に視線が行く。
『絶対助ける』
バタン! という音がして扉が開く音がする。私はもう瞳を開けることが出来ないくらいに弱っているけれど、誰かが叫び、戦い、私を懸命に守ろうといてくれることはわかる。
それと同時に私は溝口君がもしかしてこれで死んでしまうのではないかと不安になる。もしかするとこれが噂話の溝口君の死んだ瞬間になってしまうんではないかと私は怯える。
嫌だ。そんなのは嫌だ。
懸命に戦う溝口君の声がする。
私はまだ、溝口君の好きなシリーズの未来の話を出来ていない。きっと溝口君が楽しませてくれたみたいに、私も溝口君も楽しませる話を出来るのに。〈了〉
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