第11話 捕縛

「上って――冗談でしょう?」

「別に。僕らにしてみりゃ、いつもの事さ。まさかと思う場所に逃げるのが、ラクに逃げるコツなんだぜ。……連中に、僕らがモグラなんかじゃないって事を知ってもらわないとな」

 眼を見開くミラをからかうように、シャドウは軽くウインクをする。


 上層にアジトを構え、襲われたらさらに上層に逃げる。常に敵の意表を突き、神出鬼没。――これが、<黒の解放軍>。


「さて、長居は無用だ。さっさと移動しよう」

「道案内はする」

 ライフルを肩に担いだアイサが、手にした拳銃を振った。前を行け、という事か。背中は見せられないというのだろう。


 ミラ、シャドウ、アイサの順に進んでいく。迷路のような建物の中を言われるがまま上下左右に進んで行き、気付けば外から大分離れたのか、音も聞こえなくなっていた。


「そこで止まって」

 ドアノブに手を伸ばしたミラを制し、アイサが床の荷物を除けるとそこには小さな穴が開いていた。手を入れてしばらくすると、ドアの周囲が青く光る。

「――何?」

「エレベータさ。僕らが作った訳じゃないけどね。こういうのは、網の目のようにそこら中にある」

 アイサがいじっていたのは起動装置か。

「行こう」


 どう見ても普通のドアを開けると、小さなエレベータの箱があった。乗り込んでドアを閉め、アイサがレバーを上にあげるとゆっくりと上昇を始めた。


「他の人は?」

「集合場所は決めてある。心配ないよ」

 上昇が止まり、ドアが開く。そこは薄暗い空間だった。どこかの家の中だろう。埃を被った家具が転がっている。


「……あまり、上がれなかったみたい」

 周囲を見回してアイサが呟く。

「仕方ないさ。次のエレベータを目指そう」

 既に位置を見失っているミラは、従うしかない。


 しばらく進んでいくと、先に明るい空間があった。壁が崩れているようだ。

「待って」

 アイサがミラの足を止め、そのまま前に出る。「あそこ――前は、崩れていなかったと思う」

「廃墟なんだし、仕方ないんじゃないの?」

 ミラの問いは無視されて、アイサはライフルを構えると前に出る。


 周囲は静かで、敵がいるようには思えない。アイサは眼の力を発動する。壁が透け、外全体を見渡せる。これが、アイサの『能力』。だが、いくら視界が開けたとしても、それを感知する能力はまた別だ。だから、油断はしない。五感を総動員する。


 ……敵の姿は無い。気にしすぎだろうか?


 外側の壁に寄り、身を低くしつつ崩れている箇所に近づく。流石に明かりの中に身をさらけ出すような馬鹿な真似はできない。

 壁の切れ目に近づき、そっと明かりの中に銃身を移動させた瞬間、パンっという音と共に青白い光が弾けた。アイサがその場に崩れ落ちる。


 ――あれは、魔導反応⁉


 まさか、魔導騎兵の新兵器? ミラは息をのんだ。

 

 耳にした事がある。特定の範囲内にフィールドを形成し、そこに魔導士が入ると体内の魔導力に反応してショック攻撃を与える。本来は収容所等の脱走防止用に開発されたがトラップとして有効な為、携帯性等の改良型を開発中であると。

 だとすると、シャドウを行かす訳にはいかない! 飛び出そうとするシャドウを慌てて引きずり戻す。


「ここに居て! 私が行く」


 魔導力の無い自分ならば、範囲攻撃も意味が無い筈。それに――。ミラの耳は、聞き覚えのある音を捉えていた。一人乗り魔導リフター、通称"リトルフット"。武装付きの強力な奴だ。それも複数。


 まずい、と思った瞬間外側の壁が大音響と共に弾け飛んだ。瞬く間に無数の大穴が開く。手持ち火器とは比較にならない破壊力。


 ――どこまで、存在が把握されているのか。


 魔導騎兵のバイザーは、魔導力を検知できる。逆に言うと、魔導を使わなければ見つかる可能性は低い。今集まってきているのはトラップが反応したからで、こちらの人数までは知られていない筈だ。


 匍匐前進でアイサににじり寄り、脚を掴む。片手で引き摺れるかと考えたが、想像以上に重い。


 ……ライフルか。気を失っていても、しっかりと握りしめている。


 一瞬迷ったが、魔導手袋を起動した。指向性は、身体強化。急に軽くなったアイサの体をシャドウの方へと投げやる。


「――逃げて!」


 叫んだ瞬間、その声は再び機関砲が壁に風穴を開ける破壊音にかき消された。耳を塞ぎ、床に沈まんとばかりに這いつくばる。と、体が浮いた。いや、落ちたのだ。ミラの発した魔導に反応して乱射された砲弾が床をも貫き、ミラの体ごと落下させた。全身に響く衝撃。間を置かずに上から無数の瓦礫が襲いかかる。


 ……これだ!


 ミラは両拳を床に叩きつけた。ズン、と床が揺らぐ。――もう一回! 最大パワーで!


 再びの落下。更に二度、三度。落下のたびに強打される胸は呼吸を拒み、喉の奥からは血の味がする。手袋の光が消えた。—―と、再び外からの乱射。


「そこの! 動くな! 抵抗すれば撃つ!」


 崩れた壁の向こうから照らされたライトに向け、ミラは両手を挙げた。最初の2機に加えてさらに数機のリフターが集まっている。たった一人に、大袈裟な事だ。


「馬鹿な奴だ。床を抜いて、逃げられると思ったのか?」


 やってきた二人の魔導騎兵の内一人が銃を突きつけ、せせら笑う。

「こちらは確保した。――ああ、多分トラップにかかった奴だ。おそらく仲間がいる筈だ。徹底的に捜索しろ!」


その言葉に数機のリフターが上昇を始める。


「……逃げた訳じゃない。これも任務だ」

「任務だぁ? 何を言ってる?」


 ミラは体を起こし、壁を背にして座り込む。彼らが逃げてさえくれれば、まだ取り返しがきく。……見つからない事を祈るしかないが。


 ミラは口内の血を吐き出し、言った。

「私は魔導騎兵第一大隊所属、ミラ・サクナ・ライナー中尉だ」


 魔導騎兵が顔を見合わせる。


「大隊長の所に、案内して貰いたい。カンザス・シティ少佐だ。少佐直々の、極秘任務の遂行中である」

「待て。確認する」

 一人がバイザーを指で何度か叩く。


「アシッド人なら、何でマスクが無くて平気なんだ。それに、その瞳の色」

 もう一人が銃口を向けたまま問いかける。

「……魔導騎兵なら、私の事を耳にした事があるだろう。私は、所謂エムだからな。魔素に対して耐性がある。瞳の色だって、何もしていない。だからこそできる任務があるという事だ」


「――確認できた。確かに貴女は、ミラ・サクナ・ライナー中尉のようだ」


 思わず体の力が抜けた。しかし次に魔導騎兵が発した言葉に、ミラは凍りついた。


「中尉、貴女を拘束する。国家反逆罪容疑で、逮捕命令が出ている」


「……何かの間違いでは?」

「いえ、事実です。手を挙げて、ゆっくり立ち上がって下さい」

 丁寧な口調ながらこちらを向く銃口の無言の圧力に、素直に従うしかない。


「カンザス少佐に連絡を。少佐に訊けば――」

「それはできかねます」

 魔導騎兵は首を振った。「カンザス・シティ少佐――いや<元>少佐は、処刑されました。総統直々に、手を下されたとの事です」


 言葉を失い、立ち尽くすミラに向かって魔導騎兵は告げた。

「穏健派がクーデターを起こそうとしたのですよ。……既に、制圧されましたがね」

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魔導都市 ー異世界列車2ー 健人 @kento78

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