第22章 時空転送装置

 この恐ろしい計画の全貌が明らかになったのは、情報提供者である秋山の不審死から一ヶ月ほど経った頃だった。秋山が遺した言葉の通り、NARSが開発していたのは――


『時空転送装置』


 それは信じ難い話であるが、SF小説で言うところの『タイムマシン』という代物だった。

 CERN『欧州原子核研究機構』が開発していると、そんな眉唾の記事を読んだ事はある。しかし実際、秘密裏に日本が同様なものを作っていたなど、どこの誰が信じただろうか。


 そして私は、Nと名乗る男の正体を突き止めた。これが更に驚く事に、東亜戦争終盤にあの特攻兵器と言われた回天を開発した人物、西森敏裕少佐だというから驚きだ。


 時空転送装置(タイムマシーン)に、タイムトラベラーの存在。


 私の常識の許容範囲を優に越えていたが……今、その時空転送装置目の前に西森がいる。

 彼の計画は時空転送装置を使い、日本の近代兵器を過去に転送し、第二次世界大戦に勝利する事。

 結果的にそれは日本、いや世界の歴史を塗り替えてしまう事になるのだか、肝心のその動機と目的が未だ理解出来ずにいた。


「そのタイムマシンとやらを使って、また戦争がやりたいのか? この軍国主義の戦争狂めっ!」


 向かい合うように対峙した西森は、それを平然と聞いていた。

 それもその筈、むしろ気が動転して動揺いるのは自分自身の方かも知れない。


「戦争がやりたい? おかしな事を言う奴だ。あの戦争を体験した者なら誰一人、もう一度戦争をやりたいなんて言える筈がない。何も知らない平和ボケした日本人らしい台詞だな……何なら、お前らがこの先二度と戦争をしない為に、もう一度戦って白黒ハッキリさせてやろうと言うのに……」


「どう言う意味だ? じゃあ……過去を書き換えてまで実行したい、お前の目的はなんだ! そもそも過去を書き換える事なんて出来るのか! どこかで聞いた事があるぞ……修正力ってもんが作用するんじゃないのか」


 西森はフンっとバカにしたように鼻で笑うと、私の稚拙な問いを一蹴する。


「知ったような口を聞くな! SF小説でも読んでその気になったか? 修正力が作用するだと? では貴様に問う。その理論を提唱した者は、実際に時を超えて過去を改変したのか? それに我々には既に過去を改変して来た観測者の存在がある」


 タイムマシーンなどという代物を未だに受け入れられないのは自分自身の方だ。度々耳にするその観測者という言葉に嫌悪感を抱いては感情を逆なでる。


「また、貴様も観測者か……一体、誰なんだ?」


「現に私はこうして昭和二〇年の世界から、観測者の力を以てこの世界にやって来た。そして再び、その力で過去へと戻り歴史の改ざんを行う。そう、私が人類史最初のタイムトラベラーだ……修正力? そんなものは無意味であると、既に私が証明している」


 観測者の正体への問答は、この目で見るまで不毛であると確信した。

 では何故、過去に戻ってまで戦争を繰り返す必要がある。ただの好戦的な軍国主義者でないと言うなら、西森は何の為にこの様なものを作ったのか。


「西森、お前は過去に於いて人間魚雷と言われる非人道的な回天を作り上げ、次はタイムマシンを使い近代兵器で戦争だと……マッドサイエンティストか、神にでもなったつもりか? ふざけるなっ」


 今まで冷静だった西森の表情が一瞬にして曇った。


「非人道的と言ったな? それは心外だな。しかし話したところで、到底お前のような平和ボケした脳ミソでは理解出来ないだろうな」


「なんだと?」


 西森はしばらく私を凝視すると静かに目を閉じ当時を回想し、まるで目の前に浮かぶ情景を語るかのようにゆっくりと話し始めた。


「日本はもう防波堤のない状態だった。アメリカはいつでも日本本土に上陸できる。そして本土で陸上決戦になれば日本国そのもの、そして国民、更には文化までも全てが失われる。その意味がお前にわかるか? 人間魚雷で何が悪い? 上等ではないか。我々は命を失うがアメリカの上陸を阻止し、その命の代わりに何千……何万倍もの日本人が生き残る。それの何が間違っていると言うのだ?」


 さらに西森は続ける。


「俺は戦後の世の中を見て愕然としたよ。まるで戦勝国のようじゃないか? 物は溢れ、皆が贅沢になった……だがどうだ? 在るべき日本の良さが消え、真面目に生きる者は嘲笑され、多くの人に尽くすのが尊いと考えず、自己中心的で利己的、なにごとにも無関心。挙句、いつまでもこの平和が続くと盲信するどころか、先の戦争を命懸けで戦った者さえも冒涜し否定する。戦争が起きたら戦わず国ごと差し出そうと言う者まで現れる始末。そんな腐った日本を守る為に、我々は命を賭して戦ったのではない」


 なにひとつ返す言葉が見当たらないどころか、何故だろう……不思議と胸の痛みを覚えた。


「貴様、回天は非人道的兵器だと言ったが、馬鹿を言うな。最も人道的な兵器だろ? 一人の命を以てその代償に幾千もの人を助ける……これが人道的と言わずして何か? 回天だけではない、あの戦争を戦った者は皆、美しい日本を……美しい日本国民をこの地上に残したい……その為の犠牲を、国民全てが納得しての戦いだった。今の日本人には到底わからんだろうな……だからこそこの日本は生まれ変わらなくてはならない。そう決心をしたんだ」


 私は言葉を詰まらせた。


「だが……お前が言うように、一つだけ間違っていた事に気付いた」


「な、何がだ……」


「回天は間違いだったんだよ。そう、この圧倒的戦力があれば誰も死なずに済む。もう一度あの時に戻って戦争をやり直すんだ……そして今の日本を、失ったあの素晴らしい日本へと変えるのだ」


 西森の顔面はみるみる紅潮し憎悪を顕にすると、大声を出して向かってくる。


「チョロチョロ嗅ぎ回りやがって! まずは貴様からだ、死ね! アメリカの飼い犬がっ!」


 私は咄嗟に掴み掛かって来た西森を捌くと、忍ばせていた携帯式スタンガンの先端を押し当てスイッチを入れた。


「うぐぇああぁっ……」


 筆舌に尽くし難い悶絶の声をあげると、西森はその場に崩れ落ちた。

 過去を改変させ、歴史を塗り替えようとする恐ろしい計画。

 これを阻止すべく時間の猶予は、恐らく余り残されていないだろう。

 その為にはキーワードとなる、観測者の存在が何なのか早急に知る必要がある。


 私は、その正体を探る為……あの男を追う事にした。


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