第2話 企画長
一週間経ち、また土曜日がきた。目覚まし時計が部屋に鳴り響く。僕はゆっくりとベッドから降りた。
扉を開けて、自分の部屋を出る。そして階段を降りて、ダイニングルームへ向かった。
ダイニングルームでは、父さんと母さんが朝ご飯を食べていた。今日は遅めの出勤なのだろう。時さんはキッチンで目玉焼きを作っている。
「おはよう」
僕は目をこすりながら入っていった。
「おはようコウ君」
台所に立っていた時さんが、にこっとした。
「おはよう広樹」
母さんも笑顔で僕に挨拶してくれた。父さんだけが僕を睨みつけてくる。
「土曜日やからって、ギリギリまで寝るんやない」
僕はその言葉にカチンときた。だがそれを表に出さずに、椅子に座りながら父さんに聞いてやった。
「どうなん? 最近の日光屋は」
「松山本店も今治店も赤字」
父さんがぶっきらぼうに言った。日光屋は、今治にも大型店を持っている。松山本店が赤字なのだから、今治店が赤字なのは言うまでもないことだ。
「せめて
愛媛県の地域二番店は、国内最大手、
「お前はいらんことを言わずに、自分のことに集中しろ」
父さんの機嫌が悪くなってきた。時さんが、僕の分のパンと目玉焼きをお皿に乗せながら、チラチラと父さんを見ている。隣に座っている母さんも、おどおどしながら僕に言った。
「広樹。あんたは簡単に言えるかもしれんけど、実際はそうやないの。それを分かってちょうだい」
母さんが父さんをフォローしているみたいだ。だが僕は、何も気にせずに続けて言った。
「もし日光屋が潰れたら僕にも影響するんよ。余計なことなんかやない」
その時、時さんが僕の分の目玉焼きと食パンを持ってきてくれた。
「ごちそうさま」
父さんが僕の言うことを無視して、機嫌悪そうにダイニングルームを出ていく。朝から僕の気分は最悪だ。
父さんが出ていった直後、母さんが無言で僕に首を振ってきた。父さんの機嫌を損なわすなというサインだろう。その後、母さんは時さんの方を見た。
「時さん。父さんの食器片づけて。お願い」
「分かりました。
時さんは、せっせと父さんの食器を片づけた。
「それじゃあ、母さんも仕事に行くけん、広樹も気をつけて行ってらっしゃい」
「うん。行ってくる」
母さんがダイニングルームを出ていった。
「――お父さん、今日は朝から機嫌悪かったね……」
母さんが部屋を出ていった直後、時さんがお皿を片づけながら僕に言った。時さんも父さんの顔色を結構見ている。
「本当にあの頑固親父嫌い」
僕は呆れながら時さんに言った。すると時さんは、にっこりと笑った。
「お父さんもね、お仕事が大変なのよ。だからイライラしているのだと思うよ。何もコウ君のことが嫌いなわけじゃないよ」
「忙しいかもしれんけど、あれは腹が立つ」
僕はパンと目玉焼きを、一気に口の中へ入れた。やけくそな気分だ。
「そんなに慌てて食べたら、喉に詰まるよ」
時さんが、心配そうに眉間に皺を寄せて僕を見る。僕は牛乳でゴクリと流し込んだ。
「ごちそうさま。美味しかった」
「良かったわ。でも次からゆっくり食べるのよ」
「わかったよ」
時さんの所に、空っぽの食器を持っていく。早くしないと学校に遅れるかもしれない。僕は焦る気持ちを抱えて、身支度をスタートさせた。
*
「遅いぞ。寝坊か?」
学校に着いたのは、ホームルーム開始の五分前だった。既にクラスメイトの大半が来ている。僕が遅すぎたのだ。
将太が少し心配した様子で、僕の所に駆け寄って来た。
「ちょっとギリギリまで寝すぎた」
僕はかばんから教科書を出して、机の上に置いた。さっきからあくびが止まらない。
「今日は池野さんに近づけるチャンスやぞ」
将太が小声で僕に言ってきた。何のチャンスなのか、一瞬分からなかった。
「今日の四限目のホームルームで、学園祭の企画長と副企画長を決めるやろう?」
将太の言葉に、僕はハッとした。そう言えばそうだった。今日決める日だったことを、僕はすっかり忘れていた。
「それでお前を企画長に、池野さんを副企画長に推薦してやるけん頑張れ!」
「いや……。でも……」
僕は怖気づいてしまったが、将太はウィンクして自分の席に帰っていった。
*
一限から三限までの授業は終わり、遂に四限目がやってきた。
「では今日は、学園祭の企画長と副企画長を決めていきたいと思います。現在学級委員長をしている人が、企画長もしくは副企画長になっても構いません。じゃあ後は委員長さんに任せるわ」
本村がそう言うと、信夫がスクッと立ち上がった。僕に感じの悪いあいつだ。あいつはクラスの学級委員長をしている。きっと学級委員長になったのも、母親の言いなりなのだろう。
信夫の母親である
「それじゃー決めていきます。立候補する人いませんか?」
信夫が低い声で言って周りを見渡した。誰も手を挙げていない。将太が僕に手を挙げるように促してくる。だが僕は、勇気が全く出なかった。
すると信夫が、後ろにいる本村の方を見た。
「先生。さっき学級代表も、企画長か副企画長になってもいいと言いましたよね? 僕が企画長に立候補してもいいですか?」
「いいですよ。影山君は頑張り屋さんね」
信夫の言葉に僕は唖然とした。本村がにっこりして首を縦に振る。信夫が自分の名前を黒板に書き始めた。
――どんだけ出しゃばりなん。お前
僕は何だかウザくなってきた。同時に信夫がしたいのなら、すればいいとも思った。
「じゃあ次は、推薦で決めたいと思います。紙を渡すので、苗字だけ記入してください」
他に立候補する人がいないため、推薦で決めていくようだ。信夫が皆に紙を渡し始めた。
僕は企画長の欄に将太を、副企画長の欄に池野さんを指名した。自分の名前を上に書くようになっているため、他の人の名前を書かないと推薦にならない。それに要領の良い将太が、一番向いていると思った。
周りの子たちも、せっせと名前を書いている。みんな誰に投票しようとしているのだろうか?
「それじゃあ集めます」
まだ書いている子がいるにもかかわらず、信夫が紙を回収し始めた。縦一列ずつ順番にまわり、次々と集めていく。
「まだ書けとらんって」
まだ書き終えていない子の分も、無視して回収した。どうやら信夫は、早く結果が知りたいようだ。
信夫が全員分の紙をまとめ、集計し始めた。企画長、副企画長は一体誰になるのだろうか? 緊張の瞬間だ。
信夫が、集めた紙に一枚ずつ目を通している。紙をめくる音だけが、静かな教室に響いた。
自分の心臓の音が聞こえてきた。こんなに緊張を覚えたのは久しぶりだ。リラックスするために、僕は軽く深呼吸をした。
大体確認し終えた様子の信夫が、紙をめくる手を止めた。そしてそのまま、ゆっくりと顔を上げる。遂に結果が出たようだ。
「企画長が小林広樹君、副企画長は池野陽菜さんになりました」
僕は自分が選ばれる可能性は低いと思っていたため、とても驚いた。それに副企画長が池野さんになっている。将太の方を見ると、将太は手をグッとして笑っていた。
だがこれで決まった訳ではない。まだ最後に立候補した信夫が残っている。
「多数決で決めます。どちらかに手を挙げてください。小林君が良いと思う人」
するとクラスの全員が手を挙げた。これは驚きだ。全員対ゼロで僕が圧勝した。
「これで終わります」
信夫が、ふてくされたように席へ帰っていく。そんな信夫を見ていると、池野さんと目が合った。目が合うなり、池野さんはにこっと笑った。まるで「よろしく」と言っているみたいだ。僕は照れながら軽く手を挙げた。
「では、来週の四限のホームルームで、具体的なことを決めていきます。小林君と池野さん、よろしくね」
本村が、僕と池野さんを見てにこっとした。
*
放課後になり、僕は将太と帰ることにした。
「良かったな。本当に池野さんと一緒になれたな」
将太が僕の肩をポンポンとたたいてきた。最初は怖気づいてしまったが、企画長に選ばれて良かったと思った。
するとその時、信夫が教室に入ってきた。もの凄い目で僕を睨みつけてくる。
「行こうぜ」
将太もそれを見ていた。僕は将太と一緒に、何も気にせず教室を出た。
「あいつはいつも一番じゃないと気が済まんのよ。でも気にすることはないと思うで。あんな奴には、いつも前に出てきて一番にはなれんことを思い知らさんといかんけんな」
将太が真面目な顔で言った。確かにそうだ。このまま放っておいたら天狗になる一方だ。
「そうやね」
僕は少しだけ優越感に浸った。
「あれ、今日父さんが迎えにきとる」
将太のお父さんが迎えに来ていた。玄関から出て右側の正門前に、黒い車が止まっている。
靴箱で僕たちは、靴を取って履いた。
「まあ。チャンスは手にいれたことやし、頑張れよ。俺も手伝えることあったら協力するけん。じゃーな」
「ありがとう。じゃーね」
将太が車の方に向かって走っていった。
今日はとても天気が良いが、少しだけ風が強い。今日の時さんの昼ご飯は何だろうと、ワクワクしながら家に向かって歩き始めた。
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