第11話 再会の時
翌日。僕と時さんは、高速道路で別子の別荘へ向かおうとしていた。燃えるような朝日が、車内を照らす。
「シートベルトはしっかり締めたね」
「うん。大丈夫」
助手席に乗っている僕は、シートベルトに緩みがないかを確認した。時さんがスピードを上げ始める。右ウインカーを点滅させ、上手く本線と合流した。
「時さん。西条インターを降りたら、どっかコンビニに寄ってほしい」
「何か買うの?」
時さんがハンドルを握り、前を向いたまま僕に聞いてきた。
「週刊誌を買おうと思って」
「分かったわ。通り過ぎたらいけないから、看板が見えたら言ってね」
「分かった」
僕はコンビニで、五月号の週刊誌を買おうと思った。スープの事件で、マスコミが連日騒いでおり、僕はどうしても週刊誌の内容が気になっていたのだ。
ふと左側に視線を向ける。道路の左側から町が見えた。僕は移り変わる景色をボーっと見つめた。
すると不意に、影山京子が逮捕された時のニュースを思い出した。それと同時に、僕は忘れてはいけないことを思い出した。
影山京子は、別子村の占い師と、池野さん親子を監禁したことで逮捕された。池野さん親子は、もしかしたらその占い師のところにいるかもしれない。会うとするなら、別荘にいる間がチャンスだ。
それに警察に提出していなければ、池野さんが証拠のビデオカメラを持っている可能性がある。大事なことを思い出し、僕は胸を撫でおろした。思い出したのが帰りだったら、せっかくのチャンスを台無しにするところだった。
「コウ君ボーっとしてどうしたの?」
時さんが話しかけてきて、僕は我に返った。
「時さん。別子山の占い師がいる場所、どこか知っとる?」
「あー。あの長宮春花っていう占い師でしょ? 知っているわよ。私たちの別荘よりもう少し奥に行ったところにいるわ。それがどうしたの?」
「ほら。この前のニュースで、僕の学校のPTA会長が逮捕されたやろ? 別子山の占い師と、池野さん親子を監禁した疑いで」
僕の言葉に、時さんは前を向いたまま少しだけ目を見開いた。
「そう言えばそうだったわね。そしたら池野さん親子も、その占い師の所にいるかもしれないわね」
「そう。やけん時さん、今日か明日乗せていってくれん?」
僕は当然車の運転ができない。僕は時さんが、首を縦に振ることを祈りながら言った。
「今日のお昼過ぎから行ってみる?」
「行く! よろしく時さん」
「分かったわ」
時さんが連れていってくれると言って、僕は安堵した。一先ずこれで、一歩前進することができそうだ。
するとその時、高速道路に乗ってから最初のトンネルに入った。周りが薄暗くなり、車内に独特な風の音が響き渡る。
これで池野さんと再会できる可能性が見えてきた。しばらく会っていない池野さんはどうなっているのだろうか? 僕は期待と緊張が入り混じった気持ちを抱え、トンネルの出口の方を見た。
*
西条インターを降りて、一般道を走っていると、左側にコンビニが見えてきた。
「時さんお願い」
「分かったわ」
時さんが左ウインカーを点滅させる。そしてそのまま、入り口に一番近い場所へ車を止めた。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
扉を開けた瞬間、熱気が僕を包み込んできた。空からは太陽が容赦なく照らしつけてくる。僕は急いでコンビニの中へと入っていった。
「いらっしゃいませ」
やる気のない店員の声が聞こえてきた。僕は入って左側の雑誌コーナーへと向かう。数多く並べられている雑誌の中に、‘‘愛媛県で起きた学園祭毒入りスープ事件”と書かれたものがあった。
僕は迷うことなくそれを取って、レジへと向かった。
「六百八十円です」
先ほどの無愛想な男の店員が、バーコードをかざすと同時に値段を読み上げる。僕は丁度の金額をトレーの上に置いた。そしてシールを貼ってもらった雑誌を、店員から受け取る。
「ありがとうございました」
店員の声を聞きながら、僕は外に出た。再び燃えるような暑さが僕を襲ってくる。車のドアを開け、そのまま急いで乗り込んだ。
「雑誌買えた?」
「お待たせ。大丈夫。買えたよ」
僕は時さんに雑誌の表紙を見せながら、シートベルトを締めた。時さんがチラッと雑誌を見て、車をバックさせ始める。
「あまり真に受けなくていいのよ。雑誌に書いていることは、嘘のことと本当のことがあるからね」
「分かっとるよ」
再び雑誌の表紙に目を向ける。僕は別荘で、中身をじっくり読んでいこうと思った。どんな内容が書かれているのかを考えると、僅かな緊張を覚えた。
*
山道に差し掛かってしばらくすると、右側にメイントピア別子が見えてきた。ここは別子山メインの観光地だ。銅山へ続く汽車、最上階にある温泉、一階のお土産売り場。観光客に人気のゾーンが、一つに集まっている場所だ。ここを通れば、僕たちの別荘までもう少しだ。
「ほら。見えてきたわよ」
通りの左側に、僕たちの別荘が見えてきた。
「ありがとう時さん。運転お疲れ様!」
「いえいえ。このくらいお安い御用よ」
時さんが、前を向いたまま目を細めて微笑んだ。そして車をバックギアに入れる。ツル植物で覆われた屋根の下に、時さんは車を丁寧に入れた。
「ありがとう時さん」
「うん。気を付けて降りてね」
「分かった」
雑誌を右手に持ったまま、車のドアをゆっくり開けた。山の匂いがする。そして先程の灼熱地獄が、嘘だったかのように涼しい。
車を降りて、時さんと玄関の方へ向かった。滅多に使わない二階建ての別荘だが、業者に頼んでメンテナンスはしているため、古びている所はなかった。
時さんが鍵を回し、扉を開ける。別荘独特の匂いが鼻をツンと突いた。中は涼しくもなければ、暑くもなかった。
「空気が籠っているから、一階の窓を開けて新鮮な空気を入れましょ。エアコンはこの前業者に頼んで掃除はしてあるみたいだから、つけても大丈夫よ」
「分かった。僕はリビングの窓開けるけん」
「お願いね」
時さんがキッチンの方へ歩いていった。僕はリビングの扉を開け、中に入る。
リビングもかなり空気が籠っていた。ソファの隣の窓を半分開け、網戸をしっかりと閉める。すると山の涼しい風が、スーッと部屋に入ってきた。
僕はソファに座り、先ほど買った雑誌を開いた。学園祭毒入りスープ事件は、ちょうど真ん中の方のページに載っていた。
見出しの下に、小さな写真が添えられている。僕と時さんが、家の中へ入ろうとしている写真だ。この前撮られたものに間違いなかった。
続いて見出しの方に目を向けた。見出しに、学園祭毒入りスープ事件の犯人は、その学校に通うデパートの息子か、PTA会長のどちらかではないかという内容が書かれていた。僕の体に緊張が走り始める。
僕は手に汗を握ったまま、文章を読み進めていった。
——逮捕されたPTA会長。他で起きている事件や事故との関連性は?
小見出しにはこう書かれていた。続く記事に目を通す。
スープの事件は、影山家とデパートの息子、つまり僕を疑っている人で二極化が進んでいる。このような内容がメインで長々と書かれていた。昨日真柴君から、クラスの中で二極化が広がっていると聞いたときにも恐怖を覚えたが、この雑誌を見る限り、世間が注目している。僕はゾッとして僅かに手が震えた。
これ以上読み進めることができなくなり、僕は雑誌を閉じた。そしてテレビの下の棚へ、閉じた雑誌を強引に押し込む。押し込んだ後、ソファにもたれて深呼吸をした。
常にマスコミに見張られている芸能人は、もっと大変なのだろう。それを思うと恐ろしくて気が気ではなかった。
だが私生活を見張られていないだけ、マシなのかもしれない。それを思うと少しだけ、気持ちが軽くなった。
*
お昼を食べ終わり、遂に占い師の長宮春花の所へ行くことになった。僕と時さんは、車に乗り込みシートベルトを締める。
車の中はやはり暑い。太陽がツル植物の隙間から当たっていたため、熱が籠り灼熱地獄になっていた。
「左に向いて出るわね。途中カーブも激しいから、もし気分が悪くなったら言ってね」
「分かった。時さん。お願いします」
「うん。じゃあ行くわよ」
ここから先の道は、かなりカーブがキツい。滅多に酔わない僕でも、気持ち悪くなることがあるのだ。僕は意識して、外を見るようにしようと思った。
時さんがエンジンをかける。直後、エアコンの生暖かい風が僕を直撃した。
「今行けるわね」
時さんが左指示器を出しながら、左右を確認する。そしてそのまま、左の方へ向かって出た。
「時さん。長宮春花ってどんな感じの人?」
緊張してきた僕は、長宮春花がどんな雰囲気の人か気になってきた。
「そうね。私も会ったことないけど、写真で見ると優しい雰囲気の人だったわ」
時さんがハンドルを握り、前を向いたまま僕に言った。
「そうなんや。話もしやすい人やったらいいな」
「きっと大丈夫よ。彼女もPTA会長に監禁されて、大変な目に遭ったはずよ。だからこれまでのことを、色々お話ししてくれると思うわ」
時さんの言う通り、長宮さんも大変な目に遭ったはずだ。僕は山の景色を見ながら、小さなため息をついた。
「長宮さんも大変やったやろうな。本当、人に平気であんな事をして、あの親子はどうなるんやろう?」
もうしばらくすると、影山京子の起訴不起訴が明らかになるはずだ。彼女にどんな罰が下るのか? 因果応報を目の当たりにしたい僕は、結果が明らかになる日を正直楽しみにしていた。
「きっと自分が犯した罪と、同じくらいの罰を受けると思うわ。心配しなくても大丈夫よ」
「そうなってほしいな。でもまだ不安なことがあるんよ」
「何?」
時さんが軽快にハンドルを切りながら、こちらをチラッと見てきた。
「学校にはまだPTA会長の息子がおるんよ」
影山京子が終わっても、学校には信夫がいる。昨日は休んでいたが、母親が逮捕された腹いせに、また何かするのではないかと不安だった。
「長宮さんを味方につければいいと思うわ。こういう時は、一人でも味方が多い方が有利よ」
「確かにそうやね。味方がおらんと一人じゃ戦えんもんね」
「そうよ」
長宮さんに真柴君。時さんの言う通り、味方は多ければ多いほど有利になるはずだ。僕は繰り返されるカーブに揺られながら、長宮さんとしっかり話ができるよう心の準備をした。
*
十五分くらい経っただろうか? 案の定カーブは繰り返される。右のカーブが終わり、左のカーブに差し掛かったその時だった。
「あれよ。あそこが長宮さんのいる占いの館よ」
左手に大きな洋館が見えた。まだ新しい感じの建物だ。太陽が窓に反射している。僕は眩しさに目を細めながら見入った。
「あそこが駐車場みたいね」
建物の右隣に芝生の駐車場があった。車は一台も止まっていない。時さんが左の指示器を出し、入り口に一番近い場所へ前から車を止めた。
「じゃあ行ってみましょ。きっと長宮さんは中にいるわ」
「ありがとう時さん。行こう!」
シートベルトを外し、車の扉を開ける。そしてそのまま、ゆっくりと車から降りた。
洋館の方を見た。独特なオーラを洋館から感じる。明るく、嫌な感じが全くしない。安心感を与えてくれるような雰囲気だ。
それにほぼ夏にもかかわらず、気候はまるで春のようだ。標高が高いのも影響しているのか、風がとても心地よく、不快に感じない。自然に恵まれている場所だ。僕は癒される感覚を覚えながら、時さんと正面入り口へ歩いていった。
正面入り口が見えてきた。入り口はお洒落な鉄の門で閉ざされている。そしてその隣には、“長宮春花の占いの館”と書かれた表札があった。時さんが迷わず、その下にあるインターフォンを鳴らす。
するとすぐに、中からメイドの格好をした若い女性が出てきた。この人が長宮さんだろうか? 僕は思わず姿勢を正した。
「こんにちは。ご予約の方でしょうか?」
女性は明るい声で近づいてくると、鉄の門を開けた。笑顔がとても素敵で、優しい雰囲気の人だ。
「こんにちは。突然すみません。長宮さんにお会いしたくて参りました。この子は池野さんの同級生の小林広樹といいます。そして私は、この子の家で家政婦をしております。米山時絵といいます」
時さんが僕と時さん自身を軽く紹介した。すると女性は、目をキラキラと輝かせた。
「まあ。小林君と家政婦さんですね。お話は聞いておりました。私は占いの館で家政婦をしております。千代です。よろしくお願いします。さあどうぞお入りください。長宮も池野さん親子も中にいますよ」
「ありがとうございます。失礼します」
「お邪魔します」
やはり池野さん親子は中にいるようだ。千代さんが玄関へと僕たちを先導してくれた。僕は時さんの後ろを、ゆっくりとついていく。
庭の芝生は綺麗に手入れされており、木も形が整っている。花壇に植えられているアジサイも、青々としていた。
「春花様。お客様です。美由紀さんと陽菜ちゃんも出てきてください」
「はーい」
玄関で千代さんが呼びかけると、中から女性の声がした。そして池野さん親子も間もなく出てくる。
初対面の長宮さんに、しばらく会っていなかった池野さん。僕は期待と緊張が入り交じった心境で、三人が出てくるのを待った。
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