微睡みの合間に

 溝口君はみんなに夢を見せる。誰もが幸福を感じるような、そんな夢だ。

 長い眠りからのわずかの覚醒の時、私は入眠カプセルの隙間のガラス越しに溝口君を見る。

 溝口君は淡々と作業をしている。パネルをタップして、レム睡眠になった人たちの一覧を溝口君が見る。眠っている人たちのそれぞれのステータスを操作して、夢の設定を更新していく。

 画面に表示されるステータスで私が覚醒状態になったことに溝口君は気づく。

「到着まではまだまだかかりそうだから眠っていていいよ」

 そう溝口君は言うけど、すぐに寝直す気分にもならない私は入眠カプセルから出てみる。

「私どのぐらい寝てた?」

「だいたい三年だね。ショートスリーパーだ」

「それを言うなら溝口君は不眠症だね」

「そうかもしれない」

 そう言って少し笑って溝口君は私にコーヒーを淹れてくれる。そもそも起きている必要もないし、寝たいと思えば入眠カプセルに入れば強制的に睡眠状態になれるので飲む必要はないのだけど、私は溝口君の淹れてくれたコーヒーの香りに安らいで冷ましながら飲むことにする。

「あと何年かかるのかな」

「数百年で済めばいいんだけどね」

 私たちの住んでいた星はもう粉々になって、何処にもない星になってしまった。宇宙中に私たちのいた星の欠片が飛んでいったはずだけど、新たな星を目指す私たちはその欠片と出会うことはない。

 ヒューマノイドである溝口君は睡眠技師で私たちが眠る間の健康を管理する。睡眠の管理自体はほぼ自動操縦でも可能だけど、いざという時の汎用性やこうして眠りの合間に目覚めた人の心理的な負担の軽減からヒューマノイドによる半自動操縦で運用されている。

 長距離航行の間の寿命の問題は入眠カプセルを用いた特殊な睡眠によりだいぶ改善されたけれど、それでも百パーセントではない。

 いつか、突然眠ったまま命の尽きる時が来るかもしれない。

 でも、それは私たちみんな納得してこの船に乗り込んだのだ。

 そして今となってはもはや、私たちは微睡んでいる間にそのまま命が尽きたとしてもいいのではないかとすら思っている。

 溝口君の制御してくれる夢はとても心地が良い。春先の日が長くなってきた頃に桜並木を歩く夢。夏空の下の縁側で、不意に涼を届けてくれるそよ風に吹かれる夢。少し冷たくなってきた風に季節の移り変わりを感じながら枯葉を踏みながら歩く夢。芯まで冷えるような真夜中にどこまでも透き通っているような冬空に星を見つける夢。

 私たちの誰もがいつしか溝口君の見せるそんな夢に幸福を見出してしまった。

 このまま終わってしまうとしてもそれはそれで良いのではないのか、と。

 何処にも辿り着けなくても、何にもならなくても、過ごした時間が安らかならそれは確かに「幸福だった」と満足して終えられるのではないか、と。

「溝口君は夢を見ない?」

「ほとんどスリープ状態にはならないからね。この旅が終わればそういう時間も来るかもしれない」

 ただ、こうして長い眠りの合間に溝口君と話していると思うのだ。私たちが微睡みながら幸福として見ている夢は、本当は溝口君が見たい夢なのかもしれないと。

 溝口君は夢を見ないけれど、私たちがイメージしてもいなかった幸福な夢を与えてくれる。ステータスを調整して、見せないでもどうにでもなるような余白を埋めてくれる。それこそ、それで終わってもいいと思うくらいに。

 だけど、溝口君は一人その夢を見れないでこの長く、静かな宇宙の時間を過ごす。

 私たちの見ている夢が溝口君がいつか過ごしたいと願う日々のことだというのなら、きっとそれはとても悲しいことだと思うのだ。

「溝口君、いつか星に辿り着いたら一緒にそこを歩いてみましょう」

「いいね。そうするのは眠るよりもずっと楽しいかもしれない」

 そう言って溝口君は微笑んでくれる。

 私も少ししたらあのカプセルの中に戻るだろう。

 でも今はまだ、このコーヒーの温もりを感じながらここに座っていたい。

 溝口君のこの長い航海で過ごす時間が、少しでも冷たく静かでないように。〈了〉

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