第10話 疑惑

「――さて諸君、どうしようか」

 ミラの話が終わると、シャドウは他のメンバーに向けて言った。

「アイサ、何か意見はあるかい」


 その言葉に、アイサはずっとテーブルの上を舐めていた視線を止めた。しかし、変わらずの無言。


「俺は、やるべきだと思うぜ。クーデター計画ってのは、こちらも知っていた。元々、それに乗っかろうとしていたんじゃねぇか」

「喋り過ぎだよ、バカ」

 ブラストがバーニーを睨む。


「……確認したい事がある」

 初めて耳にする声に、ミラはアイサに目を向ける。

「この人の言っている事が、信用できるのかどうか」


「と、いうと?」

「……本当に、クーデターに加わる事になっていたのか。もしそれが嘘なら、私達は単に上層に誘き出されるだけって事になる」

「――証拠なら、ここにあるわ」

 ミラは腕に付けた端末を指した。「これで、上層と連絡を取っていたの。これまでの記録が残っているわ。ここだと魔導が使えないから、見せられないけど」


 その時、ピィンという金属音と共に何かがテーブルの上を滑ってきた。くるくると回転し、勢いを失って転がる。それを見た瞬間、背筋が凍り付いた。コインのような薄い金属の円盤――魔導パック!


「さっき、あなたがいた場所で拾った。これ、魔導パックよね?」

「これが魔導パック? 嘘だろ?」 

 魔導士といえども、魔導パックに頼る事は多い。だがその殆どは機械を動かす為のエネルギーとしてであり、小さくとも握り拳程の大きさはある。ここまで小さい魔導パックを見るのは、この場にいる全員初めてだった。


 ミラは密かに唇を噛む。……迂闊だった。まさか、回収されていたなんて。こうなったら下手に誤魔化すより、認めてしまった方が良い。先程の戦闘も、見られているのだから。


「ええ、私が使っていたものだわ」

「……何に?」

 アイサは変わらず視線を上げようとしない。


「アシッド人の穏健派から支給された機材が幾つかあるの。それ用にね。……襲撃の時、殆ど破棄してしまったけど。今残っているのはこの端末と、」

「その手袋かい?」

 シャドウの言葉による動揺は態度には出ていない、筈だ。

「――そうよ。その魔導パックは、手袋用のもの」

「やっぱりそうなのか。いやどうも、さっきの君の戦い方を見ていたらね、その手袋に何か秘密があるような気がしたんだよねぇ。それ、魔導指向性を自由に変えられるんだろう? 魔導力もマシマシになるって感じかな?」


「ご明察」

 そこまで知られているなら、判断は正しかったと思う。納得させられただろうか。アイサに向けたその視線の先に、銃口があった。


「おいアイサ!」

「黙って」

 立ち上がろうとするブラストを制しつつ、アイサの構える拳銃は揺るがない。

「――聞いた事がある。政府の魔導騎兵大隊に、”エム”の女隊長がいるって。外見は魔導士そのもの。だけど魔導は使えない」

 皆の視線がミラに集まる。


「私が、なんじゃないかって?」

「その手袋、魔導力が無いから使ってる。そうじゃない?」

 背中を冷たい汗が伝う。

「……疑うには、根拠が無さすぎじゃないかしら」

「外へ出て。手袋を外して魔導が使えるなら、私の勘違い。協力すると約束する」


 シャドウに視線を向けると彼は愉快そうに笑みを浮かべ、一度手を叩いた。

「じゃ、そうしようか。ミラさんがその手袋を外して魔導を使えたら、僕ら全員協力するって事で」

 その笑顔を見て、ミラは確信した。

 ――この男は、分かっている。全て知っていて、こんな事を言っているのだ。


 どうする? 選択肢は二つしかない。逃げるか、戦うかだ。逃げるだけなら、可能性は高い。だが、それはできない。自分の身は守れても、義父と穏健派の計画が崩れ去ってしまう。それ以前に、まだターゲットにも出会えていないのだ。このシャドウという男は、どう見ても情報にあったリーダーとは別人だ。しかし、それでも――。


 ミラは腹を決めた。この男を人質に取り、上層へ逃げる。別人だとしてもリーダーを務めている程の人間だ。本物を呼び出す人質としての価値はあるだろう。


 銃口に促され背後のドアに向いた瞬間、それがバン、と派手な音と共に開いた。


「見張りから報告だ! 魔導騎兵の小隊がこっちに向かってる!」

 叫んだ男の言葉に一瞬空気が凍りつく。

「――だから!」

「よしなよ」

 銃を構え直したアイサの腕を、ブラストが抑えた。「上層うえに連絡する手段も、時間も無かったでしょ」


「ここに来る前に連絡してたかも!」

「それは無いよ。僕がずっと見てたからね」

 アイサは唇を噛み、シャドウを睨む。


「……どれくらいで来そうだい?」

 シャドウが男に尋ねる。

「第一ラインからだから、15分位。でも魔導リフターの集団だって話だから、もっと早いかもしれない」

「魔導リフター小隊か……。明らかに戦闘部隊だね。ここを真っすぐ目指しているのなら、何らかの情報が漏れた可能性はある」

 エイシィが眼鏡を上げる。「ただ、今は考えるより動くのが先だな」


「同感だね」

 シャドウはアイサの肩を叩いた。「そういう訳だ。今は手筈通りに動こう」

 アイサの全身から力が抜けた。


「そいつは、どうするの」

「フム、まだ疑いが晴れたワケじゃないしなぁ……人質として、一緒に来てもらおうかな。どうだい?」

「……仰せのままに」

 ミラは肩をすくめたが、内心胸を撫で下ろしていた。


 予期せぬ闖入者によってこの場は何とかなったが、魔導騎兵に保護を求める訳にもいかない。何故この場にいたのか説明を求められるだろう。下手をするとスパイの疑いをかけられてしまいかねない。本来の目的の為にも、彼らと行動を共にする必要があった。


「じゃあ、決まりだ。皆、手筈通りに」

「了解」

 皆が一斉に駆け出す。その見事に統率された行動に呆気に取られていると、肩を叩かれた。

「君は、僕と一緒にいてもらうよ」


「言っておきますけど」

 ミラはムッとして口を開く。「私、魔導騎兵に対して人質としての価値は無いわよ」

「まぁね。でもまぁ、放ったらかしにするわけもいかないしなぁ。アイサを抑えるには、ああ言うしかなかったのは分かるだろう?」

「あなた……何者なの? どこまで知ってるの?」

 ミラの問いにシャドウは悪戯っぽく片目を瞑る。

「とりあえず、行こうか。ぼちぼち、お客さんが来る時間だ」


 シャドウに付いて部屋を出る。建物からは出ずに最上階へ上がると、そこには窓の外に向けてライフルを構えるアイサがいた。二人が近づいても身じろぎ一つしない。


「……どうするつもり?」

「一旦迎撃しつつ、頃合いを見てバラバラに逃げるのさ。アイサは、僕の護衛役でね。それと、これを返しておくよ」

 渡されたのは、預けていた装備だった。

「自分の身は、自分で守ってもらわないとね」


 今は、戦うしかない。拳銃に弾丸を装填し、魔導パックの残量を確認する。

「――それをあたし達に向けたら、命は無いから」

「信用してもらうしかないわね」

「仲直りしたようで何よりだ。……さて、お客さんが到着したようだぞ」

 

 上空で何かが爆発した。――爆弾? トラップか?

「準備周到ね」

「あれは、ブラストの『能力』だよ。彼女は爆弾を生成する力を持ってる。まぁ流石に全滅ってのは難しいだろうけど――」


 煙と瓦礫の間から、幾つかの光が飛び出す。魔導リフターだ。後席の魔導騎兵が周囲に銃を乱射している。相当混乱しているようだ。


「残った敵は状況確認の為、一旦どこかに止まって集まろうとする」

 シャドウの言葉が聞こえているかのように、数機のリフターが地面に降りる。次の瞬間、炎が彼らを包みこんだ。断末魔の叫びがここまで聞こえてきそうだ。


「そこを狙う。――あれはバーニィの『能力』。単純な炎だけど、その威力は凄まじいね」

 本来は味方である筈の魔導騎兵が目の前で襲われている。正直複雑な気持ちだったが仕方がない。


「奴らも馬鹿じゃない。残った敵は散開して、移動しながら周囲を捜索する」

 つまりそれも、彼らの計算通り。一機のリフターが突然何かに衝突したかのように弾け飛んだ。次いで二機、三機。


「な、何?」

「空中を良く見るといい」

 目を凝らすと、空中に何か浮いている。透明な板、というか壁?

「氷の壁さ。空気中の水分を集めて、自由に形成できる。エイシィの『能力』だよ」


 地面に叩きつけられた魔導騎兵を、アイサが一人ずつ狙撃していく。魔弾を使っていないにも関わらず、確実に生命を奪っていくのが分かる。

 ――眼か。このの『能力』は、眼だ。首の関節部分を狙い、そこを確実に撃ち抜いているのだ。


「状況終了」

 アイサが短く呟く。


 周囲が、静かになっていた。まさか――たったの四人に魔導騎兵隊が全滅? ミラは改めて戦慄を覚えた。<黒の解放軍>は徹底した少数精鋭を貫いているのだ。一騎当千が4人いや、リーダーを含めて5人。固定のアジトを持たず、自由気ままに下層を移動し、全く予期できないタイミングで上層に攻め込む事ができるのも、この体制だからこそ成せるのだ。


「次、来る」

「第二波か。頃合いだね、合図を撃ってくれ」

 シャドウが言うや否や、アイサが素早く弾丸を入れ替えて引き金を引く。空間に2発の光輪が開く。撤退の合図だ。


「……見事なものね」

「まぁね。何度も襲われていりゃあ、それに対する手際も良くなる。ただ、本番はここからだけど」

「わかってるわ」


 撤退戦が最も危険なのは、軍人として理解している。それでも今の戦いを見れば追っ手も慎重にならざるを得ないだろう。しかし次の瞬間、ミラは耳を疑った。

「じゃあ、行こうか。

 そう言って、シャドウが指を上に向けたからだ。

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