レジスタンスの目的

「俺はやだね! 絶対反対だ!」



 その夜、けやき亭の地下にあるレジスタンスのアジト内は大荒れだった。

 クラージュは最奥の部屋にメンバーのほとんどを集めてシェリルからの話を彼らに伝えたのだが、返る反応はそういった「冗談じゃない」と言いたげな怒声ばかり。



「そうだそうだ! マグヌムにはいい話が全然ない、そんな国に飼われるなんてごめんだね!」


「あの国では人体実験を行ってるっていう話も聞いたことがあるぞ。家族だっているんだ、そんな危険な国になんて行けない!」


「結局ただヘレティックがほしいだけなんじゃないのか!」



 話し合いにすらなりそうにない雰囲気に、クラージュは本日何度目になるかさえわからない重苦しいため息をひとつ。

 広めの長テーブルに腰を下ろすヴィオラは、そんな怒気が溢れる雰囲気の中でぱんぱんと軽く手を叩き鳴らす。それと共に、憤る面々の視線は反射的に彼に向けられた。



「まあまあ、気持ちはよくわかるけど少し落ち着けよ。王族ってのはどうも好きになれないから、オレも本音を言うなら大反対なんだけどさ」


「このまま活動していても物資に限りがある以上、いつか限界が来る。国の後ろ盾を得られるのなら、そうした方がいい」


「……って、相棒が言うんだ。国の下につくのは気に入らないけど、確かにそうなんだよなぁ」



 ヴィオラの隣に腰掛けるジェントがそう告げると、まるで水を打ったように場が静まり返った。冷静になって考えてみれば、それがいかに正論なのかはよくわかる。好き嫌いの感情だけで魔族と戦い続けるなど、できるはずがない。ジェントの言うように、いつか必ず限界がやってくる。



「け、けどよぅ、あいつら本当にただヘレティックがほしいだけかもしれないんだぞ……お前はそれでいいのかよ?」


「この俺が大人しく捕まるタマだと思うのか」


「い、いや、まあ……そうだな」



 ジェントもヴィオラも、束になっても敵わなかったグレーターデーモンを軽々と制圧するほどの実力者だ。そんな彼が、大人しく言いなりになるとは間違っても思えなかった。けれど、心配は尽きないものである。


 マグヌムの思惑だけでなく、この国のことも。レジスタンスのメンバーはこの国を離れるにしても、全員がマグヌムに行けるわけではない。残る者たちもいるのだ。魔族に抗った国の人間を、その魔族が放っておいてくれるとは思えなかった。



「なあジェント、例の手はまだ準備が必要なのか?」


「……残っているのは、北西にあるプエルタの街だけだ。今夜にでも発とうと思う」


「じゃ、じゃあ、もうすぐこの国全土に魔族の侵入を阻む結界を張れるんだな!?」



 現在レジスタンスが水面下で動いているのは、この南国トレディシエン全土に魔族の侵入を阻むための結界を張り巡らせるためだ。これは初めての試みで、確実に上手くいくという保証はない。


 しかし、この作戦が上手くいけば南国だけでなく各地に同じように結界を展開できるということに他ならない。それは魔族に怯える人間たちの大きな希望になってくれるはずだ。



 * * *



 最奥の会議室を出て地下からけやき亭の中に戻ったジェントを待っていたのは、ロビーにいたシオンだった。シェリルと話していたらしい彼は、ジェントの姿を見つけるなり満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。



「あ、ジェントさま~!」


「シオン、まだ起きてたのか。もう休んだ方がいい、夜更かしすると大きくなれないぞ」



 ジェントはそんなシオンを前にその場に片膝をついて屈み、目線の高さを合わせながらポンとその頭を撫でた。先ほどは覆面に隠れていたその顔に薄らと笑みを滲ませて。


 現在の時刻は、夜の二十一時過ぎ。もう二十分もすれば短い時計の針がまたてっぺんを過ぎる頃だ。シェリルはそんなシオンを追ってそちらに歩み寄ると、彼らを何度か交互に見遣る。子供にしてはあまり似つかわしくない呼び方が少しばかり疑問だった。

 すると、そんな様子に気付いたシオンがにこにこと笑いながらシェリルを見上げる。



「僕、奴隷商人さんに売られそうになっていたところをジェントさまに助けていただいたんです。ジェントさまは僕の命の恩人なんですよ」


「ああ、そうだったの。わたしもさっき助けられたわね、危ないところをありがとう」



 先ほど、彼が来てくれなければコルニクスに襲われて怪我をしていたか、最悪命を落としていたかもしれない。それを思い出して純粋に礼の言葉を伝えたシェリルだったが、当のジェントは彼女に目を向けるなり、まるで仮面でもかぶったようにスッと無表情に戻ってしまった。そうして、屈んでいた床から立ち上がると近くに掛けてあった外套を手に取り、さっさと宿の出入口へと足先を向ける始末。



「ちょ、ちょっと! 無視ってどういうこと!?」


「……別に、礼を言われるようなことじゃない」



 ジェントの背に慌てて声をかけると、そんな抑揚のない声がひとつ返る。それ以上は余計な言葉を連ねることはせず、そのまま外へと出て行ってしまった。



「な……なんだ、ただの照れ屋ってやつ? わりと可愛いところあるのね」



 お礼を言われるのが慣れていないのだろうか。シェリルは一度こそそう思ったのだが、隣にいたシオンが困ったような顔をして口を開くと、そんな微笑ましい心情も空の彼方へと吹き飛んで行ってしまった。それはもう、いっそ清々しいほどに。



「いえ、あの……ジェントさまは……女の人がお嫌いなんです」


「……」



 女嫌いだからこその態度なのだと思うと、なぜだか異様に腹が立った。シオンにはあんなにも優しい顔をしたくせに。

 その言葉を聞くなり、シェリルは再びけやき亭を飛び出した。


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暁闇のレベリオン -悪魔と呼ばれた青年の世界変容- mao @angelloa

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