第6話 見えなかった目撃者
「西野はさ、もしかして新谷の関係者なんじゃねえかな」
試合会場のスタンド席に座った啓次が、得意の決めつけ論理を披露する。
「新谷には確か妹がいたはずだろ。そんで、西野は実はその妹の同級生とか知り合いとかで、やつが殺されたときの状況を調べているとかよ。そうでもなきゃ、三年前の古い話に西野がそこまで興味持つはずねえよな」
「関係者かどうかはおいといて、僕たちが事件に関わっていたことを西野が疑っていたのは間違いないよ」
同じくスタンド席に座り、ピッチに目を向けながら悠が言った。
キックオフまであと九十分。ウォーミングアップを始めるまで三十分ある。それまでに決着をつけたいと涼真が言い、悠たち四人は他の部員から離れ、スタンドで他校の試合を眺めながら話し合いを続けていた。
告発者は、西野が自殺したきっかけを作ったのは悠たち四人のうちの誰かだと疑っている。逆に言えば、悠たち四人しか疑っていないということだ。
なぜ、悠たち四人しか疑わないのか?
きっと告発者は、西野と四人の間にある疑う原因となった何かを掴んでいる。状況から考えると、西野と悠たち四人をつなげる線は三年前の通り魔事件しかない。
「なんで西野は俺たちがあの日、通り魔事件を目撃したと疑ったんだろうか?」
涼真が疑問を口にした。
「それは、俺らから聞いた内容をつなぎ合わせた結果じゃねえのか? 『あれ、もしかして先輩たちは事件を目撃してたんじゃないか』なんてよ」
啓次の意見に翼が首を振った。
「いや、逆でしょ。質問の答えを聞いてから疑ったんじゃなくって、もともと疑っていたから質問してきたんだ。そうじゃなかったら、こんなに的確に質問できないよね」
涼真が翼の意見に同意する。
「どこの塾に行っていたのか。受講していたのは何曜日か。終わる時間は何時か。西野が直接的、または間接的に質問してきた内容はすべて、通り魔事件が起きた時間と場所に俺たちがいたことを証明するための材料集めだったというわけだ。そしてその結果、西野の中で俺たちが事件に関わっていることを確信したんだと思う。だから満を持して悠に事実確認をしてきたんじゃないか? だとしたら、西野には事前に俺たちが事件を目撃していると疑った理由があるはずだ」
難しく考える必要なんかねえよ、と啓次が言った。
「俺らが通り魔事件を目撃したなんてこと、俺ら以外誰も知らないんだから、簡単な話、俺らの誰かが真実を外に漏らしたんだろうさ」
啓次の決めつけを、悠を含めみんなが否定した。そんなことをしたらどうなるか、三年前に四人で話し合ったときに十分理解したはずだった。
「むしろ西野にしゃべりそうなのは啓次じゃない?」と翼に突っ込まれた啓次は「言ってねえし」とムキになって返した後、「誰もしゃべってねえってんじゃあ、もうこれしかありえねえじゃねえか」と断言した。
「俺たちが通り魔事件を目撃したところを、別の誰かに見られていたんだよ。そしてその情報を西野が掴んだんだ」
みんなの息をのむ気配が伝わってきた。それぞれが最悪の事態を想像したからだと思う。
新谷先輩が殺されたと知ったあの日、悠たちは集まって今後の対応を検討した。
まず話し合ったのは、事件を目撃したけど通報しなかったことで被害者が死んだ場合、何か罪に問われるのかということだった。暴力を見て見ぬふりをすることは、他人に関心がなくなったこのご時世、よく聞く話だ。もしそれが罪だというのなら、多くの傍観者が逮捕されてしまうだろう。
問題は、無関心ではなく意図的に通報しなかったという事実だった。明らかに過剰な暴力を受けており、このままだと危険であることを認識しながらも、被害者に悪い感情を持っているがゆえにむしろいい気味だと思い、新谷先輩を見殺しにした。これは果たして罪に問われるのだろうか。
スマホで調べた上での結論は、罪に問われる、だった。
暴力行為を止めることができた可能性があったのに止めずに見ていた場合、単なる通りすがりの人なら見て見ぬふりをしても犯罪にはならないが、加害者や被害者との人間関係によっては共謀共同正犯や幇助犯に問われる可能性があるらしい。自分たちの場合、被害者と関わりがあり、あえて見殺しにしたことを考慮すれば、未成年といえども何かしら罪に問われる可能性があるんじゃないかと思えた。
高校進学を控えた中学三年生にとって、大々的に報道された事件に関係し、なおかつ過去の恨みで被害者を見殺しにしたなどと世間に広まってしまったら、一生を棒に振るも同然だ。それだけは何が何でも避けたかった。
あの日、悠たち四人がミーティングで決めた結論は、事件を目撃したという事実を隠しきるということだった。
そして、もし警察の捜査などで目撃した事実が知れてしまったとしたら、そのときは被害者が新谷先輩であると知っていたという事実を隠し、加害者が怖くて通報せずその場から逃げ出したことにしようということになった。殺されたことをニュースで知った後も事件を目撃したという情報を警察に知らせなかったのは、「すぐに通報していれば被害者が死ななかったのではないかと思うと怖くなったから」と言えば説明がつくだろう。
こうして通り魔事件を目撃したことは四人だけの秘密になった。その後、警察が悠たちのところに来ることはなく、三年が経過した現在ではもう大丈夫だろうと軽く考えていた。
もし、誰かがこの事実を知ったとしたらどうなるだろうか。四人が事件を目撃したということだけが知られたとしたら、加害者が怖くて通報できなかったと説明すればよい。しかし、被害者が新谷先輩だと分かっていたということまで知られていたら? 更には、あえて見殺しにしたことが
啓次は、その最悪の事態が起こった可能性を示しているのだ。
「目撃者である俺たちのことを、別の誰かが見ていたとしてもだ」
涼真が啓次の発言を検証する。
「隣接しているビルの窓からとか、遠くから見られていたのなら怖くもなんともない。俺たちと判別することができないからな。だが近くから目撃されたとしたらこれは非常に問題だ。なぜなら俺たちと新谷先輩とのやりとりを聞かれた可能性があるからだが……」
そこまで言った後、涼真が急に黙り込んだ。右の
呼びかけても応答がないので、しかたなく悠が話を継いだ。
「ただ、あのとき公園の中や周囲の道路に人影はなかった。それは僕たちで話し合ってそう結論づけたよね」
「街灯一個しかない夜中の暗い公園だぜ。どこかに身を隠していたら俺たちが気づかないこともあるだろうさ。意識して隅々見てなかっただろ」
「いや、誰もいなかったよ」
悠が当時を思い出しながら言った。
「僕、暴力行為を見てられなくて公園の中を見回していたんだけど、人の気配はなかったと思う」
本当か? 本当に誰もいなかったか? 悠は自問自答する。
新谷先輩が通り魔に馬乗りになられ、殴られ続けているシーンは、写真のように今も目に焼き付いて離れない。しかし公園の中や周囲の様子はどうだろうか。注意して見てはいたし、人の気配がなかったことは確かだった。でも、印象に残っていないだけで、誰かが近くにいた可能性があるのではないか。
何か引っかかるものがある。だけどそれが何か分からない。
見えていたもの。
見えなかったもの。
あえて見ようとしなかったもの。
三年前の話だ。記憶はとうに薄れている。しかしそれでも、悠の視界にあるものが見えていなかったか? 見てはいけないと感じる場所に、何か引っかかるものがありそうな気がした。
靴だ。
靴が見える。
なんだこの靴は。どこにあった?
あれは……、あの場所は……。
翼がスタンドの席から立ち上がった。やれやれと背伸びをしている。
「それってさあ、いま考えても意味ないんじゃないの? 三年前の公園に自分たち以外に目撃者がいたかどうかなんて今となっては分かるわけもないし、何かこのまま考えていっても告発者の思惑にたどり着くとは思えないんだけど」
「そりゃあ、そうかもしれないけどよ」
啓次の声も若干小さくなった。
「もともとはさ、『西野が夏合宿で自殺したきっかけを四人の中の誰かが作った』と告発者が思っている理由を明らかにすることが、このミーティングの目的だよね。このまま検討を進めて、通り魔事件の目撃情報を西野が知っていたことが分かったとしてもだよ、それが西野の自殺にどうつながっていくの?」
翼が、みんなに同意を求めるように問うた。
「ウォーミングアップまであと十五分。意見を出し合っている時間はもうほとんどないしさ。告発者の件は一端置いといて、試合に集中しようよ。最後の公式戦だよ? 公式戦全敗は避けたいんじゃなかったの? いま一番大事なのは試合に勝つことなんじゃない?」
翼の言葉に、悠は反論の材料を持っていなかった。啓次も声なく地面を見つめている。
(もしかしたら、自分たちはまったく見当違いのことを考えているのだろうか)
皆が真相究明を諦めかけていたときだった。
「いや、西野が自殺した理由にたどり着ける」
声のした方を見た。
そこには、いつになく険しい顔をした涼真がいた。
「たどり着けるって、真相が分かったということ?」
悠が聞くと、涼真はゆっくりと頷いた。
「最後の絵が、なんとなく見えた」
「本当に?」
翼が驚きと疑いの混ざったまなざしで涼真を見た。
「なんだよ。最後の絵って」
啓次が興奮したように涼真に聞いた。
しかし、聞かれた涼真は口を開かず、黙っている。
「なにもったいぶってんだよ。早く教えろって」
せかす啓次に「あのさ」と涼真がようやく答えた。
「たぶんこうだったんだろうという最後の絵と、そこにたどり着くまでの思考の道のりはある程度見えた。だが――」
「だが、なんだよ」
煮え切らない涼真の態度に啓次がいらついてきている。悠は啓次の気持ちが分かる。何か思いついたのだったら意見してもらわないと、十分な議論ができない。
「あまり、いい絵じゃない。なんなら、こうじゃなきゃいいとさえ思っている」
涼真が真剣な面持ちで言っている。
「俺は今から思考の過程を順番に話していく。もし、考え方に誤りがあったら指摘してくれ。誤りがあるなら、最後の絵も間違いということになる。俺はそれを望んでいるんだがな」
涼真が他の三人を見渡した。このミーティングも、終了時間が近づいてきている。
「みんな、残り十五分、最後まで付き合ってくれるか?」
主将の言葉に、悠は期待と不安の入り交じった複雑な思いを抱いた。
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