キックオフの笛が聞こえない

くろろ

第1話 死者からのメッセージ

 何度寝返りを打っても寝つけなかった。


 ベッドに入ったのは日付が変わる前だったのだが、気持ちが高ぶって眠れないでいるうちに刻々と時間が過ぎていき、スマートフォンの時計で時刻を確認したら、いつの間にかもう午前二時を回っていた。

(大事な試合前だっていうのに、なんで眠れないんだよ。とにかく早く寝ないと)

 そう考えれば考えるほど焦って眠れなくなる悪循環。このように、草薙くさなぎゆうは昔から大きな大会の前日に眠れなくなることが多かった。


 日付が変わった九月二十日は、高校サッカー部の一大イベント、全国高等学校サッカー選手権大会――冬の高校サッカーとも称される、男子高校サッカー部の頂点を決める大会の県予選一回戦が行われる日だった。

 寝不足で試合にはげむとろくな結果にならないことは、これまでの経験で分かっていた。判断はにぶり、息もすぐ上がる。練習ではできていたことが試合でうまくいかないのは、単純に本番に弱いということもあるけれど、寝不足で心身共に万全ではないことも少なからず影響しているはずだ。だからこそ早く寝たいと思っているのに、頭の中ではあいつに言われた言葉がエンドレスで回っていた。


『明日は絶対勝ちてえよなあ。俺たち最後の大会なんだからさ』


 寝る前にかかってきた電話で、仙崎せんざき啓次けいじがそう言った。声を聞いているだけで、スマホの向こう側に啓次の大きな身振り手振りが見えそうだった。


『さすがに悠も公式戦全敗は避けたいだろ? そんな結果になったら恥ずかしくってしゃあねえし、他の部の奴らにも笑われちまう。なんとしても一勝はしたい。そのためには、おまえの、パサーの力が必要なんだ。頼むぜ、悠』


 中高一貫校である桜聖おうせい高校のサッカー部はお世辞にも強いとは言えず、悠は高校生になってからの公式戦で、まだ一勝もしたことがなかった。

 明日こそ勝ちたい。その願いは啓次や悠だけではなく、三年生全員が持っていた。


 たぶん啓次は、緊張しているであろう悠のことを気遣って電話をかけてきたのだと思う。あいつには普段からそういう仲間思いなところがあった。ありがたいと感じる反面、試合前日の夜にそんなプレッシャーになるような言葉をかけてくれるなと思わないでもない。

 おかげで悠は眠れない夜を過ごし、啓次はといえば、悠が眠れなくなる原因を作ったとは知るよしもなく、家でぐっすり寝ているに違いなかった。


 眠りこけている啓次の姿を想像すると、なんか腹が立ってきた。

 どうせ眠れないなら気分転換に少し起きていようと思い立ち、ベッドから起き上がってスマホを手に取った。暗い部屋の中で液晶画面の明かりがまぶしく光る。

 ネットアプリを立ち上げ、いつも閲覧しているスポーツ系のサイトを軽く巡回した後、ふと思い立ってサッカー部のグループメッセージを開き、昨日、夜遅くまでやり取りされたメッセージを、画面をスクロールしながら追いかけた。


 そのグループメッセージでは、

『先手必勝!』

『気持ちで負けんな!』

 などのオーソドックスなものから、

『明日の試合はヤジマ、アラヤ、イソザキ(審判団)の活躍に期待www』

『業務連絡。秋山あきやまつばさ。明日こそ、集合時間を守れよ』

 といった特殊なものまで、サッカー部員たちのメッセージで盛り上がっていた。


 その中で目を引いたのは、

『応援してくれた西野にしののためにも、俺は勝ちたい』というメッセージだった。

 賛同したメッセージがその後に何件も続いており、悠も『そうだね。西野のためにも』と入力していた。その一連のやり取りを眺めているだけでも、彼女がどれだけサッカー部のみんなに愛されていたのかが分かった。


 桜聖高校サッカー部には、西野あいという二年生のマネージャーが在籍していた。彼女は今年の春にマネージャーとして入部してからというもの、持ち前の明るいキャラクターと献身的なサポートで、すぐにサッカー部には欠かせない存在になっていた。

 魅力的な容姿から男子生徒に人気があり、その実力は、仲違いを恐れたサッカー部員一同が満場一致で『部内恋愛禁止』の取り決めを新たに制定するほどだった。


 しかし、二ヶ月前に行われた夏合宿を最後に、彼女はサッカー部を退部していた。

 転校したとか、一身上の都合で、とかいうような単純な退部理由ではない。そういう理由だったらどんなにいいかと思わずにはいられなかった。

 西野は七月に行われた夏合宿の夜、合宿先の宿舎から少し離れたところにある切り立った崖から飛び降りた。

 遺書はなく、だから飛び降りた理由も未だ分からずじまいだった。


 

『もう寝ろ』

 主将の松宮まつみや涼真りょうまが入力した簡素なメッセージと、それに対する部員たちの返答を最後に、グループでのやり取りはなくなっていた。

 仲間たちのメッセージに最後まで目を通したところで、早く寝なくちゃと焦っていた気持ちも若干落ち着いてきていた。さすがにもう寝られるだろうと思い、スマホの画面をスリープにしようとしたまさにそのとき、個別のメッセージを受信した着信音が鳴った。

(こんな夜中にメッセージを送るなんて、ずいぶんと非常識なやつがいたもんだ)

 そんな風に呆れつつも、自分と同じように眠れなくて困っているサッカー部員の誰かが入力したのかもしれないと考え、すぐにそのメッセージを開いた。


『松宮涼真、仙崎啓次、秋山翼、草薙悠』


 ただそれだけのメッセージが、グループメッセージではなく、草薙悠個人あてに送られてきていた。

 四人の名前が記されているだけで他には何もない文章を見て、悠は首をかしげた。

 この四人は悠を含めて全員サッカー部の三年生で、小学校のスポ少時代から、中学、高校と同じサッカー部に所属している、いわば腐れ縁の関係だった。

 ウマが合い、部活動以外でもツレだって行動することが多い間柄なだけに、四人の名前が一緒に記されていることに違和感はないけれど、こんな夜中にわざわざ四人の名前をメッセージで送ってくる意味はかいもく分からない。

(こんなメッセージ、誰が送ったんだろうか)

 不審に思い、送り主を確認した瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 送り主の名前が、二ヶ月前に自殺した西野藍となっていたからだ。

 西野のアカウントは、本人が亡くなった夏合宿以降も、なぜか消されずに残っていた。そして今、この世にはもういないはずの西野の名前でメッセージが送られてきたのだ。

 わけが分からない状況の中、着信音と共に更なるメッセージが送信されてきた。悠はその文面を見て全身が震え上がるのを感じた。


『わたしを殺したのは誰ですか?』

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