第23章 エピローグ

 沢山の海鳥が空を飛び交い、澄んだ空に鳴き声が響く。

 カラッとした暑い陽射しが肌を照りつける。

 沖縄から遥か南に位置するこの島。その中心部から少し離れた、海が一望できる高台。


 八月、終戦記念日。


 私は、ある男の足取りを追って此処へ来ていた。


 そこには日本人の戦没者を祀る石碑が建てられていて、この時期になると関係者や遺族が遠方より訪れる。この日も日本人と思われる親子が献花に訪れていていた。


 少年と並んで座り何やら話す男の姿。遠くからその様子を確認すると、私はその石碑へと近付いた。

 妻と息子の三人家族。調査報告書の記録に相違は無い。


 父親が少年の頭をクシャクシャっと撫でると少年は顔を見上げ、眩しそうに夕日に目を細めながら父親の顔を凝視する。


 その時、遠くでふたりを呼ぶ声がする。

「ふたりとも、そろそろ帰っておいでー」

 母親の声だろうか? 少年は嬉しそうに振り返ると、手を振りながら母親の元へと走っていった。


 一瞬……ビュッと暖かく強い風が、丘の上を吹き抜けた。


 男が一人になる機会を伺い、少年が男から充分に離れたことを確認すると、私はその男の元へと足を早めた。


「あの夏、貴方は何を失い……そして我々は、何を得たのか」

 男は、そう呟くと……手に握ってあった少将の階級章をそっと石碑に置く。


 そして胸ポケットから一枚の手紙を取り出した。

 幾度となく読み返されたであろうその手紙にはこう書いてあった。



『ありがとう、未来のキミ達が日本を護ってくれていると信じている。

 キミは今、笑っているか?

 キミは今、生きているか?

 仲間達とやりたい事がやれる。

 仲間達と酒が飲める。

 仲間達と仕事が出来る。

 これは生きている者の特権だ。

 その命の有難みを自覚し、人を思いやり助け合い、人に感謝して生きる事で、俺たちが命を賭して戦った意味を少しでも理解してくれると嬉しい。

 最後に、この言葉を贈る。

 一人はみんなの為に……みんなは一人の為に』



 それは、あの日……海上自衛隊で男が私に見せてくれた、誰にともなく書いた「届く宛てのない手紙」だった。


「辻岡艦長、恥ずかしながら帰って参りました。これから未来よりお迎えに上がります……そして、共にあの戦争の続きを始めますよ。次は、負けません」


 男は立ち上がり手紙を胸ポケットに戻すと、石碑に向かって敬礼する。いわゆる、海軍式敬礼と言われるものである。

 敬礼を解き立ち去ろうと振り向いたその真後ろに、身構えるように立っていた私と目が合う。

 男は瞬時に全てを悟ると、目を伏せ顔を隠しながら無言で立ち去ろうとするが、強引に腕を掴み引き留めた。


「海上自衛隊幹部候補生学校、横井哲也二等海佐ですね? いや……横井水雷長とお呼びした方がよろしいでしょうか? 貴方にお話があります……」


 第一部完結……つづく

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