異端者《ヘレティック》
デーモンを退治したレジスタンスと共に彼らのアジトに戻ったシェリルは、そこでやっと安堵を洩らした。
実際に目の当たりにした魔族の強さは彼女の想像以上で、人間など魔族にしてみればまさに取るに足らない存在なのだと痛感した。ゴミのように薙ぎ払われる人間たちの姿を思い返すと、それだけで全身が恐怖で震えてしまう。
自分たちはあんなものを相手にしようとしているのだ。あれで下っ端なのだから、大魔王サタンはどれほどの力を持っていることか。
「(……弱気になっちゃダメ、魔族に勝つためにわたしたちは今まで色々な研究を続けてきたんだから。きっと何とかなる、何とかできるはずよ)」
気を抜けばつい先ほどの光景がすぐに脳裏を過ぎる。人間と魔族との圧倒的な力の差は、思っていた以上にシェリルの頭に強く焼きついたようだ。そんな彼女の思考を引き戻したのは、目の前から聞こえた「ごほん」というひとつの咳払いだった。
「お話はよくわかりました、マグヌムが魔族に抵抗するために軍事力を強化しているという噂は耳にしていたので、今回のお誘いについても納得できます」
現在、彼女がいるのはけやき亭の地下にある――正真正銘、レジスタンスのアジトだ。地下に造られているだけあって、全体的にひんやりとした冷たい空気を肌に感じる。明かりはあちこちに灯っているものの、何となく冷えた雰囲気を醸し出していた。
そんな中で彼女と対面して話すのは、灰色の髪をした強面の大男。彼がこのレジスタンスのリーダーを務めるクラージュだ。
シェリルはけやき亭に戻るや否や自らの素性を明かし、この南国にやってきた理由も吐露した。このレジスタンスのリーダーに会わせてほしい、とも。そして、このクラージュとの対面に持ち込んだのである。相手にされないかもしれないと身構えていたが、意外にもクラージュはシェリルを小馬鹿にすることなく真剣に彼女と向き合い、その話を聞いてくれた。
「じゃ、じゃあ……!」
「しかし、お返事に関しては保留にさせて頂きたい。集団で動いている以上、ワシの一存では決められません」
「でも、あなたがリーダーなんじゃないの? リーダーが決めたことなら……」
「上に立つ者が下の者の声に耳を傾けずにいれば、組織は簡単に崩壊します。リーダーだからこそ、ついてきてくれる者たちの意見と向き合う必要があるのですよ。それに……」
間髪入れずに返るクラージュの言葉にシェリルはヤキモキした。こちらはそんな悠長なことを言っていられないのだ、すぐにでも返事がほしい。けれど、つい今し方まで落ち着いた表情をしていたクラージュの顔が険のあるものへと変わると、そんな要求も喉の奥に引っ込んでいく。
「無礼を承知で申し上げますが、ワシは王族というものを信用しておりません。先ほどの戦闘を見ていたのなら尚のこと、……シェリル王女とて、ヘレティックを自国に連れていきたい欲があるのでは?」
「――!」
クラージュのその言葉に、シェリルの心臓はどくりと大きく跳ねた。秘密を言い当てられたような気分だった。言葉に詰まる彼女の様子に疑念に揺らめいていたクラージュの目に確信の色が滲む。憤りと諦念が見え隠れするそれは、今更どう弁解したところで崩せそうにない。
しかし、その一方で「何がいけないのか」という開き直ったような疑問が彼女の頭に沸いた。座っていた椅子から勢いよく立ち上がると、目の前のテーブルに両手の平を強く叩きつける。
「――それの何がいけないの!? ヘレティックをほしがってるのはみんな同じよ、そういうあなたたちだって所有してるじゃないの! あのジェントっていう赤いの、そうでしょ!?」
――魔族は、人が持ち得ない“魔術”という特殊な力を使う。それは人間たちにとって何より脅威となるものである。
けれど、
現段階でわかっていることは――魔術に対して絶対的な防御力を誇ること、生まれつき身体が弱いこと、そして類稀な美しさを持つこと。その見目のよさがヘレティックか否かを見極める一番のポイントでもある。
だから、あの黒衣は――ジェントは姿と素顔を極力隠していたのだ。素顔を見れば、誰もが口を揃えて言うだろうから。彼はヘレティックだ、と。
ほしいかほしくないかで問われれば、考えるまでもなく「ほしい」と答える。当たり前だ、誰だって魔術は怖い、ほしいに決まっている。魔術から身を守るための生きた盾を。
シェリルとクラージュは、暫し言葉もなく互いに睨み合う。
やがて、先に折れたのはクラージュの方だった。ふう、と小さくため息を吐くのを見ると、シェリルはそんな彼を睨み下ろして早々に踵を返す。言うだけのこと、伝えるだけのことは伝えたつもりだ。あとは彼がどういった答えを出すか、だけ。
「そんなには待てないわ、明日には返事をちょうだい」
それだけを告げてさっさと出て行くシェリルの背を見送った後、クラージュはくしゃりと自らの前髪を掻き乱した。
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