第18話 再燃する小戦争

 翌日。僕と真柴君は、朝早くから校長室へと向かった。外では雨がと降っている。湿気で廊下が濡れているため、僕は滑らないように真柴君と歩幅を合わせた。


 校長室の前まで来た。昨日と同じように、ガラス張りの所から光が漏れている。昨日は真柴君がノックをしたため、今日は僕が先に立って扉を叩いた。


「どうぞ」


「失礼します」


「失礼します」


 僕に続き、真柴君も中に入る。中では校長先生と信夫が、昨日と同じ場所に座っていた。


 校長室の空気が重苦しい。僕は入ってすぐに感じ取ることができた。どうやら信夫は、また校長先生に怒られていたみたいだ。


「小林君と真柴君も座りなさい」


「はい。失礼します」


「失礼します」


 校長先生に促され、僕と真柴君はソファに腰を下ろした。昨日と逆で、校長先生に近い側に僕が、そして扉側に真柴君が座った。


 机の上に物が置かれている。僕はそれを見て僅かに息を飲んだ。それは紛れもなく、僕たちの盗られていた道具だった。目の前の信夫が、ふてくされたような顔をしている。


「小林君と真柴君。君たちの道具はこれで間違いないね」


「はい。間違いないです」


 真柴君が迷うことなく返事をする。すると校長先生は、目を細めて信夫の方を見た。


「影山君。何か言うことは?」


 校長先生がドスの効いた声で言い放った。ふてくされた顔をしていた信夫が、渋々と立ち上がる。


「小林君。真柴君。すみませんでした」


 軽く頭を下げる信夫。何て図々しいのだろうか? 明らかに申し訳ないという感情はこもっていなかった。僕は怒りの余り、信夫の顔を凝視した。


「これで良いか。小林君。真柴君」


「——はい」


 校長先生が僕たちに聞いてきた。だが僕は、返事をするのに躊躇してしまった。先程の信夫の態度に腹が立ったからだ。


 だが謝ってきた以上、何か言ってもどうにもならない。そう思った僕は、少し間を空けて仕方なく返事をした。


「影山君。君はもう教室へ戻りなさい。渡した反省文は、明日までにしっかりと書いてくるように。いいかね?」


「はい」


 信夫が目を細め、低い声で返事をした。そしてそのまま、反省していない様子を全面に出し、黙って校長室を出ていった。


 それにしても、信夫は反省文だけで済んだようだ。これだけでは済まないことを、早く思い知らせてやりたい。僕は影山京子の処分に大きな期待を寄せた。


「じゃあ次は、本村先生と影山PTA会長の処分について話す。これから話すことは、昨日夜遅くまで話し合って決めたことだ」


 信夫が完全に出ていったのを見計らい、校長先生が言った。僕は固唾を飲み、校長先生の顔を凝視した。


「まずは本村先生からだ。本村先生には、この学校の教員を辞めてもらうことにした。それに合わせて、教員免許も剥奪はくだつされることとなった。君たちの新しい担任は、後に正式に決めていく予定だ」


 校長先生が言い終えた後、軽く咳払いをした。


 本村が学校を辞めて、教員免許も剥奪される。別に驚きはしなかった。大体こうなることは予測がついていたからだ。だが校長先生の言葉を聞き、改めて本村が終わったことを確信した。


 次は肝心の影山京子だ。果たしてどんな処分が決まったのだろうか? 僕は姿勢を正し、再び校長先生を凝視した。


「それから次は、影山PTA会長の処分についてだ。影山PTA会長は、厳重注意の上、今まで通りPTA会長を継続してもらうこととなった」


 校長先生の言葉に、僕と真柴君は目を合わせた。影山京子は、本村より軽く済んだようだ。保護者だからだろうか? それともPTA会長で、権限を持っているからだろうか? 色々な考えが浮かんでは消えた。


 僕の背筋が冷えていく。このままでは仕返しされるかもしれない。僕は心の底から恐怖を感じた。


 校長先生と目を合わせる。だが混乱の余り、何も言葉が出てこない。


「厳重注意とは、具体的にどういう注意をしたのですか?」


 その時、隣の真柴君が、僕の聞きたかったことをそのまま言ってくれた。校長先生は何と答えるのだろうか? 僕は再び顔を上げて、校長先生の目を見た。


「影山PTA会長には、君たちが帰った後、こちらに来てもらったんだ。次からは決してこのようなことがないように、私からしっかりと注意しておいた」


「本村先生には厳正な処分が下ったにもかかわらず、何故影山PTA会長は注意で済んだのですか? 納得がいきません」


「それはな真柴君……」


 真柴君がズバズバと校長先生に問いかけた。もちろん僕も納得がいかない。理由をしっかりと説明してもらいたい。


 困った顔をした校長先生が、ソファから立ち上がった。そしてそのまま後ろを向く。きっと面と向かっては言いたくないのだろう。


「真柴君。小林君。いいか? 大人の事情っていうのはな、君たちが思っている以上に複雑なんだよ。まずはそのことを分かってほしい。今回の件は、先ほど言ったことが正式に決定した。だから君たちも、受け入れてくれないか?」


「そんな。もういいです。校長先生ならきっと、三人ともに厳正な処分を下してくれると思ってました。ですが先程の貴方の発言に、僕は失望しました。もう結構です。小林行くぞ」


 真柴君が校長先生に大きな声で言った。だが校長先生は、後ろを向いたまま無言で立っている。


 真柴君がソファから立ち上がる。そして校長室を出ようとし始めた。校長先生の手のひらを返したような態度に困惑したが、僕も慌てて後に続いた。


「真柴君」


「くそ。校長隠蔽しやがったな」


「真柴君」


「お前は悔しくないんか? あんな態度取られて。別に何も感じなかったか? 何にも感じんかったけん黙っとったんか? なあ?」


 真柴君が目くじらを立てて、大声で僕に聞いてきた。無力感からくる怒りで、気分がどん底に突き落とされる。


「は? 僕だって腹立つよ。何だよ。校長先生にズバズバ言えば、どうにかなるとでも思ったんか? なあ。どうなんだよ!?」


 叫び終わった後、僕の目から大量の涙が溢れてきた。期待を裏切られた悔しさ、怒り、恐怖が全て悲しみに豹変し、僕の涙腺は一気に崩壊した。


「――すまん小林。一番辛いのはお前やもんな。ごめん。今のは言い過ぎた」


 真柴君が僕の肩をトントンときた。


「……僕の方こそごめん。ま、真柴君には沢山助けられとるのに……。もうちょっと僕がしっかりせんといかんよね。……ごめん」


 謝ってきた真柴君を見て、僕も先程の発言に後悔した。目から溢れた涙を拭う。真柴君は、僕が落ち着くまで何も言わずにその場で待ってくれていた。


        *


 しばらくして、僕は真柴君と陰鬱な気分で教室に戻ってきた。クラスメイト達が一斉にこちらを見てくる。


 教卓の上の時計は、八時二十五分を指していた。朝読書が終わり、朝礼の時間だ。普段なら本村もとっくに来ている。いるはずの担任がいないことに、皆困惑しているように見えた。


 自分の席に腰を下ろした。代わりの担任は誰なのだろうか? そんな事を考えていると、前の扉から校長先生が入ってきた。それに続いて、教頭先生も教室に入ってくる。


 皆が一気に騒がしくなる。普段は校長先生も、教頭先生も教室に入ってくることはない。そのため皆何事かと驚いたのだろう。


「静かにしなさい。今から君たちにとって大切なことを話していく」


 校長先生が口元に人差し指を立てた。皆が一気に静まり返る。


「本村先生だが、諸事情のため本日をもって退職されることとなった。新しい担任の先生が決まるまでの間、学年主任の先生が君たちを受け持つ。新しい担任の先生は、なるべく早く決めていく予定だ。学校内にいる先生が、そのまま君たちを受け持つことになるかもしれないし、外部から新たな先生を呼ぶかもしれない。まだ何も決まってないんだ。決まり次第、早急に君たちへ知らせるつもりだ。いいかね?」


 校長先生が言い終えると、教室が一気に騒がしくなった。驚くのも無理はない。今まで担任の先生が、急遽退職することなどのだから。


 それにしても、新しい担任の先生は誰になるのだろうか? 本村のようなヒステリックな先生は、もう勘弁してほしい。次こそは良い先生に当たってほしいと、心の底から思った。


 校長先生が教室を出ていく。すると今度は、教卓の右隣に立っていた教頭先生が前に出てきた。


「君たちも困惑することが多くて大変だと思う。でも大丈夫だから、普段通り学校生活を送りなさい。先程校長先生が言ってた通り、新しい担任の先生はこれから決定していくわ。それまでの間、何かあったら学年主任の先生に相談するのよ。いいわね?」


 教頭先生が落ち着いた声で皆に言った。そして先程の校長先生のように、教頭先生も前の扉から教室を出ていった。


 教頭先生が出ていった後も、皆は騒いでいた。もう何もかもどうでもいい。僕は皆の様子を横目に、一時間目の準備を始めた。


        *


 放課後。僕は誰よりも早く家に帰った。今日は早く帰宅したい気分だったからだ。お昼の弁当は真柴君と一緒に食べたが、やはり気まずい雰囲気は残っていた。


 雨で濡れた傘をたたむ。そしてそのまま家の扉を開けた。


「ただいま」


 今日は時さんは休みの日だ。だから家には誰もいない。


 傘を玄関に立てかける。薄暗い廊下を通り、階段を上がった。


 階段を上り、自分の部屋の扉を開けた。そしてそのまま電気をつける。部屋に入ると、そのまま椅子に座り込んだ。色々なことがあったせいか、今日はいつも以上に疲労を感じる。


 机の上に目をやる。左端に置いておいた名刺に目がいった。長宮さんの名刺だ。


——またいつでも連絡してくださいね


 長宮さんから名刺を貰った時のことを思い出した。久しぶりに電話をかけてみようか。そう思った僕は、一階の廊下に置かれている固定電話へ向かった。


        *


 階段を降り、固定電話の前まで来た。受話器を持ち上げたとき、僕は電話をかけるのに躊躇した。長宮さんは忙しいかもしれない。かけて大丈夫だろうかと思った。


 だがみないと分からない。僕は受話器を耳に当て、電話番号を入力していった。


 呼び出し音が流れる。二回ほど鳴った後、電話が繋がった。


「ありがとうございます。長宮春花の占いの館でございます」


「あ、もしもし。こんにちは。小林広樹です。長宮さんいらっしゃいますでしょうか?」


「あら小林君! こんにちは。お久しぶりです。今変わりますね」


「はい。お願いします」


 千代さんが明るい声で出た後、保留の音楽が流れ始めた。華麗で美しい音楽だ。僕は受話器を耳に当てたまま、長宮さんが出るのを待った。


「もしもし。小林君?」

 

 保留の音楽が少し流れた後、長宮さんが電話に出た。先程の千代さんとは違って、落ち着いた雰囲気の声だ。


「あ、もしもし。小林です。お久しぶりです。今お時間大丈夫でしょうか?」


「小林君久しぶり! 元気? 今大丈夫よ」


「ありがとうございます。僕も時さんも元気です!」


「まあ良かったわ」


 長宮さんの声が明るくなっていく。その時僕は、電話をかけてみて良かったと思った。


「長宮さん」


「どうしたん?」


 ここで僕は、影山京子のことを話してみようと思った。長宮さんならきっと、親身に話を聞いてくれるだろう。


「影山京子が、警察署から出てきました。それでまた、色々なことがあったんです」


「そうね。影山京子出てきたわね。それでどうしたん?」


 長宮さんの声が深刻になる。僕は一息ついて話し始めた。


「昨日たまたま僕が学校で見かけたんですが、影山京子が僕たちの担任に賄賂を渡していたんです」


「まあ。そんなことがあったん?」


「そうなんです。それでその時、僕はちょうどカメラを持っていて、やり取りの一部始終を撮影しました。もちろんその動画は、その日のうちに校長先生に見てもらいました。校長先生は、担任にも影山京子にも厳正な処分を下すと言ってくれて、僕は期待していたんです。そして今日、二人の処分が言い渡されたんですが、担任の先生には厳正な処分が下り、影山京子は軽く済んでしまいました」


「まあ。担任の先生には厳罰が下されたのに、影山京子は軽く済んだんやね」


「はい。そうなんです」


 僕は言い終えた後、ため息をついた。どうにかならないだろうか? 自分ではどうにもできない無力感を脇に、長宮さんの返答に期待を寄せた。


 しばらく間が空いた後、長宮さんが話し始めた。


「あー。なるほどね。校長先生が何故影山京子に厳罰を下さんかったかは分からんけど、今回の出来事は意味転機になりそうね」


「転機になりそうとは、どういうことですか?」


 どうやら今回の出来事は、これで終わるわけではなさそうだ。具体的にどうなっていくのか? 僕は高まる気持ちを抑えながら、長宮さんに聞いた。


「今回の出来事を機にね、物事が大きく変わっていきそうなんよ。いわゆる荒療治あらりょうじってやつね。これから一つや二つは、厳しいと思う出来事が起きてくるかもしれない。でもね、それらを機に全てが変わっていくのよ。良い方向に。影山京子も、今回は免れたように見えるかもしれないけど、これから彼女がすることは全て裏目に出るようになるわ」


「なるほど。そうなのですね。それで厳しい出来事とは、具体的にどのようなことが起きてくるのでしょうか?」


 長宮さんは、以前僕たちが占いの館を訪ねた際にも、一つや二つは困難が訪れると言っていた。そのことを思い出し、不安になった僕は、若干早口で長宮さんに聞いた。


「未来のことはおぼろにしか見えんのよ。やけんハッキリとは言えんけど、大丈夫よ。さっきも言ったけど、これから起きてくる大変なことは、いい方向に向かう前段階なの。だから乗り越えられないような出来事ではないわ」


「なるほど。分かりました。ありがとうございます。今聞いたことは、胸に留めておきたいと思います」


 電話の横に置かれていたメモ用紙に、ざっと長宮さんが言っていたことを書き出していった。今後もしばらくは覚えておかないといけない。頭の中で整理しながら、走り書きでまとめていった。


「もう少しの辛抱よ。あ、そうそう。前小林君に伝えた、十月六日の日覚えているかしら?」


「はい。もちろん覚えています」


「良かったわ。前も言ったけど、その日までには何もかもが出揃うけん安心して」


「分かりました。ありがとうございます」


 十月六日が重要な日であることは覚えていた。だが念のため、僕はメモ用紙の下の方に大きく日付を書いた。


「まあ、影山京子も今のうちよ。これからどんどん、自分がしてきたことの報いを受けることになるわ」


「そういえば長宮さん。なぜ影山京子は、少し前まで車椅子に乗ってたんでしょうか? 今は杖をついて歩いていますが、何か知っていますか?」


 少し前まではどうでも良いことだったが、最近になって気になり始めていた。長宮さんは何か知っているだろうか?


「あー。あれね。私が呪いをかけたんよ。監禁された時にね。あまり強くかけると傷害罪になるかもしれんけん、弱めにかけたんよ」


「呪いですか?」


「そうよ。私、人の体を麻痺させる呪いをかけることができるの」


「そうだったんですね。いや驚きました」


 てっきり影山京子は、事件の最中さなかに怪我したものだと思っていた。だが長宮さんの呪いだったとは驚きだ。それに長宮さんに、人の体を麻痺させる力があったことにも驚いた。


「あの事件は、陽菜ちゃんたちも酷い目にあったけん、私未だに許せんのよね」


「許せなくて当然だと思います。僕だって影山京子は絶対に許せないです」


「そうね」


 長宮さんの声が少しだけ暗くなった。そのため僕は、ここで話題を変えようと思った。


「ところで池野さんは、あれから元気ですか?」


 もしいたら、電話を代わってもらえるかもしれない。僕は期待と緊張が入り混じった気持ちで、長宮さんに聞いた。


「陽菜ちゃん? 元気よ。今日はまだ学校に行ってるわ。新しい友達とも上手くいっとるみたい。最近テニス部に入ったみたいで、楽しいって言いよったわ」


「そうなのですね。楽しそうで何よりです」


 池野さんがテニス部。まさか運動部に入っていたとは、思いもしなかった。練習している姿を想像しただけでドキドキする。


「あら。予約のお客さんが来たみたい。小林君悪いけど、この辺で失礼するわね。今日はありがとう。またいつでも電話してきてね」


「こちらこそ、長い時間ありがとうございました。では失礼します」


「あ、小林君家の電話番号、登録しておいてもいいかしら?」


「はい。もちろんです。お願いします」


「分かったわ。ありがとう。じゃあね」


「はい。失礼します」


 話し終えた後、静かに受話器を置いた。通話時間が表示される。どうやら十五分近く話をしていたようだ。


 書き出したメモをちぎって、二階へ上がる。これから起きる大変なこととは、一体どんなことだろうか? 僅かに体が強張るのを感じながら、自分の部屋へ戻った。


        *


「ただいま」


「おかえり」

 

 長宮さんと話を終えてから三十分が経過した頃、母さんが仕事から帰ってきた。僕は自分の部屋を出て下へ降りた。


「あら。今日は早かったのね」


「うん。自分の部屋で宿題しよった」


「偉いわ。母さんこれから晩御飯作るけんね」


「うん。ありがとう」


 母さんがリビングへ入っていく。僕は喉が渇いていたため、台所へ入っていった。


 冷蔵庫の中から、ボトルに入った水を取り出す。僕はそれを自分のコップに注ぎ、飲み干した。


 一息つき、コップを流しの上に置いたその時だった。


――ピンポーン


 誰か来たようだ。母さんが出るだろう。僕はボトルを冷蔵庫の中にしまった。


——ピンポーン


 二度目のチャイムが鳴った。どれだけ気ぜわしい人だろうか? 僕は慌てて廊下に出た。


 廊下に出たその時、僕の足が止まった。何と玄関には、影山京子が立っていたのだ。


「開いていたのにお騒がせしたわね。今日はちゃんと話があって来たのよ」


 影山京子が奇妙な笑みを浮かべる。きっと信夫のことで来たのだろう。僕はすぐに分かった。


 その時、リビングから母さんが出てきた。影山京子の顔を見て、目を見開いた。


「あなた。何しに来たのよ?」


「だから話があって来たって言ってるでしょ。上がらせてもらうわ」


「待って。話があるならここでしなさい」


 普段は心配症の母さんだが、仕事柄言う時は言う性格だ。影山京子の目がつり上がる。持っていた杖を玄関に立てかけた。


「貴方達。また信夫ちゃんの邪魔をしてくれたみたいね。お陰で来年の推薦入試が受けられなくなったわ。一体どうしてくれるのよ!?」


「痛い! 痛い痛い!!」


 その時、影山京子が母さんの髪の毛を両手で引っ張り始めた。何て自分勝手な女だ。許せない。


「このクソババア! 母さんに何てことするんだ! お前のバカ息子が問題ばっか起こすからこうなるんだろう? 自業自得だ。因果応報なんだよ!!」


「広樹やめて!」


「痛い。痛い!」


 母さんが止めても、僕は影山京子の髪の毛を引っ張り続けた。お団子頭がほどけて、髪が滅茶苦茶になっていく。


 怒りの余り、心の中の悪魔が剥き出しになった。そしてそのまま首に手をかけようとしたその時、母さんに止められた。


「痛い」


 影山京子がその場に倒れ込む。僕たち三人の荒い息遣いが、玄関に響き渡った。


 倒れ込んだ後、影山京子はゆっくりと立ち上がった。後ろを向いたまま扉の前で立ち尽くす。


「貴方達、覚悟しておきなさい。今回の事は、何百倍にもして返してやるから」


 表情は見えないが、声から異様な雰囲気が伝わってきた。とても恐ろしい。先程までの怒りが、恐怖に様変わりしていった。


 影山京子が杖を持ち、ゆっくりと玄関を出る。その姿を見届けた僕と母さんは、言葉を失い茫然とその場で立ち尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る