第2話

 真っ白な空間が光に包まれた。


 目の前が暗くなり一瞬の暗転と同時に俺は浮遊感に襲われた。

 浮遊感が抜けるのと共に意識が覚醒していく。


 気づいた時、俺は椅子に座っていた。

 まるで自分のために作られているかと錯覚するほど馴染んだ椅子だ。そこに俺は座っていた。


「お目覚めになる時を心よりお待ちしておりました、我が主よ」


 とても澄んだ、それでいて良く響く低い声。


 まだ先程の白い空間から溢れた光の影響からなのか、突然の浮遊感に酔っているのか、全く目が馴染まず視界はかなり霞んでいる。

 なんとなくわかるのは、俺はかなり広い部屋にいるということと、玉座のような豪華な作りの身体に馴染む座り心地の良い椅子に座っているということだけだ。

 そして、薄っすらと見える目の前の広い空間には数多くの膝まづいているのであろう黒い人影の集団。

 すると、集団の先頭で膝まづいているであろうリーダーらしき人影から声がした。


「我が主よ、ご命令を!」


 俺の視界はいまだ霞んでいて状況の把握は全く出来ていなかったが、聞こえた声に戸惑いながらもひとまず命令を出す。


「とりあえず今すぐ此処へ勇者を連れてきてくれ」


「御意!」


 声とともに目の前の黒い人影の集団は一勢に消え去った。


 黒い人影の集団が消えるとともに俺は目を閉じ思考の渦に沈む。


 どうにも考えがまとまらない。


 俺はどうなったんだだろう。直前の事ははっきりと覚えていない。が、恐らくはトラックに轢かれて前世の俺は死んだ。死んだ後、俺は真っ白な空間にいた。真っ白な空間で神と思われる者と会話をし、今後の道を提示された。俺は魔王になる道を選んで、姿の見えない声の持ち主に魔王になると宣言をした。


 そしていまここにいる。


 俺は転生したということなのだろうか?

 本当に転生したというのだろうか?

 ここは転生した後の世界ということか?

 先程の黒い人影の奴等の存在はなんだ?

 俺の目覚めを待っていたようではあった。俺のことを主と読んでいた。その後、俺に命令を求めてきた。命令を出した後も、命令どおりに即座に行動をおこした。

 ということは黒い人影の集団は俺の配下なのだろうか?

 魔王に転生してきたとして、今いるこの場所はいったいどこなんだろう?

 この広間のサイズや玉座らしきものを見るかぎりは城っぽいところなのだろうか?

 俺は本当に魔王に転生したのだろうか?


 目を開けると先程に比べて段々と目が慣れはじめてきたのか、徐々に広い空間の細部まで目が行き届くようになっていった。

 細かな装飾のされた豪華な部屋、正面には重厚そうな大きな両開きの扉ががある。広間と思われる部屋はかなりの広さがある。およそ縦五十メートル以上、横も三十メートル、天井もかなり高く十メートル以上はあるだろうか。完全に体育館とかの大きさに匹敵する広さだ。サッカーコートは無理としてもバスケットコートぐらいなら余裕でスッポリと入るだろう。頑張ればバスケットコート四面分は取れるかもしれない。そこまでは言い過ぎにしてもそれぐらいの広さがある。そんな広い床一面に敷いてある継ぎ目のない真っ赤な絨毯、かなり高級そうだ。このサイズの絨毯っていくらぐらいするのだろう。相当に金額がかかるのは間違いなさそうだ。


「っ!!」


 部屋を見回しながら考え事をしていると、突然広間の中央に複数の人影が出現した。


「主よ、命令どおり勇者を連れて参りました」


「よ、よくやった」


 咄嗟に返事をしたが、まじで焦った。いきなり出て来られると流石にビックリする。なんの前触れも無しにいきなり現れたのだから。焦ったせいでちょっと上擦った変な声で返事してしまった。そしてめちゃめちゃ動揺している。心臓がバクバクいってる。って、俺は魔王に転生した?魔王って心臓はあるのだろうか?

 いまだ状況把握が出来ていないこともあって、頭の中がプチパニックになっている。が、混乱する思考を無理やり捨て去り、冷静を装って言う。


「勇者をここへ」


「はっ!」


 突き出されたのは十代半ばぐらいの華奢な身体の少女だった。連れ去られた恐怖からなのかガクガクブルブル震えている。


 白銀に輝く剣に白銀に輝く鎧、金髪ポニーテール、金の瞳、透き通るような白い肌をした少女がガクガクブルブル震えている。


「お前が勇者で間違いないか??」


 少女は恐怖で声も出せないのかブンブン顔を上下に降っている。

 ぶっちゃけその姿は余りに勇者らしくない。威厳も何もない少女。しかも格好は兎も角いまいち強そうにも見えない。ただの村人ではないのか?あまりの残念な仕草に勇者かどうかの確信が持てず、後ろの配下と思われる人影に声をかける。


「こいつが勇者で間違いないのだな」


「はっ、間違いなく勇者です」


「間違いなく勇者か。これがかぁ」


 ふぅ、なんだろう。残念感が半端ない。

 イケメンでガッチリとビシッとした勇者を想像していたのにオドオドした少女。

 女子供だからとバカにはしないがもっとビシッとしててくれればなぁ。

 まぁ連れてきてくれた配下が言うのだから間違いはないのだろう。


「っっっっっっっ!!!!!!」


 って配下達めちゃめちゃ怖いやん。

 勇者にばかり気を取られて配下の姿を確認してなかった。


 全長ニメートル以上はあるであろう黒い肌をしたゴリゴリの筋肉質で赤い目をした数百の軍団。


 先頭のリーダーっぽい奴なんて、身長三メートルをゆうに超えてる。

 皮膚なんて真っ黒にテカってるし毛深いし。

 サラブレッドのケツをよりパワーアップさせたような凄まじい筋肉がゴリゴリに有り得ないほど浮き出てるし。

 背中にはでっかい蝙蝠ようなの翼生えてるし。

 牛のような顔だし頭に渦巻く角生えてるし。

 目は真っ赤だし。

 口の中のキバだらけやし。

 まじで悪魔ですやん。

 悪魔の軍団やん。


 後ろで微動だにせずに綺麗に規則正しく整列している配下達の姿が更に怖い。


 軍隊かってぐらいビシッと、揃っている。何よりも先頭の奴なんて見た目は完全にラスボス。

 どう考えても強いだろコイツ。

 まじ怖ぇ。

 っていまは俺が魔王なのか。転生して魔王になったのなら俺のが強い、はずだ。って、あんなんに襲われたら一溜りもないだろ。あれは倒せる設定なのか?

 おっと目の前でガクガクブルブル震えている勇者の存在を忘れていた。


「よくやった、お前たちは下がれ」


 怖い悪魔達はひとまず何処かへ行ってもらうとしよう。


「はっ!」


 声と共に一瞬で消えた悪魔達にホッとする。

 よかったぁ、あんな怖い奴等がいると俺の心臓が持たない。

 って魔王に心臓あるのか?

 おっと、これはさっきやったくだりだった。

 ふぅ、少し落ち着いたところで勇者に声をかける。

 本題はこれからだ。

 これからやる事を悪魔軍団に見られると万が一にも止められる可能性があるかもしれなかったからだ。


「お前を勇者と信じて頼みがある」


 ガクガクブルブルしている勇者は再び首を上下にブンブンと必死に振る。


「聞いてくれるか?」


 ガクガクブルブルしている勇者は首を上下にブンブン振る。


「俺を殺してくれ」


 ガクガクブルブルしてる勇者は身体を更にガクガクブルブルさせ首を左右にブンブンと必死に振る。

 後ろのポニーテールの毛先が一テンポ遅れ振り回され勇者の顔面をペチペチしている。


「もう一度言う俺を殺してくれないか?」


 ガクガクブルブル勇者は先程よりも更に高速で首を左右にブンブン振る。

 ポニーテールも高速で揺れる。

 先程より更に激しくポニーテールの毛先が勇者の顔を激しくペチペチする。

 もはや勇者の顔が完全に見えなくなりそうな勢いだ。


「殺せないのか?」


 今度は頷きだした。


「どういうことだ?俺を殺すのが勇者の使命だろ?」


 殺せないとは意味がわからん。


「殺したくてもできないんです」


 意を決したガクブル勇者ははじめしゃべった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る