第8話 過去2

 ……よし。この混乱を利用させてもらう。手配したトラックまで、距離はそう無いはずだ。一気に走り抜ければ――。


「……何をしてるの、おじさん」


 突然聞こえた声に、カンザスはギョッとして振り返る。完全に塞いだ筈の瓦礫の前に、一人の男の子が立っていた。銃を構えている!


「おじさん。――その2人を連れて行くの?」


 その銃口が震えているのを見て、カンザスは落ち着きを取り戻す。14、5歳というところか。子供に銃を向けるのに抵抗はあったが、脅しの意味でこちらも銃を構える。


 しかし――どこから来たのだ。いくら子供であっても、這い出てくるような隙間は見当たらない。


「……マックス君?」

 夫人が、背後から声を出した。


「知り合いですか」

 彼女は頷く。

「以前、近所に住んでいた子です。魔導士狩りにあって……逃げていたのね。マックス君、ご両親は――」


「父さんも母さんも、捕まったよ」

 銃口の震えが、少し収まる。

「だから、抵抗組織に入ったんだ。アシッド人のいいようには、させない」


 カンザスは夫人と視線を合わせる。夫人は眼で頷くと、一歩前に出た。説得するなら、夫人の方が適任だ。


「マックス君。……落ち着いて聞いて。この人は、味方よ。私達を保護してくれるの。私の夫がアシッド人だって話、聞いたことあるでしょう。この人は、夫の友達なの」


 少年の視線が、カンザスと婦人を交互に見やる。カンザスは構えを解く。引き金に指はかけたままだが。


「今、夫は捕まってるの。私と、この子を逃した事でね。だから――何としても、上に戻りたいの。夫に会う為に」


「……そのの事、知ってる」

 少年が口を開く。

「見た目は魔導士なのに、魔導が使えないって。母さんが、話していた事があるよ。あの娘はだから、中身はアシッド人なんだって。だから――」


 ミラが母の陰でピクリと身体を動かす。カンザスは嫌な予感がした。


「だから、信用できない」


 少年が改めて銃を構えた。もうその銃口は震えていない。


「上に連れて行かれた魔導士達がどうなっているのかくらい、知ってるよ。収容所に集められて、その後で施設に連れて行かれるんだ。……一度連れて行かれると、二度と戻ってこられないって」


 まだ本格稼働していない魔導高炉の情報が、ここまで流れているとは。カンザスは内心驚愕する。少年の言っている事が、ほぼ事実であるという事に。


「やめて。――やめなさい。お願いだから」

 夫人は両手を広げ、一歩踏み出す。


「近づくな!」

 少年の表情が引きつる。

「撃つぞ! ――撃つぞ! お前ら、みんな敵だ!」


「――夫人!」

「大丈夫。さあ、その銃をおろして。あなたも一緒に行きましょう」

「撃つって言ってるんだ!」


 まずい、と思ったその瞬間、少年から光が溢れた。その光が何であるのか、疑問を持つ前に夫人を引き戻しつつ魔導壁を張った――筈だった。


 体を貫く、真っ赤に熱せられた鉄杭を打ち込まれたような衝撃。魔導壁が、音をたてて砕け落ちる。エネルギー不足? いやこれは――。まさか、こんな子供が――。


 体の数ヶ所から、熱いものが滴り落ちるのが分かる。同時に、力が抜けていく。


「やめて!」


 夫人が少年に駆け寄る。付いて行こうとするミラの肩を掴み、引き倒す。それが、限界だった。カンザスは見た。少年の体の中心が――心臓が強く光っているのを。その光が全身を巡っているのを。


 行くな、夫人。駄目だ。危ない。


 口からは血の泡が吹き出すばかりで、声が出せない。


 少年が凄まじい形相で、何かを叫んだ。次の瞬間、爆風のようなものが三人を包んだ。カンザスは必死にミラに覆い被さる。しかしその凄まじい衝撃にミラもろとも吹き飛ばされた。床に叩きつけられた衝撃で、マスクが外れた。しかし、それを直す力も残っていなかった。


 ――光りが収まった時、霞む視界の端に、動くものが見えた。ミラだ。……無事だったか。


「――お母さん! お母さん!」


 彼女の泣き喚く声が聞こえる。……一体、どうなったのだ。夫人は、少年は、ヴァイスは。その時、足音と共にスピーカーからではない、複数の声が聞こえた。


「――ここだ! まだ敵がいるかもしれん。油断するな!」

「隊長とヴァイスがいる筈だ! 捜せ!」


 ……味方だ。来てくれた。安堵と同時に、深い後悔と、絶望を感じた。おそらく夫人は――。


 ミラは泣き続けている。……許してくれ、ミラ。俺を、許してくれ。


「――いたぞ! 隊長を発見!」

 その声を聞きながら、カンザスの意識は落ちていった。


 ◇


 結果、カンザスは一命は取り留めたものの左腕の機能を失い、更に酷い魔素中毒となり、現場に出る事は二度と出来ない体となった。しかしそれは有り難くもあった。ミラと過ごせる時間を、増やす事ができたからだ。入院中にオットーの処刑が執行された事を知らされ、カンザスは命をかけてミラを守ると心に決めたのだ。


 彼女を養子に迎え入れ、学校に入れた。それでもやはりその見た目のせいで、トラブルは絶えなかった。ミラ自身もあまり感情を表に出さない性格になっており、いじめのターゲットとして格好の存在だったのだ。


 転校を繰り返し、最後に残ったのが幼年士官学校だった。正直、カンザスは躊躇した。卒業後、必ずしも軍人になる必要は無いが、軍のお偉方の子息子女が揃っており、軍内部の権力闘争をまるごと写し絵にしたような環境だ。ミラにとって最悪と言える。


 そんな学校に通わせる位なら、家庭教師ても雇った方がいいのではないか。しかし、ずっと家の中に閉じこもるようなそんな生活が、本当にミラの為になるのか。


 そんな時に出会ったのが、博士ドクだった。


「……ワシも、子供がいるわけじゃあないが」

 博士はミラと金色の瞳同士を見つめあわせながら、

「能力的には、問題ないんじゃろう? ――大丈夫。お前さんは、強いよ。なぁ?」


 そして博士が用意したのが、瞳と耳を隠すためのバイザーだった。


「……気休めなのは、初めから承知しとる。この子もな。それでも、隠せるなら隠したほうが良いって事もあろう。何か言われたら、戦闘に巻き込まれたとでも言っておきゃええ。学校の方には、オヤジさんとワシから、言っといてやるわい」


 ……どっちが親代わりなのかわからんな。


 内心ちょっとした嫉妬のようなものを感じつつ、カンザスは苦笑した。それでも、自分より余程権力の中枢に近い博士の助力を得られるのは、有り難い事だった。


 その後、ミラは順調に幼年士官学校を卒業し、軍人の道に――カンザスにとっては予想外であったが――進んだ。


 進路を決める時、ミラからは軍人になるよ、とだけ告げられた。


「……それでいいのか」

 カンザスは訊いた。

「魔導士達と、戦う事になるんだぞ」


「……あたしは、あたしだから」


 魔導士じゃないから、とカンザスにはそう聞こえた。……確かに、軍人になり功績を上げれば、容姿の事など誰にも言われなくなるだろう。だが、そんな事の為だけで軍人になろうとするとは思えない。


「なぁ――」

「言ってるでしょう? あたしが決めた事だから。義父とうさんとは、関係ないから」


 ……生まれた瞬間から、色々背負い込んできた娘だ。カンザスはそれ以上何も言えなかった。


 それでいて俺は、あの子にさらに背負わせようとしている。


 その時、机上のインターホンが鋭い音を立てた。……通常の呼び出し音とは違う。


「――何じゃ?」

 博士が片眉を上げる。


さ」

「ほう、思ったより早かったな」


 カンザスはインターホンや、外線電話を確認する。全て、反応無し。


「まぁ、もある程度覚悟して動いていたからな。想定内さ」

 机の引き出しを開け、その中に隠していた通信機のスイッチを入れる。呼び出しボタンを数回叩いた。程なく、回線が繋がる。


「――状況は?」

「親衛隊の魔導騎兵、数小隊が本部ビルに入りました。正面口は完全封鎖。エレベータも占拠されています。退避を、お早く」

「了解した。そちらもな」

 回線は切れた。


「……逃げ道はあるのか?」

「ここからなら、最上階に行くほうが早いさ」

 カンザスは別の引き出しから拳銃と、魔導手袋を取り出す。替えのマガジンと、魔導パックも。


「君は、もう出た方がいい。エレベーターに乗って、堂々と正面から出られるさ」

 カンザスの言葉に博士は頭を振った。

「……すまんな。何もできなくて」

「言うなよ。この手袋も、給弾装置も、君のお手製じゃないか」

 カンザスはそう言って、腰に巻いた給弾装置を叩く。片手でマガジンの取替が出来る優れものだ。


「……それに、ミラの事だ。事態が動き始めたという事は、下層にも影響がある筈――最終的に頼れるのは、君だけだ」

「そっちこそ、皆まで言うな。承知しとるよ」

 博士は言って、立ち上がった。


「それじゃあ」

「ああ、元気で。後をよろしくな」


 握手を交わし、博士は部屋を出た。カンザスは博士を見送ると、再度装備を確かめる。


「……さて、行くか」


 そう呟くと、銃の安全装置を外した。



 ――最上階に行く、か。


 博士は廊下を歩きながら思った。それは、戻れない可能性が最も高い行為だ。

 まだ、周囲は静かだった。不気味な位に。恐らく事前に知らされていた強硬派の連中は、退避済みなのだろう。


 エレベーターは動いていた。ボタンを押すまでも無く、この階目指して上がってくる。ドアが開くと、中にはまるで昆虫のような親衛隊仕様の黒い魔導騎兵の群れ。

 の表情は分からないが、銃の構えっぷりで相当慌てているのが分かる。博士は悠然と、自身に向けられた複数の銃口を見つめた。


「――待て。彼は保護対象者だ」


 隊長らしき魔導騎兵の言葉で、銃口が下がる。そして一斉にエレベーターを飛び出して、各個警戒体制をとる。その統率の取れた動きは、流石だった。


は要らんぞ。一人で帰れる」

「しかし――」

「ホレ、行かんか。奴さんは手強いぞ。手勢が多いに越したことはない」


 その言葉に隊長は軽く敬礼すると、部下を率いてカンザスの部屋へと向かった。


――エレベータの扉が閉まる。


 ……さて。ワシも、すべき事をせねば、な。

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