第6話 出会い、そして過去
――狙撃! 狙撃だ。
ミラは慌てて身を隠す。男の魔導壁は発動していなかった。だから、魔弾ではない。その筈だ。
魔弾――魔導弾頭。通常弾頭の代わりに、魔導エネルギーそのものを弾頭とした弾丸。その威力は魔導壁など物ともせず、
考えろ。誰かが、あの男を狙撃した。何故? スパイだからだ。狙撃者は、男がスパイだという事を知っていた。――ならば、自分の事は? 戦っていたのも見ていた筈だ。仲間とは思われないだろうが、かといって狙われない保証もない。
いずれにしても、狙撃の腕は相当なものだ。魔導パックを交換し、拳銃を構える。射撃地点と思われる方向に銃口を向けるが、建物だらけで特定できない。
「――やあ、どうも」
突然背後から掛けられた声に仰天した。振り返ると、サングラスを掛けたロングコート姿の男が両手を挙げて立っていた。
「あ、撃たないでね。こちらには、敵意無いから」
男は一歩、足を踏み出す。
「動かないで! ――誰なの」
声が上ずる。言いながら、ミラは思い出していた。この男――酒場に居た客の一人だ。
「ここじゃちょっと、名乗れないんだ。どこに盗聴用魔導器が仕掛けられているか、分からないからね」
男は手をおろし、撃たれたスパイの男に近づくと、あちこち探り始める。
「……ああ、あった。ホラ、これだ」
男が取り出したのは、掌に収まるサイズの平たい機械。
「これが、受信機なんだ。人が集まる所で、迂闊に抵抗組織の名前を出しちゃあ駄目だよ。怖いオジサンに眼を付けられちゃうから。可愛子ちゃんなら、尚更ね」
……何なのだ、この男は。
直前まで、生死をかけた戦いを繰り広げていた場の雰囲気が、180度変わってしまった。抜けそうになる気持ちを何とか引き締める。
この男が、狙撃したのだろうか。だが、
眼の前を、何か赤いものが横切った。ぎょっとしてそれの行方を追う。赤いポインタが、正確に自分の心臓を示していた。
「……ああ、脅してるみたいになっちゃってゴメンね。あの子心配性でさ。君の事、信用してないんだよねぇ」
ミラは拳銃を捨てた。あの狙撃手が狙いを外すとは思えない。これは――詰みだ。
「そんな顔しなくても、大丈夫だよ」
男はそう言って拳銃を拾うと、ミラに差し出した。
「初めまして。――僕らが、君の捜していた<黒の解放軍>だ」
ミラは無言で拳銃を受け取る。男の口元には笑みが浮かんでいるが、サングラスで表情は良く分からない。信用できるのだろうか。
「まぁ、疑うよね。お互い様っちゃ、お互い様だけど」
男は肩をすくめ、後ろを振り向いて手を振った。と、ポインタが消える。
「――とりあえず、ここじゃなんだから別の場所で話さないかい? 組織の名前も出しちゃったしね。僕らのアジトなら、安心して話せるよ。そこで、色々聞かせて貰おうじゃないか」
「……分かったわ」
警戒心を隠さないまま、ミラは頷いた。信用はできないが、初めての手掛かりだ。ここは、従うしかない。
それじゃあこちらへ、と仰々しく手招きをする男に着いて、ミラは歩き出した。
――二人が行くのを見届けて、狙撃手の少女はスパイの死体に近づいた。弾着の場所を確認し、安心したように目を瞑る。そして、小さな声で呟いた。
「……ごめんなさい」
身長の倍はある長さの銃を背負い直し、二人の後を追おう――と、足が止まった。先程まで、ミラが隠れていた場所。コンクリの欠片が散らばる中に、何か光るものがあった。
少女は、それを拾い上げた。直径3cm程の薄い金属の円盤。僅かに魔導エネルギーを感じる。
「……魔導パック?」
ここまで小型な物は、初めて見た。
どうして、ここにこんなものが――。
少女はしばらくそれを眺めていたが、やがてポケットに仕舞うと二人の後を追った。
◇
「――なんぞ、連絡はあったのか」
「作戦開始までまだ時間はあるが……どうも、軍の中できな臭い動きをしとるのが何人かおるぞ。分かっとるだろうが」
「ここ最近、やたら
カンザス・シティ少佐は端末を叩きながら返事をする。
「……定時連絡以外、特に連絡ナシ。まぁ何事も無い、というのは悪いことではないんだがね」
ミラがスパイと遭遇した時から、時間は少し遡る。『発表会』以降、博士がカンザスの部屋に顔を出す機会が増えているのは事実だった。
「呑気な事を言っとる場合でもなかろう。……ワシは、ここの研究所に用があるついでに、寄っとるだけじゃよ。ちょっと、興味深いもんを造っとるんでな。まぁ、モノになるかどうかは、わからんが」
博士は常に裏表無く、素直に言葉を発する。困ったものだと思いつつ、どこかで羨ましい。そう思いつつ、カンザスは内心苦笑する。
「大丈夫――あの娘は、強いからな」
「本当に、そう思っとるのか?」
博士は、ジロリとカンザスの顔を見る。その視線から逃れるように、カンザスは顔を背けた。
「少なくとも、そのように育てたつもりだよ」
混血人――それも見た目は魔導士そのものの――がアシッド人社会で生きていくには、並大抵の努力では済まない。軍人であるカンザスの庇護があったとしても。
カンザスは、昔を思い出す。ミラとの出会いと、再会。片腕を失い、重度の魔素中毒に罹患して、軍人として最前線に立つ機会を永久に失った。その代わりにミラを得た、あの日の事を。
オットー・ライナー。ミラの実父の名だ。優秀な軍人であり、カンザス・シティの親友でもあった。
当時は別のアシッド人組織が政権を握っており、二人が所属している組織は最大の反政府組織として、魔導士の組織とも協力しながら戦いの日々を送っていた。
そう。この頃はまだ、軍事政権も魔導士に寛容だったのだ。だから、オットーの妻が魔導士でも、娘の外見が魔導士そのものであっても、誰も気にしていなかった。
カンザスがミラと初めての出会ったのは、この頃だ。彼女はまだ赤ん坊で、金色の瞳を輝かせながらあどけなく笑い、彼の腕に抱かれた。
状況が一変したのは、政権を奪取してすぐだった。組織内の魔導士を一斉に逮捕、追放する命令が下されたのである。それは当然身内にも及び、オットーの妻子にも魔の手が迫った。しかし彼は引き渡しを断固拒否しただけでなく、下層に逃がしたのである。それは自身を犠牲にした、覚悟の行動だった。
オットーはスパイ容疑で逮捕された。軍籍を剥奪され、無意味な裁判を経て下されたのは死刑判決。理由は、国家反逆罪。如何にも後付けな、最低の理由だった。
「裁判を受けられただけでも、幸せと言うべきなんだろうな」
最後に会った時、分厚い扉の向こうでオットーは言った。
「おかげで、死ぬ前に君に会えた」
「……会えた、と言えるのか。この状況が」
扉の向こうに、彼はいる。しかし声が聞こえるだけだ。姿は一切見られなかった。どんな酷い姿をしているのか。想像するに余りある。
しかし、これでも最大限の譲歩だと刑務官から散々釘を刺されていた。彼の給料の3ヶ月分以上の賄賂を握らせてこの始末だ。
「私の事は、もう、いいんだ。どうしようもない。それより――家族の事だ」
扉にもたれかかるような音がして、
「頼む。――お願いだ、カンザス。頼めるのが、君しかいないんだ。家族を――妻と子を、救って欲しい。どうか、頼む。お願いだ」
彼の魂から絞り出されるような願いを、誰が拒否できるだろう。カンザスはあらゆる手段を用いて彼の妻子の行方を捜した。
死刑の日程は公にされない。何としてもその前に見つけたかった。そんな時、想定外の事が起こった。向こうから連絡が来たのである。
カンザスが家に居ると――ちなみに彼に家族はいない――窓から何やら音がする。用心しつつ開けると、魔導士の子供が小石をつかんで振りかぶった所だった。
「おじさん、カンザス・シティっていう人?」
カンザスが頷くと、子供はポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
「下に行った時に、女の人に頼まれたんだ」
驚いて詳しく訊くと、最近上層で遊ぶと嫌がらせを受ける事が多いので、冒険ごっこと称して下層で遊んでいたのだという。しかしあまりの構造の複雑さに迷子となり、泣きながら彷徨っている所、一人の女性に出会い、帰り道を教えて貰うと同時に、このメモを託されたというのだ。
そこに書いてあったのは、ミラだけでもアシッド人として育てて欲しいという事と、引き渡しの日時と場所の候補の一覧だった。
――何を言うのだ。助けるなら二人とも、だ。
子供は、返事を受け取ってくる事も頼まれているという。
「言われた場所に、メモを置いといてくれって」
カンザスは候補日と場所を選び、二人共身柄を預かる旨を記入して駄賃と一緒に子供に渡した。
場所は、魔導士の集落近くを指定した。既に下層の不法居住魔導士達の<狩り>作戦は随時発動しており、その作戦実行時のどさくさに紛れて母子を上層に移動させる。勿論全て秘密裏に、だ。
該当地区を彼の指揮する小隊のみで対処する許可を得たが、問題が一つあった。作戦行動時は常に二人一組で行動する事になっている。カンザスの相棒はマイアミ・ヴァイス。新兵だった。少し迷ったが、事情は話さず実行する事に決めた。それが彼の為でもある。新兵だけに、命令には忠実そのものなのが幸いだった。
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