第36話 少年よ、高みを目指せ!

「ペルンさんの手に持っているそれ。シュルツ様に贈るのでございましょう? もしかしてとは思いますが、正式な弟子入りを認めるのが恥ずかしいってわけじゃないですよね?」


 彼女の声に我に帰る。ユリに指摘された特殊鋼の棒がペルンの手に握られていた。彼が数カ月を掛けて精製した合金で、シュルツの連樹子に少しでも耐えられるようにと願って鍛えたものだった。


「いんや、農具にでも使おうかと思ってよ。こう、握ってだ」


 そう言ってペルンは押し黙る。さすがに言い訳に苦しいのか、彼は頭を掻いて話始める。


「すぐにでも根を上げると思ってたけんどもな。毎日欠かさず、良くやるもんだべよ。俺が百年かかった道をわずか数カ月で駆け上っていくっつーのには、たまげてるけどもな。まー、さすがココが2千年をかけて作り上げた魔動器人形シュルツってことか」


 ペルンは樹に預けていた背中を離して「まあ、まだまだ未熟ではあるけんどもな」と、鋼棒を握りそれを肩にのせた。彼をじっと見つめているユリに少しだけ笑ってみせる。  


「じゃあ、ちょっくら行って、剣術ってやつを教えてくるんべよ」

「はい」


 ユリの返事を片耳に入れながら、ペルンはシュルツの練習の場に歩き出す。樹の枝下から抜け出すと、本降りの雨が容赦なく彼の体を叩きだす。「こんな雨の日に、本当に真面目な奴だべよ」とシュルツのいる場所を目を細めて見ていると、自然と口元に笑みが寄せてしまう事に気付いて無理矢理にへの字に曲げた。


 シュルツは思う。雨の日の素振りは、晴れや風吹く日とも違い木刀に当たる雨粒が木刀それ自身に纏わりつく。もちろん、晴れの日は日差しが視界を遮ることもあるし、風の日はその風圧が体の重心軸を揺らす。現在、彼が剣術の練習をする広場は、長雨のせいで地面がぬかるみ足が泥に吸いつく状態だ。力任せに体を動かそうとすれば、踏ん張りがきかずに泥がぬめって足元が地面を泳いでしまう。だから、雨の日は本当にやっかいだと思う。


「よお、泥と戯れてんのか?」


 気配は感じていた。だから声が聞こえた瞬間に木刀の切っ先をペルンに突きつける。

 だが、そこにペルンの姿はなく、木刀は虚しく空を切っていくだけ。そのシュルツの木刀を握る手にペルンの腕が絡みつき、横方向からの重い衝撃が放たれた。シュルツは態勢を保とうと踏ん張ったが、重心を乗せた軸足が泥の上を滑ってしまい思い切り尻もちをついてしまった。


「まだまだネギ坊主のままだべ」


 いつの間にかシュルツの木刀がペルンの手に握られていた。彼は片手に持つ木刀を振りながら、シュルツが起き上がるのを待っている。


「やっぱり、ペルン師匠のようにはいかないみたいです。でも、以前よりも体の動きは良くなったと思うのだけど、どうでしょうか?」


 泥で汚れた服を気にすることなく、シュルツはペルンに並ぶ。ペルンはそんな彼の表情を受けて、シュルツの前に鋼棒を地面に突き立てた。


「これば、使えや」

「え?」

「一度だべ。一度しかやらねえから、良く見とくんだ」


 そう言って、ペルンはシュルツと対峙する。シュルツは瞬間、何のことか呑み込めず鋼棒とペルンを交互に見て、ようやく合点に至った。シュルツの瞳がきらりと輝き、鋼棒を強く握りしめる。


「ペルン師匠、お願いします!」

修久利しとめ


 ペルンは木刀の地を右上腕に乗せ、左手で柄を掴んでいる。シュルツを正面に見据えたペルンは、シュルツが鋼棒を構えるのを雨粒の音と共に待つ。体を打つ雨が激しさを増していた。シュルツはいつもの練習と同じように、自分の得物を正眼に構えた。

 ふと、ペルンの構えがいつもと違うことに気付き、緊張が全身を走る。新たな技だろうか? きちんと対応できるだろうか? と不安が動悸を早めてしまうが、これまで積み重ねてきた練習量を自信に変えてシュルツは鋼棒を強く握る。


「修久利は基本の技だべ。すべての応用の根となるものだべよ」


 ペルンの木刀を持つ気配が変わった。

 ―――くる!

 直感が警告を鳴らし、それを受けてシュルツは咄嗟に鉄棒を突き出す。得物同士のつばぜり合いに持ち込めば、単純に力で勝る自分が有利だろうと予測していた。だが、鋼棒の切っ先をあまりにも軽易に叩かれて、シュルツは明後日の方向に突きを繰り出してしまう。そして、そのままがら空きとなった胴に、ペルンの木刀が当たった。

 それで終い。

 あまりにも呆気ない結末を導いてしまったシュルツは、泥に手をつき倒れたまま暫し呆然としてしまう。せっかくペルンが剣を教えてくれると言ったのに、自分はただ倒れただけだ。打ち合いらしいことすらできなかったことを悔いて唇を噛みしめてしまう。


修久利しとめの技ってのは、体の動き、剣の動きを意識するってことだべ。俺の動きばよく復習して、いろいろと考えてみでみりゃいいべよ。んで、剣を振るうとき以外も修久利の動きをして覚えていけばいいべ」


 ペルンはシュルツにそう声を帰ると、「この木刀は俺がもらっとくべ~」と言い残してその場を後にした。

 シュルツは鋼棒を握り、ペルンが立ち去った方角を見やる。夕方まではまだまだ時間がある。なら、ペルンから見せてもらった修久利の技を自分なりに咀嚼して、真似てみよう。シュルツはそう決めると、あとはひたすらに体を動かし得物を振るうのだった。



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《休止中》CS・悪霊 Evil spirit ――異世界死生―― ナ・ココ・なご @kirizatosatune

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