第16話 掴んだ首根っこ

 メモリーカードを抜いたカメラを、籠の中へ入れる。それを両手で持ち、僕はゆっくりと階段を降り始めた。


 そっと出入口の方を覗く。影山京子は座り込んで靴を履いていたようだ。杖を持ち、ゆっくりと立ち上がるところだった。


 するとその時、影山京子のポケットから派手なメロディーが鳴り響いた。どうやら電話がかかってきたようだ。音があまりにも大きかったため、僕は一瞬ドキッとした。


「もしもし」


 影山京子が、杖を靴入れに立てかけ電話に出た。後ろを向いているため、僕からは表情が全く見えない。


「え? 佐川さがわ? あんたどこから電話してきているの?」


 佐川は確か、別子村の監禁事件で指名手配されている男だ。国内に身を潜めているのだろうか? 影山京子が声のトーンを下げたため、僕は耳をそばだてて会話を聞いた。


「公衆電話からね。良かったわ。次からもそうしなさい。あんた私たちの前に絶対出てきちゃ駄目よ。信夫ちゃんも、来年は受験に専念しないといけないのだから。うん。そうよ。私はあの子のことを、我が子のように思っているわ。もしあんたが何かしくじって、信夫ちゃんにまで影響が出たら絶対に許さないからね」


 その時、影山京子は確かに信夫のことを「我が子のように」と言った。聞き間違いではない。僕は思わず視線を別のところに移した。あの二人は実の親子ではないのだろうか? あまりにも突然の発言に、僕は心底驚いた。


「まああんたは、しばらくどこかに身を潜めていなさい。お金はたくさん渡したから十分あるでしょ? うん。また何かあったら、公衆電話から連絡してくるのよ。いいわね?」


 影山京子が電話を切り、スマートフォンをポケットにしまう。そして杖を持ち、ゆっくりと駐車場の方へ歩いていった。


 僕は混乱しながら、職員室前の机へ向かった。影山京子が実の母親でなければ、信夫は誰の子なのか? 仮に実の母親ではなかったとして、あの影山京子があそこまで信夫を溺愛する理由も知りたい。


「ああ。ありがとう。そこに置いておいて」


「あ、分かりました」


 色々考えていると、本村が職員室から出てきた。何事もなかったかのように平然としている。その時僕は、ここで本村にかまをかけてやろうと思った。


「先生。さっき誰か来ていたのですか?」


「え? 誰かって?」


 僕はわざと声のトーンを下げて本村に聞いた。本村の顔を見る。全く動揺している様子はない。


「いやさっき、階段を下りていたら下から声がしたので」


「知ってどうするの?」


「え?」


 本村の細い目がさらに細くなった。何やら異様なオーラを感じる。そのため鎌をかけた僕の方が怖くなってきた。


「あ、いや別に下から声が聞こえてきたってだけなので」


「あ、そう。ちょっとお客さんが来ていただけよ」


「なんだ。そうなんですね。あ、これお願いします」


「ありがとう小林君」


「はい」


 僕は咄嗟に、あの時のことを見ていなかったかのように言ってしまった。情けない自分に嫌悪感が襲ってくる。


 それにしても信夫と同じで、本村も全く表情を変えなかった。それに加えて、何とも言えない圧も感じた。


 やはり本村と影山親子は似た者同士だ。悪いことをしても平然と振舞っている。サイコパスのような三人に、僕は恐怖を覚えながら教室へと急いだ。


        *


「おはよう小林!」


 教室に帰ると、既に何人かの生徒が来ていた。真柴君も来ている。真柴君は僕を見るなり、笑顔で手を振ってきた。


「真柴君!」


「どうした?」


 真柴君が手を下ろして、目を見開く。僕は焦る気持ちを抑えながら、先程のメモリーカードをポケットから取り出した。


「本村と影山京子の決定的な弱みを見つけた」


「何? 本当か?」


 つい声が大きくなってしまう。いくら周りが騒がしいからと言っても、他の人に聞こえてはマズい。僕は声のトーンを抑えながら真柴君に言った。


「うん。ちょっと一旦座ろう」


「おう」


 後ろのロッカーに、余りの椅子が置かれている。僕はその椅子を持ってきて、真柴君の前に座った。


「今日は報道部の活動があるやろ? それでさっき本村に呼び出されとったんよ」


「こんな早朝から? 何で?」


「マイクとカメラを放送室へ取りに行って、それを職員室前の机の上に置いておけって言われてね。それが僕を呼び出した目的やった。僕は本村から鍵を受け取って、放送室へ取りに行ったんよ。職員室横の階段を通った。そしたらその帰り、本村と影山京子が一階の階段の前におってね。僕、確かに見た。影山京子が本村にお金を渡しよるところを」


「金?」


 真柴君が目を見開き、大きな声で言った。お喋りをしていたクラスメイトたちが、一斉にこちらを見る。


「真柴君!」


「あ、すまん。ついデカい声が出た」


 一瞬だけ教室が静まり返った。僕の中で緊張感が高まる。だが直ぐに、皆はそれぞれの会話に戻っていった。ホッとした僕は、その様子を見届けて真柴君に言った。


「その二人の様子を、ちょうど持っとったカメラで撮影したんよ。これがそのメモリーカード」


「まじで? お前やったな!」


「うん。バッチリ撮れたよ!」


 真柴君が笑顔になった。誇らしい気分になった僕は、メモリーカードを真柴君の机の上に置いた。


「やっぱり俺は、あの二人の間に何かはあると思っとった」


「うん。でももう一つ衝撃の事実が分かったんよ」


「何? 何だ?」


 真柴君が僕の方へ若干身を乗り出してきた。


 衝撃の事実とは、もちろん影山京子が先ほど発していた言葉についてだ。僕は話す前に、後ろを振り返り信夫の席を見た。信夫の席は空席になっている。どうやらまだ登校してきていないようだ。


 それを見届けた僕は、再び真柴君の方へ振り返った。


「影山親子は、実の親子じゃないかもしれん」


「は? え? どういうこと? 影山京子が本村に話しよったんか?」


 真柴君が目を白黒させる。僕も衝撃的だったため、真柴君が驚くのも無理はない。


「いや違う。本村と影山京子がやり取りを終えた後、僕はしばらく影山京子の様子を隠れて見よったんよ。そしたら影山京子のスマホに電話がかかってきてね。会話の内容を聞きよる時に、影山京子は確かに信夫のことを『我が子のように思っている』って言いよったんよ」


「え? マジか! 普通そんなこと言わんよな。じゃああいつは一体——」


「さっきから何ボソボソ話しよんぞ?」


 その時、真柴君の言っていることを遮るように、後ろから信夫が入ってきた。真柴君が後ろを振り返る。話に夢中になっていたため、僕は目の前にいる信夫の存在に全く気付かなかった。


「何だよ? 別にお前の話はしてないぞ」


「いや確かに僕の話をしよるのが聞こえた。何話しよったんぞ?」


 どうやら信夫は、真柴君の後ろで僕たちの話を聞いていたようだ。信夫がもの凄い目で僕たちを睨んでくる。どう答えればいいか分からない僕は、その場で凍りついてしまった。


「いや信夫じゃなくて、文雄ふみおの話をしよったんやけど? 小林の親戚や。お前耳大丈夫か?」


 咄嗟に答えた真柴君。それに対して、信夫は目をキッと細めた。


「何だよ。紛らわしいな」


 信夫がチッと舌打ちをしながら、自分の席へと向かい始める。それを見た僕は、肩の力が一気に抜けた。信夫が離れたのを見届けた後、真柴君が笑い始めた。


「真柴君」


「文雄っていう親戚はおらんよな? はっきりと聞こえてなかったみたいで良かった」


「うん」


 僕はもう一度後ろを振り返り、信夫の方を見た。信夫はいつも通り、かばんから本を取り出そうとしている。


 それにしても信夫は、あのことを知っているのだろうか? 仮に本当の親子でないことを知っていたとして、僕だったらどのように割り切るだろうか? 色々考えていると、何だか信夫が哀れに見えてきた。


「どしたんや小林」


「いや別に。何でもない」


 真柴君に呼ばれて僕は我に返った。同時に周りの子たちの話し声も、再び耳に入ってくる。僕は後ろへ向けていた体をゆっくり前に戻した。


「それより今日、また報道部の活動があるな。もうあの日から二週間が経ったんか」


「そうやね。あっという間やったね」


 真柴君が外の景色を見ながら言った。僕はこの二週間があっという間だったが、どうやら真柴君も時間の流れを早く感じたようだ。


 僕も真柴君につられて外を見た。今日は雲一つない快晴だ。東の空に傾いている太陽が、徐々に勢いを増して地面を暖めている。


「よし。じゃあ本村ヒステリック作戦も実行するか」


「え?」


 外の景色をボーっと見ていると、真柴君が不意に話しかけてきた。


「ヒステリックな本村の気持ちを逆撫でして、何か問題を起こさせる作戦や」


「ああ。あれね!」


 僕はこの前のことを思い出した。本村のヒステリックな一面を利用する方法だ。賄賂とヒステリックの両方で、本村をより不利な方向へ落とし込めるだろう。


「いいね。弱みは多い方が確実やね」


「その通りや。なるべく多い方がええけんな」


 真柴君が声をやや低めにして言った。


「でもどうやってヒステリーを起こさせる?」


「ほら。この前信夫が、俺たちの揃えとった道具を盗ったやろ? あれを利用するんや」


「なるほど。でも結構日にちが経っとるけど大丈夫かな?」


 この前の報道部からもう二週間が経っている。そんな前のことに、再び本村の感情がヒートアップするのだろうか? 僕はそこが気がかりだった。


「大丈夫。その辺は俺に任せとけ」


「——分かった」


 真柴君が自信満々で言った。きっと真柴君なら、本村の感情を上手く引き出してくれるだろう。少し不安だったが、とりあえず真柴君を信じることにした。


        *


 着々と時間は流れ、遂に放課後になった。報道部の活動が始まろうとしている。


「じゃあ行くか。小林」


「うん。行こう」


 荷物を持ち、報道部の活動場所である空き教室へ向かった。ポケットの中を弄る。昼休みに放送室へ取りに行ったカメラは、しっかりと入っていた。


「計画通りにやろうな」


「分かった」


 昼休みに、僕たちは大体の流れを話し合った。後はそれを順序良く実行していくだけだ。


 空き教室が見えてきた。教室の引き戸は、手前側も奥側も閉まっている。真柴君が手前側の扉を強めに開けた。


 真柴君の後ろから中を覗くと、真ん中の方の席に信夫が座っていた。案の定信夫は、僕たちが入ってくるなりもの凄い目で睨んでくる。


「影山。母さんが職員室前の玄関で呼びよったぞ」


「は? 僕の母さんが?」


「ああ。早く行ってやれ」


 真柴君が信夫に落ち着いた感じで言った。もちろんこれも作戦の一つだ。邪魔な信夫が教室にいると、本村の証拠を手に入れることができない。


 信夫が首を傾げながら教室を出ていく。廊下を出て、右方向へ走っていった。


「あら。影山君どこに行くのかしら?」


 その直後、本村が反対側の廊下から教室へ入ってきた。


「先生。お話ししたいことがあります」


「何? どうしたの?」


 真柴君が、先程のように落ち着いた感じで本村に言った。本村の細い目が、僅かに大きくなる。


「ここではお話しできないので、教室を移動したいです。よろしいでしょうか?」


「分かったわ。今家庭科準備室が空いているから、そちらに移動しましょ」


「はい。お願いします」


 真柴君と本村が教室を出ていく。僕も続けて、本村に見つからないように後をつけた。


 二人の足音が廊下に響き渡る。僕は忍び足で、柱に隠れながらついていった。


 二人が廊下を右に曲がった。あそこを曲がって奥のところに、家庭科室と準備室がある。僕はしばらく曲がり角に隠れ、二人が準備室に入る様子を見た。


 真柴君が先に中へ入っていった。その後に続いて本村も入っていく。本村が扉を閉めると、その音が廊下に響き渡った。


 それを見届けた後、僕は早足で家庭科室へと向かった。準備室の奥側に、家庭科室がある。


 準備室の前を通る時、僕は若干身をかがめた。扉がガラス張りのため、見られてしまう可能性があるからだ。


 家庭科室の中に入った時、僕は若干息が荒くなった。見つかったら当然、計画は台無しになってしまう。そう思うと余計に、いけないことをしているような後ろめたい気持ちになる。


「話って何?」


 本村の声が、ここまではっきりと聞こえてきた。幸いここの壁は薄いようだ。音声もしっかり残すことができそうだ。


「先々週の報道部で、僕たちの準備していた道具が無くなったことについてです。僕たちはまず失くしていません。ちゃんとあそこに入れていたのですから。僕は影山君の仕業だと思っています」


 真柴君の声も聞こえてきた。ホワイトボードの右隣に、準備室へと続く扉がある。僕は静かにそちらへ移動した。


 身をかがめ、扉のガラス越しに準備室の中を覗く。本村はこちら側を向いて立っていた。本村と目が合ってはまずい。僕はサッと身をかがめた。


「影山君が盗ったという証拠はあるの?」


「本村先生が怒鳴っていた時、影山君はずっと気味悪く笑ってました」


 本村と真柴君の声が、先程よりはっきりと聞こえてくる。身をかがめた僕は、再びゆっくりと立ち上がり準備室の中を見た。真柴君は本村の向かい側に立っている。十分に撮影ができる真ん中の方の位置だ。


 僕は膝をつき、ポケットからカメラを取り出した。電源を入れて、カメラを本村の方へ向ける。


 膝をついて撮っているため、とても大変だ。上げている腕がとてもだるい。それでも証拠を残すために僕は必死だった。


「だから! 影山君がしたという証拠はないのでしょ!」


「証拠が無いからって、どうして影山君の肩ばかり持つのですか?」


「は!?」

 

 真柴君が本村に反抗的になっている。本村も段々と感情がヒートアップしてきているようだ。


「本村先生は、影山君の肩ばかり持っているように見えます。もしかしてご自身でも気づかれていないのですか?」


「具体的にどういうところが贔屓しているのよ。言ってみなさいよ!」


 本村が目を細めて怒鳴った。扉で隔たれているにもかかわらず、こちらにまで大声が聞こえてくる。遂に感情に火がついたようだ。このまま真柴君が刺激していけば、問題行動を起こす可能性がさらに高まるだろう。


「はは。呆れますね。あなた教師なのに、ましてや国語を教えている立場なのに、ご自身で自覚がないのですね。あなたのような人が担任で、僕は本当に不運です」


「大人しく聞いてりゃべらべらべらべらと。少しは口を慎みなさいよ!」

 

 その時、本村が真柴君の頬を勢いよく叩いた。僕は思わず息を飲んだ。決定的な瞬間だ。カメラが回っていたか再確認する。赤色のランプは、しっかりと点いていた。


 本村が真っ赤な顔で真柴君を見た。肩で息をし、顔はとてもひきつっている。勢いでやったことに、激しい後悔と恐怖を感じているようだ。


「……フフ。ハハハハハ。ハハハハハ。やりましたね本村先生。小林入ってこい」


 その時、真柴君が僕の名前を呼んだ。心臓が自分にも聞こえるくらい激しく脈打つ。計画的とはいえ、今までにないほどの緊張感だ。


 ゆっくりと立ち上がる。立ち上がると、ガラス越しに本村と目が合った。そのため僕は、反射的に目を逸らした。


 ドアノブを回し、準備室の中に入る。本村の細い目が、今までにないほど見開かれた。


「小林君……」


 本村が消え入るような声で僕を呼んだ。


「本村先生へ最後にお見せしたいものがあります。最後に! 小林見せてやれ」


「分かった」

 

 真柴君が最後という言葉を強調して、本村に言った。放心状態の本村が、ゆっくりとカメラの方へ視線を移す。


 カメラにメモリーカードを差し込んだ。もちろん影山京子からお金を受け取っていたあの動画だ。


 動画の再生ボタンを押した。


「今日はどうされましたか?」


「先生。今日も少額ですが、どうかこれ受け取ってください」


「あー。いや……」


 本村の顔が真っ青になる。変な声を上げ、手で口元を押さえた。


「そんな……。駄目ですよ影山さん」


「うちの息子は来年受験です。本村先生が担当する報道部に入ったとも聞きました。どうか今後ともよろしくお願いします」


「——ありがとうございます。でも今回までですよ影山さん」


「分かっています」


 撮影した動画が、静かな準備室に淡々と響き渡った。真柴君が本村を睨みつける。本村は氷に閉ざされたように、口に手を押さえたまま動かない。


「影山さん。そろそろ他の教員も出勤してきますので、この辺で」


「はい。もちろんです。ありがとうございました本村先生」


「こちらこそありがとうございました」


 本村と影山京子のやり取りが終了し、二人が別れるところで動画が終了した。準備室が再び静まり返る。本村が口元から手を離した。


「この! きゃっ」


 その時、本村が不意にカメラを奪い取ろうとしてきた。そのため僕は、素早くカメラを後ろに隠した。カメラを奪い取れなかった本村が、その場に倒れ込む。


 最後の最後まで往生際が悪い。僕はそんな本村に、激しい嫌悪感を覚えた。


「本村先生。見られていないと思ったら大間違いですよ。僕たち、これでも報道部なんでね!」


 真柴君が最後、吐き捨てるように言った。本村は床でうずくまり泣いている。


「行くぞ。小林」


「うん」


 僕たちは準備室の扉から廊下に出ようとした。その時、不意に誰かが僕に襲い掛かってきた。顔を見ると信夫だった。僕が持っているカメラを奪い取ろうとしてきた。


「離せ信夫」


「全部見たぞ。それに母さんが来とるってよくも嘘をついたな」


 僕は必死で抵抗した。それにもかかわらず、信夫は僕の髪の毛を容赦なく引っ張り、カメラを強引に引き抜こうとしてくる。


「どけ信夫!」


「わっ」


 その時、真柴君が僕から信夫を引き離した。軽く突き飛ばされた信夫が、わざとらしくその場に倒れ込む。


「なあ。よく聞け! お前の母さんはな、本村に賄賂を渡しよったんや。もう一度言う。お前の母さんはな、担任に金を渡しよったんや! お前ら一家はこれで終わりや。覚悟しとけ!」


 真柴君が信夫に怒鳴り散らす。すると信夫は、キッと真柴君に鋭い目を向けた。


「お前よくもやってくれたな。この野郎!」


 その場に倒れ込んでいた信夫が立ち上がり、今度は真柴君に掴みかかろうとした。だが真柴君は、背が高い上に信夫より筋肉質だ。掴みかかってきた信夫を、片肘で突き飛ばした。


 先程よりも強めに突き飛ばした真柴君。信夫は地を滑るようにして、激しく倒れ込んだ。


 本当に哀れな姿だ。だが同情の余地はない。僕は床で信夫を見下ろした。


「じゃあ校長室へ行くぞ。小林」


「うん。行こう」


「待て。お前ら。待て」


 信夫がよろよろと立ち上がる。だが足元がふらつき、再びその場に倒れ込んだ。


「待ちなさいよ! 真柴。小林。きゃっ」


 その時、本村も準備室から出てきた。僕たちの名前を呼び捨てで呼んだ直後、本村もその場で派手につまずいた。どうやら、準備室に置かれていた物に引っ掛かったようだ。


 僕たちは二人を無視して、校長室へと急いだ。これでやっと、あいつらから解放される。そう思うと、先の展望はとても明るかった。

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