第14話 報道部

 ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。それと同時に、本村が憂鬱そうに教材を抱えて教室に入ってくる。


「おはようございます。今日はお知らせが二つあるわ」


 本村の声を聞いて、ゴールデンウィークが明けたことを再認識した。僕も一気に気分が憂鬱になる。


 するとその時、本村が抱えていた教材をドンと教卓の上に置いた。


「まず一つ目。私たち一組の吉田君と池上君についてです」


 本村が人差し指を立てた。吉田君と池上君は、学園祭で誤ってスープを飲んでしまった子たちだ。


「二人とも、他の高校へ転校することになりました」


 本村が言い終えると、教室がし始めた。騒ぐのも無理はない。これで僕たち一組の生徒は、四人いなくなったのだから。


「静かにしなさい! まだお話は終わってないわよ!」


 本村が目を細めて大きな声で言う。すると皆が黙り、教室が一気に静まり返った。


「二つ目。三組の吉永佳代さんについてです。彼女も事情により、転校することになりました」


 今度は皆静かにしていたが、内心驚いたはずだ。僕も表には出さなかったが、とてもびっくりした。

 

 吉永佳代は将太の元カノだ。彼女にも何かあったのか? 僕はとても気になった。


 それに今思えば、僕と吉永佳代は、クラスが一緒になったことがない。だからあまり話したこともなかった。もう少し話をしておけばよかったと、僕は今更ながら後悔した。


「お知らせは以上です。じゃあ一限の準備をしておきなさい」


 本村が言い終えると、皆が静かに一限の用意を始めた。僕もモヤモヤした気分を抱えたまま、教材をかばんから出した。


        *


「こんなに転校する奴がおるとか、この学校終わっとるよな」


 昼休みになり、お弁当を食べた後、僕は真柴君と話をしていた。真柴君の席は、窓際の左後ろの席だ。僕が自分の席から椅子を持っていって、いつものように向かい合って座っていた。


「まあ。そうやね。でも僕は吉永さんが転校したっていうのが一番驚いたかな」


「吉永佳代って、確か藤崎の元カノじゃ?」


「そうよ」


 真柴君が驚いた顔をした。


「あれもこれも、全て本村と影山親子のせいやな」


 真柴君が空の弁当箱を片付けながら言った。そこで僕は、自分なりの考えを真柴君に言ってみようと思った。


「ねえ真柴君。あの三人には僕も腹が立っとる。やけど三人まとめては無理やと思うんよね。やけん僕は、初めに本村からどうにかしていきたいと思っとるんよ」


 僕なりの考えを言うと、真柴君は最初驚いたような顔をした。だがその後、すぐに目を細めて笑った。


「俺はずっと、お前が腹を立ててないものと思っとった。だが今のを聞いて安心したぜ。小林、お前はもっと怒っていいぞ。もっと怒るべきや。こんな理不尽なこと、俺ならあいつらを歩けんなるくらいボコボコにしとるやろうな」


「ああ。僕はもう怒っとるよ。ゴールデンウィークの間に色々考えて、やっぱり怒りが沸々と湧いてきた。こんな理不尽なこと、許されていいわけがない。それにこのままじゃ将太が報われん。真柴君、本村から手を下すいい方法はない?」


 僕はあまり人に感情を表現するのが得意ではない。体が火照るのを感じながら、真柴君に言った。すると真柴君は小さく頷いた。


「あるで」


「ある? どんなこと」


 僕が少しだけ体を乗り出すと、真柴君が声のトーンを若干下げた。


「本村は確か報道部の顧問やったやろ? 今は誰も部員がおらんくて休部になっとるはず。そこに俺たち二人が入る。本村と近くなれば、それなりにトラブルも起きるはずや。それを利用するんや」


「でも本村って、結構何考えとるか分からんくない? それで上手くいくんかな?」


 僕が不安になり真柴君に聞くと、真柴君が人差し指を立てた。


「確かに本村は、何を考えとるか分からん。やけど一つだけボロが出やすいところがある。それはヒステリックな一面や。感情を逆撫ですれば、気持ちが抑えきれずに何かやらかすはず。まあ入ってみてからの状況にもよるけどな。どうや小林?」


「なるほど。本村のヒステリックな一面を利用するんか。僕もその考えいいと思う。それに僕自身ずっと帰宅部で、卒業するまでには何か部活がしたいって思いよったし、そういう面でもいいと思う」


 僕が頷きながら言うと、真柴君は嬉しそうに笑った。


「じゃあそれで決定な。俺も一年生のとき色々あってサッカー部辞めたけん、久しぶりの部活やわ。とにかく楽しみながら、本村を成敗してスカッとしようぜ」


「オッケー! ナイスアイディアをありがとう。真柴君」


「大丈夫。こんなのお安い御用や!」


 真柴君が言うと、昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。


「そういえば今日影山っておるん?」


「え? 信夫?」


 真柴君の言葉で僕は信夫がいる席を見た。信夫は一人で静かに本を読んでいる。真柴君に言われるまで、僕も信夫の存在に全く気付かなかった。


「あそこにおるよ」


「何だおるやん。影薄いけんてっきり休んどんかと思った」


「ちょっと真柴君」


「大丈夫。教室騒がしいし、この距離やったら聞こえんって」


 僕は再び信夫の方を見た。母親が逮捕されて、後ろめたい気持ちがあるのだろうか? 信夫はいつも以上に気配を消して、静かに本を読んでいるように見えた。


        *


「え? 二人とも報道部に入りたいの?」


 放課後、僕と真柴君は職員室にいる本村を訪ねた。


「はい。僕と小林の二人で、報道部に入って活動してみたくなりました」


 真柴君が本村に元気な声で言う。本村は最初目を見開いていたが、後に安堵したような笑みを浮かべた。


「良かったわ。これで部員数が三人になるわ」


「三人ですか?」


 現在報道部は、誰も部員がいないはずだ。僕はもう一人が誰なのか気になり、本村に聞いた。


「そう。三人よ。影山君もちょうど入りたいって、今日の朝言いに来てくれてね」


 僕と真柴君は思わず目を合わせた。予想外の出来事だ。だが上手くやれば、信夫もまとめて手を下せるのではないかと思った。


「分かりました。本村先生と僕たち三人で、頑張って活動していきたいです」


「本当? 楽しみね。二人の分の入部届も持ってくるから、ちょっと待っててね」


 僕が言うと、本村は機嫌良さそうに職員室の中へ入っていった。


「予想外やったな」


「うん。でもこれは何かのチャンスやと思う。咄嗟に答えてしまったけど、真柴君はこれで大丈夫やった?」


「大丈夫や。害悪な信夫も、後々にはどうにかせんといかんけんな。俺は大丈夫やで」


 真柴君が了承してくれて僕はホッとした。すると丁度、本村が入部届の紙を二枚持って職員室から出てきた。


「お待たせ。これ二人分ね。書いたら私に提出してもらったので大丈夫だから」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます」


 真柴君が本村から入部届を受け取った後、僕も続いてそれを受け取った。


「来週持ってきてほしい物を言うわね。筆記用具、カラーペン、ガムテープ、それからを持ってきて。場所は二階の空き教室ね。準備した道具は、早めに空き教室のロッカーに入れておいて」


 本村が淡々と重要なことを言い始めた。真柴君がサッとメモ帳を出したので、僕も慌ててポケットから付箋を出す。


「分かりました」


 真柴君が返事をした後、僕も本村の目を見て頷いた。


「じゃあ、来週よろしくね」


 本村が言い終えて、サッと職員室の中へ入っていく。職員室の扉の閉まる音が、静かな廊下に響き渡った。


「一先ず良かったな小林。早速入部届を書いて、来週の道具も揃えるか」


「そうやね。ありがとう真柴君」


「これからが勝負だ。頑張ろうな」


「うん。頑張ろう」


 僕たちは入部届を持って、自分たちの教室へ向かった。これで先が見えてきた。後は計画を実行するのみだ。それに予想外だったが、信夫も入ってくる。本村と信夫をまとめて学校から追い出し、影山京子にも上手くばちが当たる絶好の機会になることを、僕は祈った。


        *


 早くも一週間が経過して、報道部の最初の活動日になった。放課後になり、僕と真柴君は荷物を持って空き教室へ向かった。


 空き教室に入ると、信夫が既に真ん中の方の席に座っていた。人相の悪い顔で僕たちを睨みつけてくる。


「何でお前たち二人が入ってくるわけ? マジで意味が分からん」


「は? 意味が分からんのは俺たちの方やけど。何? 嫌なら今すぐ出ていけば?」


 信夫が皮肉を込めて僕たちに言った。それに真柴君が喧嘩腰で対抗する。


「ハハッ。やっぱお前ら似た者同士やな」


「何やと?」


「真柴君」


 信夫が奇妙な笑みを浮かべた。まるで何かが取りいているかのようだ。それに対して真柴君も腹を立てたようだが、ここで争っても無駄だ。僕は興奮気味の真柴君を落ち着かせた。


 それから僕たちは、信夫を相手にせずに離れた所に座った。奥の窓際に近い席だ。信夫は相変わらず凄い形相で睨んでくるが、話しかけてこなくなった。


「三人とも揃ったわね」


 僕たちが座ってすぐ、本村も空き教室に入ってきた。大きな紙と、筆記用具などが入ったかごを持っている。


「じゃあ、真ん中の方の机と椅子を向かい合うように合わせて」


 本村が指示すると、信夫がサッと立ち上がり、自分が座っていた机と椅子を横に向け始めた。僕たちも信夫の隣の席を、向かい合うように合わせる。


「さすが。影山君は行動が早いわね」


「ありがとうございます」


 本村が信夫に笑いかけた。また依怙贔屓えこひいきが目の前で始まった。信夫も嬉しそうに本村に笑いかけている。


「じゃあ。座って」


 僕がムッとする間もなく、本村は僕たちに座るよう指示した。向かい合わせになった席が二組ある中、信夫が教卓に近い席に座った。その向かい側に真柴君が座る。真柴君の隣に、僕も椅子を引いて腰を下ろした。


「じゃあ早速だけど、報道部について説明していくわね」


 教卓の後ろに椅子を置いて座っていた本村が、ゆっくりと立ち上がった。


「報道部は名前の通り、学校で起きた出来事を昼休みに放送したり、新聞を作成したりする部活動よ。過去には全国大会で放送の腕前を競ったり、新聞はコンクールに応募したりしたわ。顧問は報道部が始まって以来、ずっとこの私が担当してます。基本休部前と同じスタイルでやっていくつもりよ。ざっとこんな感じね。何か質問はない?」


「先生」


 僕たちの前にいる信夫がサッと手を挙げた。


「何? 影山君」


「放送の全国大会や、新聞のコンクールで賞を取った場合、受験の内申に反映されますか?」


 信夫が低い声で本村に聞いた。すると本村はにっこりと笑った。


「さすが影山君。とても熱心ね。大丈夫よ。放送でも新聞でも、ちゃんと賞を取ったら内申書に書くことができるわ。頑張って活動していきましょうね」


「分かりました。ありがとうございます」


 信夫が満足そうな顔をしている。その顔を見て、僕は信夫が報道部に入った目的が分かった。来年の大学受験で利用するためだ。それに本村は、信夫のことをかなり贔屓している。信夫にとって報道部は、とても美味しい部活動なのだろう。


「じゃあ早速だけど、この前準備してと伝えておいた道具を、後ろのロッカーから取ってきて」


 その時、信夫が僕と真柴君を交互に見て、僅かに笑みを浮かべた。その瞬間、僕はとても嫌な予感がした。


 真柴君の方を見た。真柴君は平然とした顔をしている。その様子を見て一瞬安心したが、やはり嫌な予感は拭えなかった。


 恐る恐るロッカーの扉を開けた。入れておいたはずの道具が全て無くなっている。嫌な予感は的中したようだ。ロッカーの中は空っぽだった。


 隣の真柴君のロッカーも見た。真柴君のロッカーも空だ。信夫だけが道具を取って、自分の席へ帰っていく。


「小林君と真柴君どうしたの?」


 本村が細い目をさらに細める。戻って席に座った信夫が、また僅かに笑みを浮かべた。信夫の仕業だ。僕たちはまた信夫にやられてしまった。


「揃えていたはずの道具が無いです」


「は?」


 真柴君が平然とした顔で答える。どうやら真柴君は分かっていたようだ。それに対して本村は大声を張り上げた。


「だから、揃えていたはずの物が無いと言ってるんですよ」


「ふざけるのもいい加減にしなさい!」


 本村が教卓を強く叩いた。僕はビクッとしたが、真柴君は全く動揺していない。


「自分の物も管理できないってどういうこと? もういい。あんた達二人とも、今日は帰りなさい!」


「分かりました。帰ります」


 真柴君が平然とした面持ちで答える。そして荷物を持ち、教室を出ようとし始めた。僕も慌てて荷物をまとめ、真柴君と教室を出た。


「真柴君」


「俺の予想しとった通りや」


 真柴君がニヤッと笑った。


「次の部活は再来週やけど、次回からどうするん?」


 僕が恐る恐る聞くと、真柴君の目が一気に冷酷になった。


「小林。次で本村は完全に潰すぞ」


 真柴君が吐き捨てるように言い放った。恐怖と不安が、僕の中で素早く駆け巡る。だがそれと裏腹に、ある程度の覚悟を固めた自分もいた。

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