第13話 家族会議
ゴールデンウィーク最終日。僕と時さんは、別子の別荘から家に戻ってきた。外は既に暗くなっている。
「ただいま」
「ただいま帰りました。吉美さん」
「おかえりなさい。広樹。時さん」
玄関に母さんが出迎えてくれた。どうやら今日は、早く仕事が終わっていたようだ。
「じゃあ無事に帰ってこれましたので、私はこれで失礼します」
「お疲れ様です。時さん」
「ありがとう時さん」
「また明日ね。コウ君」
時さんは、母さんに帰ってきたことを伝えてそのまま家に帰っていった。僕も荷物を持ち、自分の部屋へ向かう。
「荷物持てる?」
「大丈夫だよ」
母さんが手伝ってくれそうな雰囲気だったが、僕は荷物を全て自分で持って、部屋へ向かった。
*
自分の部屋に入ると、僕はすぐにビデオカメラを取り出した。そして部屋の扉の右横にある小物入れを開ける。長宮さんが予言してくれた日にちまで、絶対に手元から離すわけにはいかない。僕は奥に入れた後、小物入れの扉をしっかりと閉めた。
「広樹。開けるわよ」
「はい」
小物入れの扉を閉めて立ち上がろうとした時、部屋の外から母さんの声がした。扉がゆっくりと開き、母さんが若干不安そうな顔で入ってくる。
「広樹、父さんからお話があるって。ダイニングルームに居るわ」
「え? 今日父さん居るの?」
「そうよ。珍しくね」
「分かった。行くよ」
いつも仕事で家にいない父さんが、今日は珍しく居るようだ。それにしても何の話だろうか? 頑固な父さんと話をするのは憂鬱だったが、仕方なく母さんの後ろを付いてダイニングルームへ向かった。
*
「座りなさい」
ダイニングルームへ行くと、父さんがキッチンの向かいの席に座っていた。父さんの定位置の席だ。腕組みをして、若干顔をしかめている。父さんの頑固な一面が全面に出ていた。
「話って何?」
僕も定位置である父さんの真ん前の席に座った。父さんの左横に、母さんも静かに椅子を引いて座る。
「話すことが二つある」
「二つ?」
父さんが喋るたびに頑固そうな口髭が動く。僕は何のことかすぐに分かった。恐らく学校と日光屋のことだ。
「まずお前の学校についてだ」
僕の予想通りだ。一つ目として、父さんは僕の学校のことを話に持ち出してきた。
「お前の学校は、最近次から次へと事件が起きとる。週刊誌に報道されとるぐらいや。広樹、友達がいて名残惜しい気持ちも分かるが、学校を転校しなさい」
「え? 転校?」
僕はやや反抗的に父さんに聞き返した。証拠も手に入り、長宮さんからも予言してもらったばかりだ。ここで絶対諦めるわけにはいかない。
「父さん。僕は転校する気ないよ。大丈夫やけん。PTA会長も逮捕されとるし、その内息子も逮捕されるよ」
「いやだめだ。父さんはお前の通う学校を信用しとらん。仮にPTA会長の息子が逮捕されたとしてもだ。父さんは今回の対応で、あの学校を見限った」
父さんが緩くなった腕組みをキツく組み直す。どのように説得するか、僕は考えを巡らせた。
「そうよ。父さんの言う通り、母さんも転校した方が良いと思うわ。あの学校にいたら危険よ」
母さんも父さんの隣で心配そうに僕を見てくる。だが復讐を成し遂げるという僕の計画が歪められるのは、どうしても嫌だった。
だがここで意地を張っても、無駄に時間が流れていくだけだ。僕は一旦すんなり折れる方が良いのではと思った。
「分かった。ちょっと考えてみるよ。学校には友達がおるし、新しい環境としっかり向き合えるかしばらく考えさせてよ」
「やっぱり、私も少し時間が必要やと思うわ。あなた、広樹に考える時間くらい与えてあげてもいいんやない?」
母さんが父さんに言うと、父さんも納得したように頷いた。
「分かった。しばらく時間をやる。お前なりの結論をしっかり考えて出せ」
「ありがとう父さん」
父さんが珍しく首を縦に振った。やはり頑固な人には、一度こちらが折れてみることも重要なのだと思った。
「それじゃあ二つ目の話や」
父さんが二つ目の話に入った。
「日光屋のことだ。松山本店も今治店も業績が好ましくない。赤字が続いとる。やけど安心しろ。次の対策を考えとる。お前は心配してくれとるみたいやが、こちらも十分に努力していくけん大丈夫や」
二つ目の話は、やはり日光屋だった。父さんは「安心しろ」と言っている。だが僕は、その言葉を信じることはできなかった。
「具体的にどういう策なん?」
「それはな、小型店を増やしたり、オンラインショップを強化したりや。その他にも色々と対策は考えとる」
「そんなことをして根本的なことは解決できるん? この愛媛っていう都心より遥かに小さな町で地域三番店だよ?」
「広樹」
母さんが眉をひそめて僕の名前を呼ぶ。僕の前にいる父さんの顔が、だんだんと険しくなっていった。
だがこれは死活問題だ。家族の一員である僕にも、多大な影響が及ぶ。そのため僕は、続けて父さんに言った。
「これ以上赤字が続いたら本当に存続の危機やろ? それに県外では百貨店を止めて、ショッピングセンター化したところだってあるやん。いつまでも過去の栄光にこだわるのはいい加減やめたら?」
「広樹!」
僕が強めの口調で言っていると、堪忍袋の緒が切れたのか、父さんが大きな声で僕の名前を呼んだ。
「お前は何も分かっとらんな。業態転換をしたら、店内にいる従業員はリストラされてしまうんやぞ。中の人たちが日々どんな思いで仕事をしよるか、お前は一度でも考えたことがあるか!?」
前回言った時も、僕は同じように父さんに怒られた。だが今回は少し違う。父さんは少しだけ目に涙を浮かべているように見えた。
僕は父さんが言った通りに、どんな思いで中の人たちが仕事をしているのかを考えてみた。食料品売り場の人。化粧品売り場の人。婦人服売り場の人。紳士服売り場の人。色々な人の顔が浮かんでは消えた。浮かんだ人たちはみんな笑顔だった。
僕は何もできない立場にもかかわらず、軽はずみな発言をしてしまったようだ。申し訳ない気持ちになり、僕は真っ直ぐに父さんの方を見た。
「父さん、軽はずみなことを言ってしまってごめん。従業員さんが、日々日光屋を支えてくれよんよね……」
僕は言い終えた後、下を向いた。軽はずみな自分の言動に恥ずかしさが湧いてきた。
これは感情論なのかもしれない。だが父さんは、ただ頑固なだけでなく、従業員一人ひとりのことを思いやって言っていたのだとその時気づいた。
「分かってくれればいいんや。広樹、これは本当に難しい問題なんや。仮にショッピングセンター化して、安定した賃料収入が得られたとしても、上手くいかん場合がある。入ってもらったテナントが、思い通りの売り上げを出せなければ、違約金を払って出て行ってしまうこともあるんや」
「そうなんや。本当に大変なんやね。少しでも早く業績が回復することを祈っとるよ」
「あー。日光屋の事は父さんに任せとけ。やけんお前は、自分の学校生活の心配だけをしていろ」
「分かった」
僕は真っ直ぐ前を向いて返事をした。すると父さんも、納得したように頷いてくれた。
僕は自分のこと以外何もできない立場だ。そのため少しでも早く、日光屋の業績が回復することを祈った。
*
少しだけ沈黙が続いた。その時僕は、真柴君のことを話してみようと思った。
「そういえばね、新しい友達ができたんよ」
「広樹本当!? どんな子なの?」
僕が言うと、母さんが嬉しそうに目を見開いた。
「ほら、花星の子だよ。真柴君っていう子」
「あー。そういえば同じクラスやったよね。あなた、これも何かの縁よ」
「そうやな。また何か進展があればいいが……」
母さんが嬉しそうに父さんの方を見た。父さんも腕組みをしたまま少しだけ笑みを浮かべている。父さんと母さんが嬉しそうにするのには理由があった。
花星と日光屋は、かつて業務提携を結んでいた。花星が大円と経営統合をする前の話だ。当時花星は、百貨店の中でも勝ち組だった。そんな花星と手を組んでいた日光屋は、花星独自の情報システムの導入を行っていた。
ところが地方店では、花星のやり方にあまり効果が見られず、日光屋と花星は業務提携を解消した。その一連の流れは、僅か二年という短い間での出来事だった。
そんな日光屋と関係のあった大円花星は、現在最大手で、日本一の売上高を誇っている。もし何か進展があれば、最大手の系列に入ることができ、ライバルの上松堂とも日光屋花星として再び戦える可能性がある。それで父さんと母さんは喜んでいるのだと僕は思った。
「それに、あの子なら上手く影山の息子とも
「そうだよ。僕はとても心強いよ」
「あー良かったわ。何だか希望が見えてきたわ」
母さんが胸に手を当てて喜んでいる。隣の父さんも珍しく明るい表情を浮かべていた。
「まあ。これも何かの縁だ。広樹、もう少しだけ学校は続けてみなさい。もちろん広樹が辞めたかったら、またいつでも父さんと母さんに相談するんや。良いな」
「分かった。父さんありがとう」
「さあ。話はこんなもんだ。一先ず希望が見えてきて、父さんも安心した。親と息子、それぞれでがんばろうな」
「うん。頑張ろう! じゃあ僕は部屋に戻るね」
「明日から学校よね。時間割をして、今日は早めに寝なさい」
「分かったよ。母さん」
座っていた椅子から立ち上がる。真柴君の話をしてみて良かった。父さんが、学校を続けても良いと言ってくれたからだ。
一先ず安心した。僕は椅子を入れて、そのまま自分の部屋へと戻っていった。
*
部屋に戻って、学校のリュックサックを取り出した。僅かに付いていた埃を手で払う。
明日からまた本村と信夫に会うことになる。そして影山京子が、警察署から出てくる可能性があると長宮さんが言っていた。
これから大変な時が、一度か二度はやってくるはずだ。僕は深呼吸をして、明日の教材をリュックサックの中へ入れていった。
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