高嶺の花は完全無欠

 高嶺さんを見送った後、小説を書く前に体調不良で遅刻する旨を学校に電話で連絡した。


 結局、小説を書く腕がノリにのってしまい、4限が終わった頃に登校することになってしまったことに少し後悔する。昼休みだから人の目線が集まりやすいかもしれない。


 目立たないといい。そう思いながら教室に入ると、クラスメイトの視線は友人に囲まれながら上品に微笑む高嶺さんに一点集中していた。


 自分の机に座ると、すかさず前の席に座る中川竜太に話しかけられる。


「おはよう、玲」

「あぁ、おはよう。りゅう」

「今日の高嶺さんやばくね?」

「あぁ……」

「あぁってほんっとに興味ないな」

「興味ないわけじゃないが」


 あの髪型は俺がやったしな。


「高嶺さん、いつも麗しいけど今日はより輝きが増してるよなー。いつもは下されてる前髪が編み込みでおでこが丸出しになってるのがいいっていうか」

「りゅうはいつもに増して喋るな」

「誰だってこうなるだろ。入学して2年間高嶺さんが髪型変えたのなんて初めてなんだぞ」

「そうだったか?」

「そうだよ!まぁ、噂によると昨日も髪型が違ったとかいう話もあるけどな」

「そうか……」


 高嶺さんパワー凄まじいな。これは本人がイメージを崩したくないと保健室行くのを拒否する気持ちもわかるかもしれない。


 高嶺さんが額を赤くして保健室に行こうものなら、下手したら明日には全員に知られてる。


 切に図書館に俺と高嶺さんがいたところを見られていないことを祈るばかりだ。


 おそらくこの高校の附属大学の図書館だから大丈夫だとは思うが。わざわざ好き好んで大学の図書館に行く奴もいないだろう。


 ……そういえば何で高嶺さんはあそこにいたんだ?


「そういや、玲は何で今日遅刻したんだ?珍しい」

「あ、あぁ。腹痛でな」


 腹痛ということで遅刻の連絡を入れたから、ここは同じにしといた方がいい。

 

「それはまた朝から災難だな」

「あぁ。大変だったよ」

「そうだろうな。昼休みまでかかるんだから」

「ベッドとトイレの繰り返しだったからな」

「もう大丈夫なのか?休んでた方が良かったんじゃ」

「いや、大丈夫だ」


 あのまま行かずに小説を書いておきたい気もしたが、高嶺さんに心配されるだろうからな。

 

 目の前で心配そうな表情を向けてくる友人にうそをついていることに罪悪感が芽生える。


「そういや、高嶺さんは何であの髪型なんだ?」

「それがな、さっきから女子たちが聞いてるんだが、微笑むだけで誤魔化してるんだ」

「そうなのか」


 高嶺さんが正直に答えていないことに心底安堵する。正直に答えていたら、俺の安全がなくなってしまう。


 りゅうがずいっと内緒話でもするように机に身を乗り出す。そのまま来いとでもいうように手を振る。


「なんだ?」


 俺も机に身を乗り出し、りゅうの声に耳を傾ける。


「実は俺は高嶺さんに好きな人でもできたんじゃないかと睨んでるんだ」

「好きな人?」

「あぁ。だって、男女問わず好きな人がてきたら見た目に気を使い始めるだろ?まぁ、高嶺さんはそんなことしなくても美しいが」

「そうだな。確かにあんな綺麗な人なら恋人は居てもおかしくないな」

「ばっ!おまえ」


 りゅうが焦りの表情を浮かべる。


「それは言っちゃダメだろ!周り見てみろ!」


 そろりと周りを見てみると、どうやら俺たちの会話が聞こえていたのか何人か撃沈している男子がいた。


「あぁ。なるほど」


 好きな人だったらまだ自分にもほんの少しの可能性があるけど、彼氏だったら可能性がなくなるからか。


「でも、あの高嶺さんだぞ?今までだってそう思わなかったのか?」


 周りに聞こえないようにさらに小さい声でりゅうに問いかける。


「そりゃあ、誰しもが頭によぎっただろうけど、考えないだろ。そんな都合の悪いこと」

「そういうものか」

「そういうものだ」

「なるほど。確かに恋愛は視野狭窄になるっていうもんな」

「そうだよ。なんか玲はいつも他人事なんだよなー。恋したことないとか言わないよな?」

「したことないわけじゃないが……。中学生あたりからはしていない気がする」

「それはしてないって言うんだよ」


 してないかもしれないが、恋愛小説は何冊か書いているし人並み以上には恋愛のことについてはわかっている。


 反論しようとして、できないことに気がついて自分でも少しふてくされた声が出る。


「そういうりゅうはどうなんだよ。高嶺さんの大ファンだろ」

「あぁ。あくまでファンはファンだからな。恋愛とは別だ」

「そうなのか」

「そうだ」

「そういうものか。じゃあ他に好きな人……いや、やっぱいいや」

「なんだよ。最後まで言えよ」

「高嶺さんが違うなら予想つくから」

「はぁ⁉︎恋愛に疎いくせにわかるわけないだろ。言ってみろよ」

「あ……」


 言おうとしたところでりゅうに思いっきり口を塞がれた。


「いい。やっぱ言わなくていい。そんな不服そうな顔むけてくんな。俺が悪かったから今言うな。いいか?今は言うなよ?」


 塞がれてた口が解放され、やっと新鮮な空気が入ってきた。


 ふぅ、と一呼吸して焦っているりゅうの顔を見る。


「それは言えっていうふりか?」

「ちゃうわ!おまえは馬鹿か!」

「馬鹿じゃない。失礼な」


 馬鹿とはなんだ。馬鹿とは。俺は馬鹿じゃない。


「はいはい、そうだな。成績関連で言うと馬鹿じゃないな」


 りゅうに流されて更にむすっとしてると先生が入ってきた。


 慌てて散らばっていた生徒たちが自分の机に座り、後ろを向いていたりゅうも前を向いた。


 俺が通っているこの高校はいわゆる世間でいうところの進学校だ。

 だから、世間で名前が通じる大学に全員行って当たり前と言う「常識」があるし、俺だって将来文筆業がどうなるかは分からないから、進学に向けて多少なりとも勉強している。


 そんな場所だからだろうか。他の学校よりも学力が重視され、余計に高嶺さんが目立っている。


 目立つ理由は必然的だ。


 1年生の頃から当たり前のごとく定期テストにはセンター問題や大学の問題が組み込まれて、中には今の知識ではとても解けない問題も一問は入っているにもかかわらず、入学当初から満点を取り続けていれば嫌でも目立つ。


 しかも、その人が画面越しでも滅多に見ない美人となれば尚更。


「この問題は一昨年のセンター試験で出た問題だ。解けたやついるか?」


 解けない。自分が習った公式で解ける事はわかっているし、何を使えばいいのかも分かる。でも、手順が分からない。


「はい」


 静まる教室の中ですらりとした手が一本挙がる。


「おぉ、高嶺。じゃあ解いてみろ」


 高嶺さんが立ち上がり、黒板の前でコツコツと音をさせながら、数式を書いていく。


 淀みがなく書かれる数式を見て先生が満足げにうなづいた。


「さすが高嶺だな。正解だ」


 教室内で感嘆の声や高嶺さんをすごいと褒める言葉が飛び交う。


 高嶺さんはその声を聞いて、いつものように微笑みながら席につき、どこか安心したように息を吐いている。


「高校2年生の5月になれば、流石にもうそろそろセンター試験の問題は解けるようにならないといけない。国公立大を目指すなら尚更な。文系クラスだと数学嫌いな奴も多いと思うが、今から準備しておいて損はない。これから解けなかった奴は勉強に励むように」


 先生のその言葉を聞き、クラスがまた静まり、授業をおとなしく受け始める。


 高嶺さんも前を向いて真剣にノートをとっており、その姿はいつもと変わらず学園の高嶺の花で、朝のあの景色は間違いなんじゃないかと思えてきた。


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポンコツな高嶺の花は理想を守りたい もちのき @60x09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ