第4話 彼女の疑問
マイクロバスは、サッカー部員を乗せて試合会場へ向かって走り出した。
ワイヤレスイヤホンで音楽を聴いている部員もいれば、睡眠をここぞとばかりに貪っている部員もいる。前者が涼真で後者が啓次だ。
隣の席に座っている翼はスマホでサッカーの動画を観ている。翼という名前はサッカー好きの父親がつけたらしいが、その甲斐あってか、翼は大のサッカー好きに育っていた。
悠はといえば、窓の外を流れる景色に目をやりながら、頭の中ではずっと西野のことを考えていた。
彼女と付き合いだしたのは今年の五月からだった。学校帰りに待ち伏せされ、いかにも西野らしい明るくストレートな告白を受けた。彼女のことは前から気になってはいたものの、他の部員の手前、乗り気になれない悠は最初断ろうとした。しかし、「決してバレてはいけない状況下で付き合うのって、燃えません?」という彼女の子供っぽいセリフに、「確かに」と素直に頷く自分がいた。悠のその言い方がツボに入ったらしく、彼女はずっと笑っていた。
それ以来、悠と西野は知り合いに見つからないよう、わざわざ隣町のカフェで待ち合わせをしてデートを重ねていた。
西野はサッカー部のマネージャーをしている割にはサッカーの話題に
部活のない六月の日曜日のことだった。映画が始まるまで中途半端に時間があったので、いつものカフェで他愛もない会話をして時間をつぶしていたところ、西野から唐突に質問を向けられたのだ。
「悠先輩、三年前に起きた通り魔殺人事件のこと、覚えてますか?」
コーヒーカップを持っていた右手の動きが止まる。若干の間を空けて「ああ」と言った。
地元の人間が通り魔殺人と言ったら、それは三年前に起きた男子高校生殺害事件のことを指している。
「もちろん覚えているけど。どうしたの急に」
「前から聞きたかったんですけど、通り魔事件で殺された人って、悠先輩の中学のときのサッカー部の先輩だったっていう話、本当ですか?」
西野が興味津々な面持ちで聞いてきた。
事件が起きた当時はよく聞かれた質問だったから、悠は特に気にせず答えた。
「そうだよ。僕が中一のときに
新谷
「あの事件がどうかしたの?」
「いえ、あんな大きな事件の被害者がわたしと同じ高校の生徒だった人で、しかも悠先輩の知り合いだったなんて、なんか不思議だなって思って」
「いや知り合いっていっても、新谷先輩とは中学で半年くらいしか一緒じゃなかったし、先輩が中学を卒業してからは一回も会ってなかったからね。もうほとんど他人だよ」
「新谷さんは高校のサッカー部には入ってなかったみたいですね」
「そうだね。サッカーは中学で辞めたんじゃないかな。高校で何をしてたのかは知らないけれど」
「新谷さんが通り魔に襲われたのは高校二年生のときなんですよね。今のわたしと同じですよ。アオハル真っ只中だったのに、なんで殺されちゃったんでしょうね」
西野は寂しそうにうつむいた。新谷先輩の死を自分と重ね合わせたのかもしれない。
「それは、運が悪かったとしか言いようがないかな」
こればっかりは、そう表現するしかないだろう。
事件は三年前の夏の夜に起きた。
午後十一時頃。駅前の賑やかな場所から少し離れた公園内で、当時高校二年生だった新谷先輩が首を絞められて殺されているのを、通りがかりのサラリーマンが発見した。全身に打撲傷があり、ここ数日起きていた通り魔事件の特徴と似ていたことから、警察は一連の事件と断定した。
犯人は意外な形で見つかった。
通り魔の正体は
婦女暴行や傷害の前科があり、三日前に刑務所から出所したばかりのこの男は、事件発覚から一時間後、公園から五百メートルほどしか離れていない路地裏で倒れているところを捜査員により発見された。細い刃物のようなもので背中を刺されており、まもなく死亡が確認されている。凶器が見つかっていないことから、鳥飼が何かしらの事件に巻き込まれた可能性があると、ニュースキャスターが伝えていた。
新谷先輩の手の爪に残っていた皮膚をDNA鑑定した結果、鳥飼が新谷先輩を襲った通り魔であることが判明したそうだ。
新谷先輩がその夜、なぜ人気のない公園にいたのかについては、報道されていないので分からない。もしその公園に行っていなければ、そして出所したばかりの鳥飼に出会っていなければ、先輩が死ぬことはなかったのだと思う。だからそう、運が悪かったのだ。
そんなことより、どうして西野は今頃になって新谷先輩のことを聞いてきたのかが気になった。
これまでにも、いろんな人から興味本位で通り魔事件の被害者の人となりを聞かれたことがあったけど、その度に「サッカーがうまかった」とか、「サッカーのこととなると厳しい先輩だった」などと、いちいち嘘をつかなければならなかったから、正直なところ話したくない話題だった。
西野もそんなことを聞いてくるのかなと構えていたのだが、彼女の発言は悠の想像を軽く超えてきた。
「実はわたし、気づいたことがあるんです」
西野は愛用のピンクのスマホを悠の方に向けてきた。画面には地図が表示されている。よく見ると、通り魔事件があった公園の周辺の地図だった。
「悠先輩って中学生のとき、駅前の
「そうだけど、よく知ってるね。僕が言ったんだっけ?」
「いえ、啓次先輩から聞きました。高岩塾がなかったら、俺はみんなから取り残されて、落ちぶれていただろうって。みんなっていうのは、悠先輩や涼真先輩、それに翼先輩のことですよね」
「確かに四人とも同じ塾だったよ。へえ、あいつがそんなことをね」
啓次もずいぶんと
悠の返答を聞いた西野はスマホの地図を拡大し、ある場所を指さした。
「ここが、先輩たちが通っていた高岩塾です。そして先輩たちの家は、こっち方面」
西野のきれいな指が動き、地図をスクロールさせる。
「ほら、先輩たちが塾から家に帰るとき、この公園の前を通るのが、一番の近道です」
悠の頭の中に警報が鳴り響いた。危険が迫ってきていることを察知したのだ。
「翼先輩が言ってましたよ。塾が終わる時間が遅すぎで、当時は
そう話す西野の表情はいつものように明るく見えた。けれど目が笑っていないように感じるのは気のせいだろうか。西野が言った。
「もしかして、悠先輩は通り魔事件を目撃していませんか?」
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