第9話 黒の解放軍

 爆発音と同時に、鋼鉄製のドアが内側に倒れる。


「随分、乱暴な入室の仕方をするじゃないか」

 カンザスはデスクチェアに座ったまま、向けられた複数の銃口を前にして悠然と言った。

「それともこれが、親衛隊式なのかな?」


「……無駄口はそこまでにして、我々に同行して頂こう。カンザス・シティ少佐。貴官には、国家反逆罪の容疑がかかっている。ご存知と思うが、魔導騎兵に対して生身での抵抗は無駄だ」


「重々、承知してるよ」

 カンザスはゆっくりと立ち上がる。

「これでも、魔導騎兵大隊長だからね。……それにしても、5人も送り込んで来るとは少々、大袈裟じゃないかな」

「……そこで止まれ。ゆっくり、両手を挙げろ。身体検査をさせて頂く」

「生憎、片手しか動かんもんでね。右手だけで勘弁してもらおう」


 その言葉に一瞬、闖入者達の空気が緩んだのをカンザスは見逃さなかった。ゆっくり動かしていた右腕の袖口から拳銃が飛び出す。そして5連射。


 ――硝煙が収まった頃、床には5つの全身魔導鎧フル・メイルが転がっていた。カンザスはそれを確認しつつ、マガジンを交換する。


「ば……かな」

 隊長の魔導鎧が身を動かした。……当たりどころが悪かったか。「どうしてただの銃が、魔導鎧を……」

「銃そのものは、普通のものさ。魔導で強化しているがね」


 カンザスは近づき、彼のバイザーを上げた。……長くはないだろう。背中から魔導パックを外して回収する。これで、自動治癒魔導も働かなくなる。


「――簡易魔弾。聞いた事位はあるだろう」

 その言葉に、隊長の眼が少し見開く。

「通常弾頭に魔導を注入したものだ。本物の魔弾に比べると威力は落ちるが、魔導鎧位は貫通できる。魔導壁を張られたら、厳しかったがね」


 隊長の眼から、光が消えた。バイザーを戻し、再度装備を確認する。マガジンは銃に込められたものを含めて残り9。魔導手袋のパック残量は問題無し。回収した、魔導鎧用の魔導パックが2つ。重量的に持ち歩くのは2つが限度だ。


 カンザスは部屋を出て、階段へ向かう。連絡が取れなければ、すぐに次の部隊が送り込まれて来るだろう。魔導騎兵を倒せる手段を持っていると知られれば、奇襲も難しくなる。無駄な戦闘は、避けなければ。


「いたぞ! あそこだ!」

 複数の足音と同時に、銃声。――やれやれだ。


 階段室の扉を閉め、銃床で鍵を破壊する。気休めに過ぎないが。案の定、次の踊り場まで上ったところで扉が轟音と共に吹き飛んだ。


 同じ事の繰り返し、か。


 魔導力を調整し、壁に向けて発砲する。魔弾は壁に弾かれて、扉へ向かう。同時に何人かの悲鳴が上がった。

「くそっ! 跳弾を利用しただと!」

「魔導壁を張れ! 司令部に連絡! 奴は階段だ!」


 急がねば。もたもたしていると、屋上から部隊を送り込まれかねない。上下から挟み撃ちではさすがにな。それに――。


 カンザスは階段を上りながら拳銃を懐に仕舞い、魔導手袋のパックを交換する。出始めていた指先の震えが、治まっていく。


「魔導中毒を魔導で抑える、か」

 こんな無理矢理な方法が、何時まで持つのか分からない。――頼むから、保ってくれよ。


 カンザスは拳銃のマガジンを交換した。残りは8つ――残弾、40発。


 ◇


「ようこそ、我々のアジトへ」


 恭しくお辞儀をしながらの男の言葉に、ミラは唖然とした。


「――こんな、上層に」

「まさかと思うだろ? そこがミソさ。僕達のような組織は皆、出来るだけ下層にアジトを構えるだろうってね。といっても、元から隠れ家だった所を無断で使わせてもらってるんだけど」


 現在メインとなっている階から僅か数十層程度しか離れていない。途中で乗ったエレベータが上昇を始めた時に想像はしていたが、まさかここまで近いとは。

 アジトは立ち並ぶ廃屋の中の一つ。全くアジトっぽくない外観だが、隠し扉を通り、階段を下りていくと流石にそれらしい雰囲気が出てくる。


 突き当りの扉の前で男は足を止め、脇の装置に手をかざした。ピッという音と同時に扉が開く。


 そこは、会議室のようだった。質素な部屋の中央に飾り気の無い丸テーブルが一つ置かれ、それを囲む5つの椅子。内4つには、それぞれ男女が座っていた。手前にグラマラスな体付きの女。その右隣に、この場にいるのが不釣り合いに思える幼い少女。大事そうに抱えている長い箱は、ライフルケースだろうか。奥には額にバンダナを巻いた、筋肉質の男。その隣には長い銀髪を後ろでまとめ、縁無し眼鏡をかけた細身の男。


「――そこで止まって。悪いけど、チェックさせてもらうわ。持っている物、出してくれる?」

 グラマラスな女が立ち上がり、手を出しながら言う。ミラは素直に拳銃と予備の弾丸を渡した。


「これも?」

 ミラは腕時計を指す。腕時計を模した上層との連絡用端末だ。分解でもされない限り分からないと思うが、今は少しでも疑いを持たれる事は避けたい。

 女は首を横に振った。


「このアジト全体にはね、魔導無効の付与がされているの。だから武器だけ預からせてもらうけど、あとは別にいいわ」

 女は手際良くミラの体を探り、最後にポン、と肩を叩く。OKという事だろう。


「それじゃあ、お客様は僕の隣に座って頂こう」

 男は5つ目の椅子を持ってきて、ミラに促した。全員着席し、一瞬の沈黙。皆の視線が突き刺さる。


「――さて! じゃあまずは、自己紹介からいこうかな。改めてようこそ、<黒の解放軍>のアジトへ。右から順番に紹介していこう。まず、ブラストだ」

 グラマラスな女性が値踏みするような視線を向けつつ頬杖を付く。


「隣の子が、アイサ。ちなみに先程の狙撃手が、彼女だ」

 顔に驚きを出さないようにするのに苦労した。少女は変わらずケースを抱えて俯き、目を合わそうとしない。


「筋肉マンが、バーニー」

「その呼び方やめろ」

 呼ばれたバンダナ筋肉男は腕を組み、フンっと鼻息を鳴らす。


「ロン毛が、エイシィ」

 口元が僅かに動いたが、ミラの耳には何も聞こえなかった。どうも、とでも言ったのだろう。


「そして僕がリーダーのシャドウだ」

「……あなたがリーダー?」

 ミラの言葉に男はサングラスの奥の瞳を細め、

「そうだよ。ああ、皆本名じゃなくてアダ名だから、気軽に呼んでくれたまえ」


 ……どういう事だろう。外観の特徴が情報と全く違う。まずは、確認だ。魔導を使わせれば一発で分かるのだが。


「皆さんが、幹部と思っていいのかしら」

「ああ、そうだ。ウチは少数精鋭なんでね。もう何人か外にいるけど、基本的にはここにいる5人が<黒の解放軍>そのもの、と思ってくれて構わない。――じゃ、君の事を教えて貰っていいかな」


「……私は、ミライ・ライドウ。助けて欲しくて、<黒の解放軍>を捜していたの」

 偽名と設定は、完璧の筈だ。暮らしていた集落が魔導騎兵の「モグラ叩き」に遭った事。自分はそこの守備隊の一員だったが、運良く逃げる事が出来た事。上層に連れ去られた仲間を救う為、<黒の解放軍>の力を借りたい事。


「――そういう訳よ。報酬とかが必要でしょうけど、見ての通り」

 ミラは肩をすくめ、「仲間を助け出せたら、皆で何とか……」


「見くびるんじゃねぇよ!」

 突然バーニーが机を拳で叩き、ミラは驚いて肩をすくめる。


「俺達は別に報酬目当てで戦ってるんじゃねぇっつーの! もっとでかい、なんつーか、魔導士全体の為だ」

「……ごめんなさい」

 よくわからないが、とりあえず謝っておこう。


「一つ、訊いてもいいかな」

 口を開いた男の名はエイシィ、だったか。「何故、僕達<黒の解放軍>なんだ? 見ての通り僕らは、ちっぽけな組織だ。助けを乞うなら、もっと大きな組織があるだろう」


「他の組織は、アテにならないわ。どれも『巣篭もり』じゃない」

 同じような会話を酒場でした事を思い出しながら答える。


「僕らは守る場所が無い分、自由に動けているだけだ。評価して貰うのは有り難いが、過大評価じゃないかな」

「守る場所が無いって……?」


「ああ、僕らは特に拠点を決めていないんだ。常に移動しながら生活してる。メンバーだけでね」

 シャドウと名乗った男がミラに答える。


「過大評価だなんて! ――政府に具体的な抵抗をしているのは、あなた達だけでしょうに」

「他の組織ヤツラが情けなさすぎるだけだって。あたしらだって、別に目立ちたくてやってるワケじゃないのよ? やるべきと思った事を、やっているだけ」


「いい事いうじゃんかよ、バスト」

だっつってんだろ! このムッツリめ」

 バスト――ブラストは、その渾名の元である豊満な胸をテーブルで支えつつバーニーを睨みつける。


「……とにかく、だ。君の仲間を助けてやりたい気持ちはわかるし、僕らもできるならば助けたい。同じ魔導士としてね。だけど、今すぐどうこうというのは難しいな。勢いでどうこうできるほど、政府軍は甘くない」

 エイシィの真っ当な言葉に、ミラも黙らざるを得ない。

「僕らにも行動計画ってものがある。その中で助けられるような機会があったら、という事で納得して貰えないだろうか」


「でもそれじゃあ、間に合うかどうか分からない」

「そうはいっても――」


「――何か、他に理由があるのかい」

 それまで黙っていたシャドウが口を開いた。「上層に連行されたからって、直ぐに処刑される訳じゃない。他に、急ぐ理由があるんだろう?」


「そうよ」

 ミラは軽く唾を飲みこむ。ここまでの反応は、想定通りだ。素性の知れない女の頼みに簡単に乗ってくる筈が無い。組織を動かし、リーダーを上層に誘う。ここからが交渉の本番だ。


「あたし達の組織は、政府内の穏健派と連絡を取っていたのよ。あなた達も知っているかもしれないけど、穏健派は近々クーデターを計画してる。その計画に、あたし達も参加する事になっていた」

「何だって? ――やるじゃねぇか」

 バーニーが両拳を叩き表情を崩す。


「だけど――」

「……もしかしたら、その計画が漏れたかもしれないって事かい? 集落が襲撃されたのは、そのせいだと」

 エイシィの言葉にミラは頷く。

「考え過ぎかもしれない。けど、さっきあたしがスパイに襲われたのもそのせいと思えば納得できる」

 実際にはアシッド人同士の仲間割れのようなものなのだが、使えるものは使わせてもらう。


「クーデター蜂起の日まで、もうあまり時間が無いわ。もし計画が漏れているのだとしたら、失敗するのは目に見えてる。クーデターが失敗したら、魔導士の立場がさらに酷くなるんじゃないの?」

「だから、僕達にクーデターに加わって欲しいと?」


「察しが良くて助かるわ」

 ミラはエイシィに頷き、「近々、上層でクーデターの関係者と会合を持つことになってるの。そこに、あたしと一緒に来て欲しい。できれば、代表者が」


「あ、僕に?」

シャドウがのんびりと言い、自身を指す。――このトボけた感じは何なのだろう。

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