第一幕 40話 川を渡って_3



 力が強い。


 彼女は魔法使いなのに、こんなに腕力があったのだろうか。

 斥候を主に務めていたイリアも別に筋力自慢ではないけれど、それでも魔法使いよりはかなり強いはずだったが。


(こんな、軽々と)


 軽々と担ぎ上げられて、尻を打たれる。



「くぅっ! ふぁ……はぅっ! ご、ごめ、な……あうぅぅっ!」

「反省なさいと言っていますのに、何を喜んでいますの?」

「あぁっ! ごめ、ごめんなさい……だって、だって……」



 特に大した理由はなかったのだと思う。

 ほんの少しイリアがマルセナの意にそぐわぬことを言ってしまっただけ。


 きっかけは些細なことだったとしても、他の苛立ちも溜まっていたのだろう。思い出したようにそれがイリアにぶつけられる。



「だって、なんです? わたくしに意見がありまして?」

「ちがっあぁっ! ん……うれ、うれしくて……」


「……」


 呆れたような沈黙の後、どさりと落とされる。

 片手で腰を抱えて吊り下げられた状態から、床に。


「貴女……」

「マルセナの……マルセナの役に、立てるなら……マルセナの気が済むなら、私に出来ることは、なんでも……」


 縋りつく。

 誰がどう見ても惨めな恰好だろうが、関係ない。

 今までイリアがマルセナのことを蔑んできた罪を思えば、痛みや屈辱など何でもない。


 それとは別の歪んだ悦びを覚えてしまう自分には、やはり恥じるところもあるけれど。



「……どうかしてますわ」

「好きなの。愛しているから……」


 何度となく、届かない言葉を紡ぐ。

 深く傷ついて荒れているマルセナの心に、少しでも安らぎを。


「気色悪い、ですわ」

「ごめ……んなさい」

「……本当に、調子が狂いますわね」


 ふう、と寝台にしている台に腰を下ろして、ついと足が突き出される。

 小さな指が並んだ足が。


「は、む……」


 顔の前に突き出されたということは、触れてもいいのだろうと判断した。


「ん……」


 許可するように小さく吐息を漏らして、マルセナは窓の外を眺めた。

 木製の小さな窓は、雨が上がったので開けられている。

 曇り空の隙間から日が差していた。



「いい加減、ここを出ましょうか」

「は……う……」


 イリアとすれば、ずっとこのままでもよかったのだけれど。


「ここは、なんだか……調子が狂いますわ」



  ※   ※   ※ 

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