第35話 修久利。師匠と弟子。

◇◆


 燃えてしまったココの家の跡地に、飛空艇魔動器『船ちゃん3号』を持ってきて仮の家とした。これなら、家を復旧するまでの間は雨風をしのげるだろう。それに燃えたのはココの家の地上部分だ。重要施設部分がある地下は無傷で済んでいる。


「じゃあ、行ってきますね」


 雨の降りしきる中をシュルツが駆けていく。朝食後から夕方までは日課となった剣術の修行をするために森に出かけているのだ。その船ちゃん3号の操舵室の前面窓ガラス。その縁に座ったペルンとリヴィアがシュルツの後姿を見下ろしていた。


「ペルン、お主は出かけぬのか?」

「んだなあ、俺は農機具の手入れがあっからな。ココの作業場ば借りねえとなあ」

「ペルンさん、作業場の炉の火入れはできています。私はココさんを呼んできますので、先に準備をお願いしますね」


 部屋に入ってきたユリがペルンにそう告げると、飛空艇の奥に向かっていった。ユリの言葉を聞いてペルンは再び窓の外を見やる。シュルツの姿が見えなくなったことを確認すると彼はおもむろに立ち上がり作業場に足を向かわせた。作業場というのは納屋を改造した鍛冶場だ。そこでペルンとユリが小難しい話をしながら鍛冶作業を行っていることをリヴィアは知っている。

 ペルンが飛空艇の部屋から出ていき、窓の外―――作業場に歩いていく姿を目で追いながら「堂々と作ればよいものを。全くもって剣士とはかくも難儀である者なのかの?」と独り疑問を窓にこぼれたが、雨音に混じって掻き消されていく。そんなリヴィアの姿を見止めたココが挨拶を掛ける。


「リヴィアちゃん。ペルンはもう作業場に行ってる?」

「ああ、既に行っているようじゃぞ」

「ありがと。ユリちゃん、私たちも行こう。今日はユリちゃんに制御式の点検をお願いしたいです」


 ココはユリと共に作業場に向かって船を降りて行く姿を、残されたリヴィアは顎に手をやりながら興味深げに眺めていたのだった。


◇◆


 シュルツが浮島に目覚めてから数カ月が過ぎた。そんな長雨の降る日。

 今日もまたいつもの日課が始まる。

 シュルツは雨の中で剣術の型を振るう。彼の手に持つのは木刀だ。以前にペルンから手渡された鉄棒は、シュルツの連樹子の影響で浸食されボロボロとなってしまい、使い物にならない有様となっていた。


「確か、こうだったですよね」


 ペルンから教わった動きを何百、何千回と繰り返しなぞる。シュルツが練習している場所は、開墾している畑から少し離れた広場。雨が降る中をもくもくと木刀で型を行う。それでも、ペルンのような太刀筋には全く届いてはいなかった。それが分かる程度にはシュルツも体の使い方や剣の握り方を理解してきていた。

 大粒の雨がシュルツの呼吸を邪魔して、息を乱す。雨水で緩む足元に気を取られて太刀筋が鈍り、それに気づきながらもシュルツは懸命に型の練習を続けていた。


「ペルンさん、見ているだけでなんですか?」


 ユリの黒き瞳がペルンを上目遣いに突き刺してくる。ペルンはシュルツの死角となっている樹の影に背を預けていた。


「んだらば、武士の娘たるユリが教えればいいべした」

「そうでしょうか? ペルンさん、ご自身が教えたいと貴方の刀は言っているようですよ。それにシュルツさんはペルンさんを師事したのではないですか?」


 彼女は口を尖らせ彼の手をつねった。その仕草にペルンが肩をすくめる。ペルンの扱う剣術は、通常の剣術ではない。彼の剣技は『修久利しとめ』を土台にした技であり、魔術を用いずに魔術及び魔法をも凌駕する絶技を追い求める剣技。ユリの指導の下に5千年の時を修練に費やし続けてもなお、その頂は遠く見えない。だが、この剣術こそがココを守るためにペルンが手にした唯一の力。

 ユリのまつ毛が雨水の湿気に濡れ儚く陰る。彼女は遠い目をしながら、過去の何かを見つめているように小さく呟いた。


「シュルツさんは一日も休むことなく剣を振るっています。それは、強くなるため。ココ様を守るために、自らに課した誓いを遂げるために」


 ユリの言葉を受けて、腕組みをしているペルンは頭上の木の葉からこぼれる雫を見つめる。



「まずは、人形の体の感覚を掴まねえとな。んだから、とにかく体を動かさねばならねえべ。己の体の感覚を掴みきって、剣を振るうことが大事だべよ。それに、俺の剣術をなぞって稽古してっべ? だから、まったく教えていないわけでねえべした」

「直接教えるだけが稽古ではない、ということですか。ふふ、ペルンさんらしいですね。でも、いいのですか? シュルツさんも『大悟に至らんとする者』に‥‥‥修羅の住む無道乖離に導くのですか?」

「大悟を目指しても、無道乖離に行く必要はないべ。俺自身も『六道真慧』を目指してるわけじゃねえからな」

「ええ。でも、ペルンさん。その気になったらいつでも言って下さいね」



 そう言ってからユリは寂しそうに微笑む。武の道を歩くものは誰しもが『六道真慧』を目指すもの。それはユリとて例外ではない。彼女がいつも寂しそうにするのは父親を思い出しているからだ。そんなユリの頭をペルンは無作法に撫でる。ユリはその心地に、いつかの父親の姿を重ねてしまう。


「分かっています。ですが、気を付けてください。『天に奉納する者、真慧なるものあり。天に背き自らの欲に沈む者、ことごとく纏われる』ということを。真慧の技は決して我欲で放ってはなりません」

「ああ、分かってるべ」


 ユリには感謝している。農具を持つことしかできなかったペルンに剣術という守る力を教えてくれたのは他ならぬ彼女だ。ココと一緒に追いすがる敵の目をかいくぐりながらこの地に辿り着いたのは果たしていつの頃だったろうか―――。

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