第3話
俺を殺してくれ。
俺は自称勇者と名乗る少女に俺の殺害を頼んでみた。
だが返ってきた答えはまさかの出来ないという言葉だった。
「できないとはどういうことだ?」
目の前でガクガクブルブルと震えている勇者に、俺を殺せないという理由を問いかける。
このままでは元の世界へ帰るという目論見が崩れてしまう。
明確な理由を聞かないと当然俺は納得など出来ない。
「ち、力が足りません。力が足らないんです」
やっと喋ったと思ったのに言ってる意味がまるでわからない。
殺すのに力なんていうのは全くいらない。必要ない。
そのための武器だ。
殺す術を知らないと言うのだろうか?
「そのために武器があるのだろ?その手に持っている剣は飾りか?そいつで刺せば殺せるのではないのか?」
剣で刺されれば誰でも死ぬ。
剣で刺せば誰でも殺せるだろう。
「この剣を全力で使ってもあなたを傷付けられる程の力がないのです」
やはりこいつが言っいる意味が理解出来ない。
剣で攻撃されて傷付かない者がいるわけがない。剣で刺せばそれだけで傷つけられるだろう。まさか今更ながらに、実は剣が振れないとか言うわけでもないだろうに。
「剣を振ったことぐらいあるのだろう?」
「も、もちろんありますけど、、」
よかった。剣は振れる、降ったことがあるということがわかって少しだけ安心する。
「魔物や人を斬ったことはないのか?」
「あります」
「魔物や人を殺した事はないのか?」
「あります」
剣は振れる。そして魔物や人を斬ったことも殺したこともある。
なら何故俺は殺せない。
本当にめんどうくさい奴だ。
めんどうくさいからこちらから行動に移すことにした。
「とりあえず試しすぞ」
俺はそう言って椅子から立ち上がると、勇者の目前までゆっくりと歩いて行った。そして勇者の目の前で立ち止まり両腕を大きく広げた。
「よし、俺のことを試しに斬ってみろ」
こういうときはひとまずやらせてみるのが一番早い。
「えっ、え、え、でも」
勇者はおろおろして動揺しはじめた。
「とりあえず剣を構えて、そしていつものようにリラックスして振ればよい」
動揺してオドオドしたままの勇者は言った。
「ほ、本当によろしいのですか?」
当の本人である俺が良いと言っているのに何故再度確認する必要があるというのだ。
本当に理解できない。全く意味がわからない。
「良いと言っている。良いと言っているのだからとりあえず試せ、そして俺を殺してくれ、勇者としての使命を達成出来るだろう?」
ようやく覚悟を決めたのか勇者はゆっくりと頷き、震える手で剣を握って構えはじめた。勇者の構えた剣からは少しずつ、そして僅かずつにだが光りが集まりはじめる。
「やっとやる気になってくれたか。それでよい」
俺がそう言うと勇者の剣へと集まる光もどんどんと増していき勇者の持っている剣が光に包まれ輝きはじめる。
「準備ができたのならばいつでもよいぞ」
勇者の持つ剣の切っ先の震えが無くなった。
それを見て俺はそっと目を閉じた。
ガギィィーーーン!!!
凄まじい金属音だけが鳴り響いた。
「っん?」
そう、金属音だけが聞こえただけなのだ。
俺の身体のどこにも衝撃はない。
痛みどころか風すら何も感じなかった。
不思議に思い、閉じていた目を開けてみると折れた刀身が凄い勢いでクルクルと空中を舞っていた。
俺には痛みがない、で剣は折れている、なるほどぉ。
ふぅーーーーっ。
深く息を吐き出し、そして俺はキレた。
「てめぇ、ちゃんと気合入れて斬ったんかぁ!」
「は、はいっ、間違いなく斬らせてもらいした」
ってどこも斬れてなんかいない。なにをしとるねん!
「どこを斬ったんじゃゴラァ!本当に斬ったんかぁ!どこも斬れてねぇだろぉぉーーがっ!!」
握っていた折れた剣を投げ捨てて、その場でピョンとジャンプすると音もなく華麗に土下座モードに移行した勇者。なかなかスムーズで無駄のない綺麗なジャンピング土下座だ。
余りにスムーズな動きに感心した。
感心はしたが、そんなことでは許してはやらない。
「おいっ、土下座すれば許されると思ってんのかぁ!あっ、なにか?その剣はワザとポキっと折れるよぉにできてんのかぁゴラァ?道端に落ちてた安物の剣かなんかなんか!切れ味最低のボッろい剣なんかぁ!切られたほうが無傷で剣が折れるって、ありえねぇーだろぉがぁ!」
「い、いえ、あれは伝説の聖剣です」
おい、こいつ今なんといった?
勇者さんの一言に俺様ブチギレた。
「ぁん、伝説?ぁんだ聖剣って、ゴラァ!なんで聖剣を持って攻撃してきといて身体に傷一つつかねぇーんだよ!衝撃すら感じなかったぞぉゴラァ!つーか風すら来なかったじゃねぇかぁ!どこで伝説作ってきてんだぁ!斬れない伝説なんか?今斬れない伝説でも作ったって言いたいのかゴラァ!伝説の意味を言ってみろ!伝説になった理由を言え!今すぐ答えろゴラァ!伝説舐めてんじゃねぇーぞ!伝説に謝れ!そのまま土下座の体制で頭カチ割れるまで地面に頭叩きつけて伝説に謝れやゴラァ!つーか金輪際伝説語んじゃねぇーぞ!剣すら名乗んじゃねぇーよ!てめぇとてめぇの剣は木刀どころかピコピコハンマー以下だ、クソが!ハリセン以下だぞ、このクソがっ!」
「だ、だから言ったじゃないですかぁ。傷付けるのも無理って言ったじゃないですかぁー。無理なんですよぉー。力が足りないんですよぉー」
土下座モードのまま泣きそうな声で必死に早口で弁明する勇者。
傷付くという意味なら別の意味で傷をおったぞコノヤロー。
これが俺の精神的なダメージを狙っての攻撃というなら凄まじい破壊力だ。
なにせ手っ取り早く殺られて元の世界に戻ろうとした俺の計画の全てが脆くも崩れ去ってしまったのだから。
「ドッキリ大成功ぉ」とか言ってプラカード持った人が出てきてくれないかと妄想するぐらいのショックをうけた。
だが、これが現実だ。
受け入れたくなくても、これが現実なのだ。
いつも現実は甘くはない。
この世界の現実も甘くはないのだろう。
まずは現実と向き合う必要があるか。
土下座モードで固まっているのが勇者。
で、床に転がっているのが伝説の聖剣。
ヤバい。
あれが本当に聖剣を持った勇者の本気とするなら尚更ヤバい、余りに弱すぎる。
混乱する頭を落ち着かせるためにも、ひとまず足元に落ちている折れた聖剣の柄を握ろうとした。
これが偽物であることを祈る。
わずかにでも残っている可能性、この聖剣は偽物。
そう願って触れてみるが、俺には触れることが出来ない。
まるで見えない壁に遮られてるかのようだった。
「マジか!本当に触れない!」
部下の言葉を含め、ここに完璧な土下座を続けているのは正真正銘、本当に本物の勇者。
そして折れた剣は正真正銘、本当に本物の聖剣であるということか。
間違いはないということか。
間違っていてくれという願いは叶わないということか。
ということは単純に力が足りないと言っていた勇者の話も本当のことなのかもしれない。
だとすれば俺がやるべきことはひとつだ。
「喜べ、勇者。朗報だ。今後は俺がお前を鍛えることにした」
簡単なことだ。力が足りないというのなら無理矢理にでも増やせばいい。
俺が強くしてやる。
「ひぇっ?!」
土下座スタイルのまま身体をビクつかせている勇者に宣言した。
「俺を殺せるようにお前を強くしてやることにした」
「えぇぇぇぇーーー!!!」
「意地でもお前に俺を殺させてやる!」
土下座勇者の叫び声が響くが完全に無視だ。
俺は俺のやり方で目的を最短ルートでクリアする。
討伐されたい転生魔王〜弱すぎ勇者を強くする〜 ただのこびと @kobito1230
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