あとがき
二〇二〇年、日本は未知のウイルスが猛威を振るい経済は止まり、人々は恐怖のため自粛を余儀なくされ、次第に疲弊していきました。
街ではトイレットペーパーやマスク、更には消毒用のアルコールまで奪うように我先にと買い漁る醜い姿を目の当たりにしました。戦争中とまでは言いませんが、非常時に人間が取る行動は斯くなるものかと、残念な気持ちになったのを覚えています。
あの凄惨な戦争が終わりを迎え、七五年が経ちました。
今では戦争を経験した方も少なくなり、貴重な体験談を語り継ぐことも難しくなってきました。
学校で教わったことは、本当のことでしょうか?
新聞やニュースで伝えられることは、本当のことでしょうか?
当時の人たちは、どのように思い……どのように戦い、戦争という過酷な時代を生きたのでしょう?
私は街を歩いていると、時に空想するのです。
私たちが暮らす今の日本を、当時の日本人が見たらどう思うのだろうと……
近代化が猛スピードで進み、物が有り溢れるこの日本を見て戦争に勝ったと、当時の人はとても喜ぶ事でしょう。
ですが、実際に日本は戦争に敗れます。
戦後の混沌期を昔の人が一所懸命に支えてくれたからこそ、今の豊かな暮らしがあるのです。
しかし、日本は物質的な豊かさを得た代わりに、作中で西森が述べた「心の豊かさ」を同時に失ってしまったのではないでしょうか?
私たちは勝手に生きているのではなく、生かされていると考えます。
この素晴らしい地球に、そして平和な日本に生まれてきて、やりたい事が何でも出来ます。
夢を持つことだって出来ます。仲間もいます。大切な家族や恋人だっているでしょう。
当時の人が当たり前に出来なかった事が、当たり前に出来る時代です。
その幸せの享受は当時、死ぬ覚悟を以て自らの命を賭して戦ってくれた先人たちと、生きる覚悟を持って戦後の焼け野原を復興し、今の豊かな日本へと導いてくれた先人たちのおかげに他なりません。
生意気ではありますが、今ある自分の命の意味を再考して頂き、日本人が残そうとした美しい日本と、日本人が持つ本来の素晴らしい心を大切にしてもらえたらと思い、稚拙ではありますが本作を書かせて頂きました。
これから日本と我々の歩む道は、もしかしたら平坦ではないかも知れません。
しかし、隣を見てください。
私たちには一緒に笑ったり、泣いたり出来る仲間がいます。
愛する人、愛する家族がいます。
「ひとりは、みんなのため。みんなは、ひとりのため」
互いに助け合って、この素晴らしい世界で笑いながら幸せに「みんな仲良く」暮らせたら良いなと心から思ってます。
最後まで読んでいただき有難うございます。
届く宛ての無い手紙 いしいけん @141chan
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