第2話 緊急ミーティング

 午前八時の部室には、悠の他、二名のサッカー部員が集まっていた。


 薄汚うすぎたなく、男臭いサッカー部の部室は正直好きではなかったけれど、この大会を最後にサッカー部を引退する悠にしてみれば、こんな汚い部室であっても、もう来ることもなくなるのだなあと思うと、なんとなく寂しく感じてしまうのもまた事実だった。

「翼はこんなときでも遅刻か」

 パイプ椅子に座っている涼真が、ため息まじりにそうつぶやいた。時間にうるさい彼にとって、翼の遅刻癖は最後まで悩みの種だったようだ。しかし、女子人気の高い彼の端正な顔をゆがめさせている本当の原因は、もちろん別のところにある。


 サッカー部主将でもある涼真から連絡があったのは早朝六時のことだった。

『西野からのメッセージ、悠にも届いているか?』

 その言葉を聞いて、涼真にもアレと同じものが届いていたことを悟った。届いたと答えた悠に、涼真は『集合時間前に四人だけで集まらないか』と提案してきた。

 涼真が四人以外の部員数人に探りを入れたところ、誰も西野からメッセージを受けた人はいなかったらしく、自分たちにだけメッセージが届いたのではないかという話だった。『了解』とすぐに返事をしたのは、この一人で抱えるには重すぎる不安といらだちを、早く他のみんなと共有したいと考えたからだ。


 悠が部室に着いたときにはすでに先客があった。一番乗りの啓次の話では、四人で先に集まろうと最初に提案したのは涼真ではなく啓次だったそうだ。

「だってよ、誰が何のためにこんなふざけたことをしたのか分からねえままじゃ、気になってサッカーの試合に集中できないだろ? 試合前に解決しちまわねえと」

 言葉づかいは荒いが意外に繊細な心を持つ啓次の意をくんで涼真が集合の呼びかけを行ったようだが、約束時間を過ぎてもまだ姿を見せていない者が一名いた。

「翼のことだ。涼真の八時集合っていうメッセージ、まだ読んでないんじゃねえのか? そんで本当の集合時間の九時に来ようとしてんのかもな」

 大会のトーナメント表を見ながら啓次が言った。ジャージが汚れることなど気にもせず、部室の床にどっかりと腰を下ろしている。

「いや、既読になっているから、知らないはずはない」

 涼真の返答に「そうかい」と相づちを打つ啓次は、短髪の後頭部を手で掻きながら「本当だ。ちゃんと審判の名前も書いてあるわ。翼のやつ、こんな細かいところまでよく見てんな」と軽口を叩いた。しかし上の空なのは見え見えで、この台詞もすでに三回は聞いた。


 悠はといえば、結局一睡もすることなくこの場に来ていた。だけど寝不足で身体がダルいかというとそうでもなく、むしろ寝ていないことで感覚がいつもより鋭敏になっているようだった。だから、些細ささいな音も耳に届いた。

「翼ならもうすぐ部室に来るよ。いま外で自転車を駐める音がしたから」

 なんだって、と啓次が反応するのと同時くらいに、部室のドアが開いた。

「お疲れーっす」

 入ってきたのは翼だった。背が低く、足の速さだけが取り柄と自称する翼は、遅刻したことを詫びる言葉は一切ないまま、部室の奥の定位置までするすると進み、試合用のベンチに腰を下ろした。

「遅えよ」

 啓次が荒っぽく声を掛けるが、もちろん本気で怒ってなどいない。涼真だって「十分遅刻だ」と言うけど、それだって挨拶のようなものだった。要は三人とも翼の遅刻に慣れているのだ。

「低血圧なんだよ」

 翼がいつものように眠たそうな顔とハスキーな声で言った。長めの髪を無造作にヘアゴムでまとめているが、今日は普段よりまとめ方が雑な感じがした。きっと翼も、未明のメッセージを受けて精神的に穏やかではないのだろう。


「ようやく四人そろったな」

 涼真が椅子から立ち上がり、思い思いに座る他の三人を見渡した。

「では、事前に連絡したとおり緊急ミーティングを行おうと思う。議題は西野からのメッセージについてだ」

 慣れた感じで涼真が仕切る。

 自主性を重んじる桜聖高校サッカー部では、何か問題が起きると主将である涼真を進行役にしてミーティングを行うという決まりがあった。部員が互いに意見を出し合い、それを基に涼真が最終的な結論を出すというのがいつもの流れで、これまでにも面倒な揉め事をこの手法で解決してきた実績があった。試合の前に四人で集まろうと啓次が提案してきたのは、これをしたかったからだ。

『わたしを殺したのは誰ですか?』という死者からのメッセージ。

 いたずらにしてはあまりにも悪趣味すぎる。

 自分たちが今やらなければならないことを涼真が代表して言った。

「高校三年間で一番大事な試合があるこの日に、誰が、何のためにこんな馬鹿げたことをしたのか。気になって試合に集中できなかったなんて、後から言い訳されても困るからな。試合が始まる前までに突き止めるぞ。いいな」


 主将の低い声が部室内に響き、それはまるで円陣のかけ声のように聞こえた。

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