優しさの英雄

 溝口君は優しい人でクラスメイトに何をされてもニコニコしていたし、穏やかな様子を崩さなかった。

 それで余計に溝口君を舐める人もいたにはいたけど、舐められたからと相手に乗ってしまう争いの不毛さに溝口君は陥らないで淡々とそれに抗議だけしている様子を見て私は関心する。私はそんなブレない溝口君に尊敬の念があったし、そんな溝口君のある種の優しさは私に安らぎを与えてくれる。優しくしたくても、簡単に優しくなれないことがほとんどだから。溝口君のような優しい人がいるのは私にとってとても幸福なことだった。

 私はそんな溝口君を気に入って、休み時間にちょくちょくお喋りをする。溝口君は普通に話していても優しくて面白くて私はあっという間に気に入ってしまう。仲良くなる。

 でも、そんな溝口君だったものだから《優しさ》を武器にする戦士として選ばれる。

 私たちの国の外側から攻めてくる悪意の伴った敵国の兵器と戦うことになってしまう。

 溝口君の《優しさ》は学校の測定で平均よりもとても高い数値を示したらしくて、あんなに人と争わないように信念のあった溝口君はあっという間に『優しさの英雄』として世界に飲み込まれる。

『昨夜も現役高校生で注目の優しさの英雄のあだ名で親しまれる溝口さんが撃墜数ナンバーワンでした。これは快挙です。私たち、我が国の優しさが如何に優れているかが示された一戦であったと言えるでしょう。繰り返します。これは快挙です。私たちが優しさを武器として戦い、勝つ限り私たちの優しさは証明され続けるのです。素晴らしいことです』

 朝のニュースのアナウンサーが繰り返す言葉は溝口君の《優しさ》ではなくて、それを見出した自分たちの慧眼のことばかりだ。

 私は家を出て学校へ向かう。遠くの空はチカチカと点滅していて、ニュースで語られていた戦闘は今も続いていることがわかる。私が見上げる真っ青な空はどこまでも深く、全部飲み込んでしまいそうで《優しさ》なんてないように思える。

 学校について机に座って、私の前の席を見る。

 溝口君の席。まだ溝口君はやってきていない。

 きっと溝口君は今日も来ない。

 学校の人たちは急に英雄になった溝口君のことはアイドル視して校内の新聞部が毎日のように特集を組んでいる。学校の教室に落ちている昨日の校内報は誰も拾わない。校内報の溝口君の写真に靴の後がついている。意図的に踏んだわけですらなくて、ただ一時の話題として簡単に消費してこうして踏みつけられていく。

「ねえねえ昨日の戦闘溝口がナンバーワンだってよ!」「よっしゃ、賭けは俺の勝ちな」「はぁ、マジかよ〜もっと適当にやってくれりゃいいのにさ〜」「あいつの優しさを信じない方が悪いんだよバカ」

 そう賭けの結果を話すクラスメイトは溝口君を舐めていて、馬鹿にしていたクラスメイトで、私は机に突っ伏して何も聞こえないふりをする。

「でもさぁ、最近溝口君どうしようもないクズって噂じゃん」

「あー、やたら気性が荒くなってんでしょ。吉岡とか軽く煽っただけで殴りかかられたらしいじゃん」

「随分増長してんだなあ。優しさで評価されたのにそれかよ〜」

「優しさ、減ってくらしいからな。そのうち俺たちの方が優秀ってことになってむしろ得かも」

「マジかよ!溝口様々!やさしー!」

 私は怒りで叫び出しそうになる。でも何も言えない。私は溝口君のように優しく無いから、溝口君のために正しく怒ることも、許すことも出来ない。

 戦いで使うたびに《優しさ》は減っていく。溝口君が戦いでない時に素行が荒くなったのは、私たちのために溝口君が《優しさ》をすり減らして戦っていることに他ならないのに。

 教室の窓へまた閃光が入り込む。

 今でも外では戦闘が続いていてたくさんの人たちが死んでいるに違いないのに誰もそれを気にせず授業が始まる。先生が溝口君を平然と欠席扱いして授業が進んでいく。

 溝口君の《優しさ》は今も減っている。すり減っている。

 でも、私は思うのだ。

 あんなに戦うことが嫌いだった溝口君が戦うのは、私たちのためで、それで誰よりも戦い続けてくれる溝口君はやっぱり『優しい人』なのではないか。

 バリバリバリ!と凄まじい音がして、パ、パ、パとフラッシュが何度かある。それは敵軍の攻撃で、ミサイルのような何かが教室に撃ち込まれるけれど、それは教室に直撃する前に停止する。

 私はそれを受け止めた人が誰かを知っている。

 溝口君の《優しさ》は、まだ消えていない。

 私はそんな《優しさ》が終わってくれる日を、爆音で何も聞こえない教室でただただ、願う。〈了〉

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