2.
今年も桜の時期になった。
建物の明かり輝く街々から少し離れた路地の角、こんなところでも小さな薄紅達がさやさやと揺れている。夜空の暗がりに浮かぶその色が一際鮮やかで、目を奪われる、というのはまさにこういうことなのだろう、と思う。
この時期になると、街のあちらこちらで桜を見かけるようになる。ビルの隙間、交差点の端、巨大広告の横。溢れるような建物達の合間に、桜はどれも、ただ静かに腰掛けるように佇んでいた。
――けれど、それを見上げる者は殆どいない。
かつて、風流という概念があったそうだ。国立図書館のデータアーカイブは現代の人々が確かめようもないことを山程腹に抱えている。曰く、季節と共に移り変わる自然を隣人のように傍に感じ、その種々の表情を味わい愛でること。
季節。自然。ネオンサインのキリキリとした光ばかりのこの街とは相容れないものなのだろう。
それでも、くすんだビル群の合間に浮かぶ薄紅に、遠い日の風流の残滓を僅かながらに見るようだ。
からころ、からころ、音を立てながらすぐ傍を『水泡』が通り抜ければ、律儀で移り気な薄紅は名残を惜しむように細かな尾をたなびかせる。
気紛れに近づいた『海月』がゆったりと周りを流れれば、手を取り共に踊るようにほろほろと柔らかく揺れた。
命あるわけでもなかろうにそこに意思を見るような、どうにも不思議な感覚だった。
触れてみたくなって、そっと幹に手を添える。微かに、暖かさを感じる。ジリジリと大地を伝い、幹を駆け登り、花と開く力。鮮やかな光は、こうして咲き誇るのだろう。
――そうしている間に、夜は更けて。
ふつり、満開の薄紅が消える。今年も『桜』は二十三時に消灯だったか。思ったよりも長居してしまった。
くすんだ夜と、ほんの少しの明かりを落とすばかりとなった街に背を向ける。明日も『桜』を見に寄ろうか。この街の青に満たされた心に、小さな薄紅が咲いた気がした。
海月の飛ぶ頃 くつひもさん @Shoelace_3213
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