第3話 告発者と自殺原因の問題

「ひとつ、いいかな」

 悠が挙手をした。

 涼真にうながされ、発言をする。

「話し合う前に決めておきたいんだけどさ、西野からのメッセージっていう言い方するの、やめない? もう西野はこの世にいないんだし、西野がメッセージを送れるはずがないんだから、『西野から』っていう表現、できれば言いたくないし聞きたくないんだ」


 最初にそのメッセージを読んだときは、送り主の名前から亡くなった西野が送ってきたのではないかと錯覚してしまい、午前二時という時刻と相まって非常に怖い思いをしたのだけれど、よくよく考えれば西野がメッセージを送れるはずもなく、誰かが西野に成りすましてメッセージを送ってきているのは明白なことだった。


「確かにまぎらわしいかもしれんな。では、『西野』に代わる他の表現はないか?」

 涼真の問いに、啓次が手を上げた。

「メッセンジャー西野」

「・・・・・・なんか漫才師っぽいな。他には?」

「西野(仮)」

「いちいち『かっこかり』って言うのが面倒だ。おい、誰か啓次以外に案出すやついないのか。このままだと、ろくでもない呼び方でずっと議論していくことになるぞ」

「涼真の案が聞きたいなー」

 翼が両膝を抱えた体勢で言った。

「俺が自分でアイディア出すの苦手なこと知ってて言ってるだろ。もういい。何でもいいから悠、お前が決めろ」

「それじゃあ、『告発者』でどうかな?」

「採用」

 横で翼が手を打った。


「その告発者なんだけどよ」

 啓次は立ち上がり、三人の顔をぐるっと見渡した。

「『わたしを殺したのは誰ですか?』なんて、死んだ西野が俺たちを告発しているような不気味な書き方しやがって、悪趣味にもほどがあんだろ。仕舞いには、なんだっけ? ほら、追加でメッセージ来てただろ?」

 悠はスマホの画面に目を落とした。『わたしを殺したのは誰ですか?』のすぐ後に、実はもう一文、メッセージを受信していたのだ。それを声に出して読み上げる。

「『犯人は、キックオフまでに自首してください』ってやつ?」

「そう、それな」

 啓次が両手で悠を指さした。

「だいたいおかしいと思わないか? 西野は自殺だったはずだろ? それなのに、俺たち四人の中に西野を殺した犯人がいて、自首を促されて、しかもキックオフの時間がリミットって、いたずらのメッセージにしては悪質すぎだろうが。許せねえよ。誰だよ、こんな手の込んだことするやつはよ」

 言いたいことを言い切ったのか、しゃべり終えた啓次は腕を組んだ状態でどすんと部室の床にあぐらをかいて座った。


 ――告発者は誰か。

 一連のメッセージを読んだとき、誰もが最初に抱く疑問だと思う。だけど――。

「誰が告発者かったって、可能性のある人はそんなに多くないでしょ」

 翼が身体を前後に揺らしながら、気だるそうに言った。

「西野のアカウントでメッセージを送れる人なんて、今でも西野のスマホを大事に持っている人しかいないと思うよ。まあ、IDとパスを知っていれば誰でも送れるかもしれないけど、どちらにしても告発者の正体は限られる」

「家族か?」

 涼真が聞く。翼は「たぶんね」と答えた。

「あそこは母親しかいない家庭だったみたいだから、告発者はたぶんあの母親だよ」

 部室にあるホワイトボードに、涼真が『告発者=母親』と記載した。


 悠は葬式の日に見た西野の母親の顔を思い出した。娘が自殺して、そのことに誰よりも深く傷ついていたあの母親は、憔悴しょうすいしきった顔で参列者の対応をしていた。あの人が、こんな悪意のある文章を自分たちに送ってくるなんて想像ができなかった。だからつい疑問が独り言のように口に出てきた。

「告発者が西野の母親だったとして、何であんなメッセージを僕たちによこしてきたんだろう。啓次の言うとおり、あれは間違いなく自殺だった。それなのに、殺されたかのような書き方をするなんて、まるで西野は自殺じゃなかったと訴えたいみたいだ」

 涼真がホワイトボードに『西野は本当に自殺か?』と論点を書き出す。


「これは事実がはっきりしている。夏合宿中、深夜に裸足で宿泊施設を抜け出した西野が、近くの崖から身投げしたのは間違いない」

 涼真の答えに翼が補足する。

「危険だから近づくなって、増田ますだ先生から事前に注意を受けてた場所なんだよね。『遺書こそなかったが、西野のスマホには誰かにこっそり呼び出しを受けたような形跡はなく、崖までの道には西野の裸足の足跡しかなかったことと、西野の過去に自殺未遂歴があったことなどから、警察は衝動的な自殺と断定した』っていう話じゃん。これ誰から聞いたんだっけ?」

「増田先生だ。責任とって顧問辞める前に聞いた」

 涼真はホワイトボードに『=自殺で間違いない』と追記した。


 西野に自殺未遂を繰り返していた過去があったと聞いたときは驚くほかなかった。中学時代に起こしたもので、リストカットではなく多量の服薬による自殺未遂だったようだから、見た目で気づくことができなかった。


 涼真が意見を続ける。

「おそらく告発者が言いたいのは、西野が俺たち四人の誰かに殺された、ということではなく、西野の自殺の原因が俺たち四人のうちの誰かにある、ということではないだろうか」

「そういう話なら分かる気がするけど・・・・・・」

 悠は涼真の意見に納得した。しかし、なぜ自分たちを疑うのか、その理由までは分からなかった。


 納得していないのは啓次だ。

「西野が自殺したのは過去のトラウマが原因って話だろ? 俺はそう聞いてる。前に自殺未遂したことあるなんて、俺はまったく気づかなかったけどよ。いや、気づいてやれなかった、か」

 悔しそうな表情で、啓次が部室の床を殴った。

「俺たちが西野の助けになれなかったことは認めるよ。もっと早くあいつの心の傷に気づいてやれていたら、こんな結果にならなかったかもしれない。だけどよ、じゃあ俺たちが自殺の原因かっていったら、それは違うだろ」


 ホワイトボードに『自殺の原因は何か』と書きながら涼真が言った。

「自殺の原因が過去のトラウマにあることは、自殺未遂を繰り返していたという話から間違いはないところだと思う。どんなトラウマがあったかなんて、今の俺たちに分かるすべはない。ただ――」

 涼真はホワイトボードに書いた『原因』を二重線で消し、『きっかけ』と書き直した。

「自殺のきっかけを俺たちの誰かが作った。そう告発者が考えたとしたらどうだ? これまでは自殺未遂でとどまっていたのに、今回は本当に自殺してしまった。しかも夏合宿中という特殊な状況下においてだ。そのときに自殺のきっかけになる何かあったのではないかと考えるのは自然だ。何か思い出せるようなことはないか?」


 二ヶ月前の夏合宿中に起きた、西野が自殺をするきっかけとなるような出来事。何かあったかと聞かれても、誰も昨日の出来事のようにはすぐに思い出せないようだった。

 翼が考え考え発言する。

「あの日は夏合宿初日で午後から練習が始まって、部員はランニングや基礎練、ミニゲームってところだったけど、その頃マネージャーは何をしていたんだろう?」

「ああ、それは」と悠が引き継いだ。「西野は宿泊施設の部屋割りや浴場の準備をしてたよ。その後はスポドリの準備とか、いつもの部活と同じようなことをしてたかな。僕が見ていた範囲で、西野が誰かと言い争いになったとか叱られたとか、そういう自殺のきっかけになるようなことはなかったと思う」


 ほう、と翼が感嘆の声を上げる。

「ずいぶん西野を気にして見ていたね。いつもそんな感じで見てたわけ? まさか・・・・・・」

 翼の疑問に啓次が騒ぎ出す。

「部内恋愛禁止は絶対に守らなければならない重大規律だ。部員の誰も犯していないと俺は信じている!」

 そんなことを言う啓次であったが、どうやら本気で西野に惚れていたらしく、彼女と付き合いたいがためにサッカー部を辞めようとした過去がある。涼真や翼とで全力で引き留めてなかったら、あのとき啓次は本当に退部していただろう。


「部内恋愛禁止なのにも関わらず、部員の誰かから言い寄られて困っていたとか? 人間関係の悩みなんて、精神的ストレスの筆頭だよね。まさかこの中に、西野に手を出したやつはいないよね?」

 見回していた翼の視線が悠のところで止まった。まさかお前、と啓次がにらんでくる。焦った悠は、首を左右に振って容疑を否認した。

「ま、そうだよな。悠は恋愛に興味なさそうだもんな。女心には鈍感だしよ」

 啓次の言い方にカチンときた悠は、「そういえば、よく部のみんなが上半身裸になって、西野に筋肉見せびらかしていたよね? 特に啓次は率先してやっていたけど、あのセクハラがストレスだったって可能性もあるんじゃないかな」と口撃したところ、

「西野はストレスどころかむしろジロジロ見てきただろ。普段そういうことをしないキャラの翼や悠になんて、『筋肉見せてください』って迫ってたじゃねえか」と返された。


「二人とも、そこまでにしておけ」

 涼真が場を落ち着かせる。

「とにかくだ。夏合宿初日において、西野が発作的に自殺を図るきっかけになるような出来事があったとは思えない。しかし、メッセージを送ってきた告発者は、西野が自殺したきっかけを作ったのが俺たち四人の中にいると思い込んでいる。問題は、なぜ俺たち四人だけを疑っているのかだ。単なる告発者の思い込みか? それとも俺たち四人と西野の間に、告発者しか知らない何かがあるのか? 何でもいい。みんな、心当たりはないか?」

 そう発言した涼真を含め全員が考え込んだため、部室内が一気に静かになった。


 西野は悠たちのように桜聖中学からエスカレーターで桜聖高校に入ったわけではなく、別の中学から受験して桜聖高校に入ってきている。学年も違うから、中学時代に悠たち四人と彼女の間に接点があるとは考えられない。


 西野がサッカー部にマネージャーとして入部してきた後ならどうだろうか。彼女との会話を思い出していく。するととても印象に残っている過去が浮かび上がった。あれは確か、隣町のカフェで彼女と会っていたときのことだったか。


「気になることがあるんだけど」

 切り出した悠に、涼真たちの視線が注がれる。

「いつだったか、西野に聞かれたことがあったんだ。『三年前の通り魔殺人事件の被害者が、悠先輩の中学のときの先輩だったっていう話、本当ですか?』って」

 前から聞きたかったんですけど、と軽い感じで話し始めたのだけれど、その後の内容が内容だけによく覚えていた。


 悠の話に、他の三人もピンときたような顔をした。

「あ、それ、俺も聞かれたぞ。殺された人って先輩の知り合いだったんですよね、とか何とかよ」

 啓次だけではなかった。涼真と翼も同様のことがあったと言ってきた。


 四人とも同じような質問を西野からされたというのは、偶然なのだろうか。

 涼真がホワイトボードに『西野は通り魔事件に興味があった?』と記入する。


「西野があの事件を調べ回ってるってことかよ。なんでだよ! なんで西野がそんなことしてんだよ!」

 苛立ち、声を張り上げる啓次とは対照的に、翼が冷静につぶやく。

「誰も真実はしゃべってないよね? 三年前の通り魔事件でのことは、この四人だけの秘密なんだから」

 涼真と啓次が深く頷いた。けれど、悠は首を立てに振ることができなかった。それに気づいた啓次が言った。

「悠、おまえ何か知ってるんじゃねえか?」

 そんな啓次の声を、涼真が手で制した。部室の外から物音がしたからだ。

 涼真はすばやくホワイトボードを半回転させた。直後、部室のドアが勢いよく開かれた。

「あれ、先輩たち早いっすね」などと言いながら、数名のサッカー部員が部室に入ってきた。時刻は九時十分前だった。


 話の続きは試合会場で。

 悠たち四人は無言で視線を交わした。

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