第7話 過去

 ――当日。作戦は順調に推移していた。集落の位置も、不法居住者の数も事前の情報通り。抵抗組織レジスタンスの動きも無く、抵抗と言えば住人の立て籠もり程度。


「――収容作業は順調です」


 副隊長が敬礼し、報告する。住民は必要最低限の荷物を持って広場に集められ、トラックの荷台に順次乗せられていた。トラックの数にも限度があるので、まだ時間がかかるだろう。


「適時、交代で休憩と魔導パックの交換を」

「了解です」


 当時はまだ、全身魔導鎧フル・メイルは無い。魔導騎兵は全員半身魔導鎧ハーフ・メイルを装備し、それに使われているのは持ちの悪い旧式の魔導パックで、頻繁に交換の必要があった。


 カンザスは時間を確認する。――そろそろ、だ。


「副長、ここを任せる。ちょっと気になる建物があってな。新入りとチェックしてくるよ」

「は? り――了解です。何名か、回しますか?」

「いや、大丈夫だ。多分、まだ隠れている魔導士やつがいるんだろう。新入りの教育がてらってところだ」


 そう言うと、カンザスはマイアミ・ヴァイスを伴って約束の建物へと向かった。


「……何階ですか?」

 そう尋ねるヴァイスの声に緊張が滲む。


「何かが動いたように見えたのは二階だが、中二階があるかもしれん。油断するな」

 指定場所は、二階の角部屋。だがそこにヴァイスを連れて行くわけにはいかない。

「お前はまず、一階を調べてくれ。隠し階段があるかもしれん。何か見つけたら、すぐ報告しろ」


 下層の集落は基本的に廃墟となった過去の建物を利用しているが、勝手に手が加えられる事も多い。見た目通りの内部である事の方がまれだった。


 素直に捜索を始めたヴァイスを確認して、カンザスは二階へと向かう。時間をかけるわけにはいかない。早足で指定の部屋に到着すると、合図のノックをして中に滑り込んだ。


「――カンザス・シティです。奥さん、いらっしゃいますか」

 マスクのバイザーを上げる。魔導ディスプレイで調整されていた視界が一気に暗くなるが、顔を見せなければ信用されまい。


「……ここ、です」

 どこからか、小さな声が聞こえた。次いで、本棚が軋み音を上げて少しずつ動いていく。裏に空間があり、そこに二人は居た。


 会うのは数年振りになる。カンザスの記憶より、夫人は痩せたように見えた。その細腕にしっかりと掴まっている、少女。


「――ミラか」

 その言葉に、少女は小さく頷いた。

「大きくなったな。おじさんを憶えているかい」

 金色の瞳には隠しきれない恐怖が浮かんでいる。――無理もない。


「来てくださって、ありがとうございます」

 夫人は大きく息をつき、ようやく笑顔を見せた。

「それでは、この子を――」

「何を言ってるんです。貴女も一緒に行くんですよ」

 カンザスは彼女の言葉を遮る。


「正直、あいつの処刑がいつになるか分からない。けど、必ず会わせます。会わなきゃいけない。そう決めたんです」

 夫人の目を見る。あくまで拒否される可能性も考えていたが、彼女は唇を噛むと、頷いた。――よし。


「下に、私の部下が居ますが事情は知りません。お二人は、私に捕まった事に。私の側から離れないで。いいですね」


 二人が同時に頷くのを確認すると、カンザスはバイザーを下ろし、銃を構え直した。


「ヴァイス、聞こえるか」

 無線に話しかけるが、雑音が激しい。魔素が悪影響を及ぼしているのだ。


「――隊長、やりましたよ!」

 ややあっと聞こえたヴァイスの声に、不安を感じた。

「おい、どうした」

「隠し扉を、見つけたんです! まだ隠れている奴がいるかも――。待ってください、もう少しで――」

「おい、待て! 今そっちに――」


 言いかけた瞬間、ドン、という大音響と共に、建物が揺れた。倒れてくる本棚を半身魔導鎧の片手で吹き飛ばし、二人を守る。


 何が起きた? トラップか? ヴァイスはどうなった――? キンキンする耳を押さえながら、必死に考える。と、戸外からも数回の爆発音。悲鳴と怒号、そして銃声。


 ――抵抗組織レジスタンスか!


 戦闘が外で起きているなら、この建物から出ない方がいい。まずは、呼び掛けに応じないヴァイスの確認だ。


「下に降ります。動けますか!」

 耳がバカになっているので、どうしても声が大きくなる。ミラはパニック寸前のように震えていたが、夫人は落ち着いているように見えた。さすが、軍人の妻だ。


 気になるのは魔導パックの残量だ。既にイエローゾーンに入っている。二人の為に魔導壁を張りたいが、常時展開は厳しい。交換しなかった事を悔やんでも始まらない。やれることを、やるまでだ。


 身をかがめながら部屋を出ると、二人を後に従えて階段へと走る。外からは銃声が続いている。副長を呼んでも返事が無い。魔素の影響か、それともやられてしまったのか。敵の数すら分からないのだ。判断しようがない。


 階下は最初の爆発以降、奇妙な静けさを保っている。二人を降り口から少し進んだ所で待っているように指示する。階段に伏せて、決して身体を持ち上げないように。そう言い含めると、カンザスは一人で階下へ向かった。


 土煙が舞っており、視界が悪い。さほど広い部屋でなかったはずだが、床が足の踏み場も無いような状態になっている事がシルエットで分かる。ヴァイスの姿は見えない。


 と――奥側の壁が破壊され、そこから奥に黒い空間が続いている事に気づいた。


 ……あそこか。


 徐々に、土煙が晴れてくる。大きめの遮蔽物に身を隠しつつ、ヴァイスを捜す。


 ――いた!


 赤い魔導鎧の腕。一瞬、腕だけかと思ったが全身がちゃんと揃っている。しかし魔導鎧に守られていない脇腹に、深々と何かの破片が刺さっていた。脈はあるが、出血が酷く意識が無い。


「しっかりしろ! 今、治してやる」

 破片を無理やり引き抜くと、ヴァイスは悲鳴を上げた。死ぬよりはマシだろう。治癒魔導に切り替えて、魔導鎧の手を傷口にあてる。ここまで深いと、治癒にも時間がかかる。パックの残量ギリギリだが、何とかなりそうだ。


 ようやく傷口が塞がったが、ヴァイスは意識を失ったままだ。しかし、命に別状は無い筈だ。ホッと息をついて顔を上げた瞬間、誰かと眼が合った。それが壁の後ろの空間から出てきた人物であると認識する前に、カンザスは引き金を引いていた。


 その人物が眉間に銃弾を受けて後ろに弾け飛ぶ。どこからか怒号が聞こえた。と、空間から銃だけが差し出され、盲滅法に発砲する。魔導壁を張るエネルギーは残っていない。カンザスはヴァイスを引きずり、物陰に避難する。


「まだアシッド野郎がいやがる! ここからは出られないぞ!」

「排除しろ、排除! 外の連中に加勢するんだ!」


 空間から複数の声がする。――なんて事だ。この建物は、アジトへの出入り口だ! ヴァイスはまだ眼を覚まさない。……どうする。母子が身を潜めている階段を見上げる。ここは一旦、ヴァイスを連れて引くか。彼女達は魔導士だ。抵抗組織にとっては、本来守るべき存在の筈。


 しかし、カンザスはこれまで抵抗組織が住人を盾のように使って逃げる様を何度も見てきた。ましてや、女性2人。どのように扱われるか、保証は無い。何より――今でなければ。今、連れて行かねば意味が無いのだ。ならば、結論は一つ。彼女たちを無事に収容しつつ、ヴァイスも助ける。両方を同時に行うのだ。


 ヴァイスの魔導鎧から魔導パックを取り外し、自分のものと交換する。残り約20%。心許ないが、今はこれしかない。弾薬も回収する。


 銃撃が途切れた。カンザスは空間に向けて引き金を引く。フル充填のマガジン一つ分。わざと狙いを散らし、跳弾を誘発させる。――弾切れ。次! マガジン交換と同時に、使い古しの魔導パックを放った。それを目掛けて発砲。

 パンッという破裂音と共に、蒼い光がフラッシュする。残量ほぼゼロの魔導パックだ。爆発もせず光るだけだが、目眩ましになればそれでいい。


「――エネルギー全開!」


 残ったエネルギー全てを注ぎ込み、魔導鎧の両腕を床に突き立てた。雄叫びを上げて、そのまま床を引き抜く。頭上まで持ち上げた巨大な塊を、そのまま空間に向けて放り投げた。再びの大音響と、土煙。カンザスは手近にある物を手当たり次第に空間に投げつける。……土煙が収まった時、空間は完全に塞がれていた。


 出入り口が一つという事はあるまい。これで、諦めてくれればいいのだが。気がつくと、外も静かになっていた。


「……い長。隊長。……答を。応答願い……す」

 スピーカーが音を立てる。副長の声だ。

「カンザスだ。そちらの状況は」

「……きの襲撃……け、混乱……住人が何人かと……亡。現在も一……交戦ちゅ……ほぼ撃退……」


 跡切れ跡切れだが、何とか状況は分かる。

「逃げた住人に構うな。残った住人の収容を急げ。最低限の人員を除いて、敵の撃滅に全力を挙げろ」


 さほどの損害は無さそうだ。カンザスは少し息をつき、2人を階下へ呼び寄せた。周囲の惨状に唖然とし、ヴァイスの存在に顔を強張らせたが、彼が気を失っている事がこの場合は幸いだった。

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