第2話 だからポテンシャル採用って情けで採用されてるんだって
入社して3週間がたった。
俺は今、東京証券取引所のホームページを見ている。
まさか自分が東証のホームページの、国内株売買制度のページを、こうも真剣に、食い入るように、穴が開くほど見ることがあろうとは、少なくとも3週間前では考えもしなかった。
入社してからの3週間はあっという間に過ぎた。
入社初日の午前は社内のルール、制度、規定に関する研修があった。
そして午後から早速、業務の研修が始まった。
俺は今回、トレーダーという職種で入社した。
面接時はETFのファンドマネージャーで、業務的には貸株業務(株を貸してお金をもらう業務)を担当するという名目で進んでいた。
しかし、途中で株のトレーダーは興味あるかと聞かれ、「あります!」と返事したことから今の状況にいたった。
CEOの説明としては、貸株業務だけだと稼ぎにならない。よって俺という従業員は完全に赤字要員になる。ただ、面接の過程で話を聞いていくうちに、トレーダーとしてやっていけるのではないかと感じ、且つ兼務ならなんとか人件費分の稼ぎを出してくれると考えた末のオファーだとのこと。
要するに、CEOの慈悲が、結果的に俺の首の皮一枚をつないで採用という形となったわけだ。
ただし、期待外れだったらクビ切りもある、とも言われたから、つながっている皮一枚もいつ切られるかわからない状態、と認識してもなんら大袈裟ではない。
そういう背景もあって、ソッコーで業務を覚えてプラスαの成果を出してやる!と意気込んで臨んだ初日だったのだが……結論から言えば全然ダメだった。
どうダメだったかを分析する前に、まずは俺が過去に経験してきたことを、事実だけ抽出して列挙する。
まず、(何はともあれ)株取引自体は大学生の二回生の頃から始めていた。
次に、(世間的な評価はどうであれ)割と大手の証券会社に新卒入社している。
そして、(実態はどうであれ)一応、初期配属はマーケット部門といわれる部署だった。
これらの事実を鑑みれば、やっていける自信はあった……のだが、入社初日退勤後の帰り道、その自信は全く的外れな勘違いだったと反省した。
トレーダーとして取り扱っている商品は日本株だ。日本株は日本取引所グループが運営している東京証券取引所で売買されている。一言に売買されるといっても、そこには取引所が定めた売買制度がある。元証券会社勤務の身なので、取引所の制度については把握している。
と思っていたのだが全然そんなことはなかった。
プロのトレーダーとして業務を遂行できるレベルまで俺はその制度を把握していなかった。
例えば、特別気配の更新値幅や、更新間隔。出来高が少ない銘柄の板つきとそれに応じた注文の出し方。特別気配後の約定のつき方とそれに係るターゲット株数を達成するための注文の出し方。どういう時は同時発注とみなされるのか。その時自社の注文を約定させるためにできることは何か。
売買制度をすべて考慮するのを大前提として、どのタイミングで、どれくらいの指値で、どれくらいの株数を発注するのか、さらにはどの板をとって、どの板を無視するのかを迅速に判断して、執行する。
判断する前にまずは判断することがあることに気づく必要がある。そのために常に銘柄の板を見て、騰落率を見て、自分が出した注文を見る必要がある。
この作業を、先輩トレーダーたちはエクセルとブルームバーグの発注システムを使って超高速に行っていた。その手捌きの速いこと速いこと。上級者ってこんなに速くエクセルを操作できるんだと感動した。
ここまではトレードの執行に関すること。
で、そのほかにも、ショートレシオや個別銘柄のファンドに占めるウェイト、ターゲット等のファンドに関する情報をファンドマネージャーに聞かれたら即座に答えること。ファンドマネージャーから新規の発注や、既存の発注の変更に対応すること。異常な動きをした銘柄の報告。大量保有報告なしで買える最大株数の計算。空売り報告の公表なしで売れる最大株数の計算。
こんな感じで、挙げればキリがないほどに知らない、かつ出来ないことだらけで、ダメダメだった。
しかし、ここで挫けて終わってしまっては俺の野望を成し遂げられない。
ダメはダメだったが、まだ3週間。
まずは自分が戦っている場所とルールを把握する。すなわち東証の売買制度を把握する。
そのために、東証のホームページを見ているというわけだ。
来週を過ぎれば入社して1ヶ月になる。
それまでには、なんとしても、一通り業務ができるようにならなくてはならない。
ここで終わるわけにはいかない。たとえ情けで雇ってもらった身でも、実は全くこれっぽっちも期待されていなかったとしても、それは他人の思っていることであって俺の野望とは関係ない。
何としてでも、テッペンにのし上がってやるよコンチクショウが!
だから俺はここで終わらせたくないんだって @machida_JX
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