~最終章 宵の明星~

 秋季市民大会決勝。

 終始前へ出る稔は、相手をギリギリまで追い詰めていた。

 場外ギリギリ、そして、精神的にもギリギリのプレッシャー……それに堪え兼ねた相手が飛ぶ。しかし、相手が飛ぶ瞬間には、稔はすでに飛んでいる……

「メントォォー!」

『バゴォッ!』

 豪剣の『面』は完全に相手を『斬り』、そして稔の優勝を決めた。


 大会後。稔と共に優勝し金メダルを手にした桜は場内を見渡した。

「あれ、稔は……?」

 見当たらない。となると、行き場所は一つだけ。

 桜は足早に会場を後にした。


 霊園の中、桜は姉の墓へ向かった。

 墓の前には……いた。首から金メダルをかけた稔。両手であの仔犬を抱えている。

「ほら、あんず。お前の命の恩人、杏姉貴だぞ」

「そいつ、『あんず』って名前にしたの?」

 桜が声を掛けると、稔は少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに頷いた。

「まぁ、あんたらしいけどね」

 柔らかく微笑む。

「貸して」

 桜が受け取ると、あんずは舌でペロペロ舐めた。

「ははっ、くすぐったい」

「そうだよな。それにこいつ、家で自由奔放に走り回ってるんだよ」

 稔はオレンジに色付き始めている空を見上げた。

「杏姉貴のように」

 そして、墓に向き直って……自分の首から金メダルを取って、墓石にかけた。

「今はまだ、『最強』とは程遠いけど……」

 決意を帯びた瞳で、メダルをじっと見つめる。

「でもいつか、絶対に『最強』のメダルをかけに来るから。だから、姉貴。ずっと見ててくれよな」

 金メダルには夕陽が反射し、煌々と光り輝いていた。

 夕焼けが鮮やかなオレンジ色に染める帰り道。眠るあんずを片手で抱く稔は、ポケットからそっと金メダルを取り出した。

 それはさっき墓石にかけたものではなく、少し古くて帯の部分が色褪せていたけれど……強い『想い』の託された金メダル。

「あんた、それ……」

「俺の初めての……姉貴に貰った金メダル。あの日から……これからもずっと、俺の一番の宝物なんだ」

「そっか……そうよね」

 二人の想いのこもった金メダルは、キラキラと光り輝いている。

「俺さ。姉貴にはもう二度と会えないけど……このメダルを見る度に、姉貴はずっと側にいてくれるって思える。どこまでも、誰よりも強くなれる。だって、姉貴は俺の……」

「憧れだから?」

 先に桜が言うと、あんずを抱きかかえる稔は少し赤くなって俯いた。そんな稔を、桜は真っ直ぐ見つめる。

「ねぇ、稔。お姉ちゃんさ、あんたの気持ち、気付いてたよ」

「俺の気持ち?」

 聞き返す稔を見て、柔らかく微笑んだ。

「あんたの気持ちが『憧れ』以上のものだったってこと。だって……流石のお姉ちゃんでも気付くよ。私に七月の誕生石聞いてきて、自分の貯金を全部はたいてまで、あんなネックレス、プレゼントしたんだもん」

「そっか」

 稔はじんわりと涙で滲ませながら、強がりの笑いを浮かべた。

「優勝して……気持ちを伝える前から、やっぱりバレバレだったんだな」

「それで……お姉ちゃんも、あんたのこと……」

「えっ?」

 強がりの笑いを不思議な表情に変えた稔を見て、桜は目を細めた。

「ううん、何でもない」

 優しく目を瞑る。

「あんたさ、これからもずっと、お姉ちゃんのこと好きでいてくれる? 浮気したりしない?」

 少し、悪戯そうに聞いた。

「ああ」

 稔も目を瞑る。

「姉貴はずっと見ててくれている。どんなに辛いことがあっても、どんなに挫けそうになっても……姉貴は笑顔で俺を見守ってくれている」

 稔は目を開け、夕焼けに染まる西の空を見上げた。

「だから、俺もずっと、姉貴のことを見続ける。最強の金メダルを手にする日がきたとしても、ずっと……」

 桜は、そんな稔をじっと見つめた。

(やっぱりこいつの目には、いつまでたってもお姉ちゃんしか映ってないんだ)

 頭の中を、色んな想いが駆け巡る。

 お姉ちゃんと稔の関係が羨ましくて、時には嫉妬したこともあった。お姉ちゃんのことも、稔のことも好きだったから……それなのに、どうして二人の中に私が入り込めないんだろうって。

 でも、それ以上に二人の関係が大好きで……だから、二人には永遠であって欲しかった。

 運命よりも、愛情よりも深い『契り』で結ばれたお姉ちゃんと稔は、これからも……決して終わることはないんだ。

 そうだよね、お姉ちゃん。そう、信じていいんだよね……。


 桜はそっと涙を滲ませ、夕焼け空に光り輝く宵の明星を見つめた。そんな桜の気持ちに応えるように、稔は伝える。

「姉貴、好きだよ。出会った時から……そして、これからも……俺が最強になってからも、ずっと……」

 杏の笑顔のように眩く黄金色に輝く明星を見上げて、稔は永遠の想いを誓ったのだった。



(了)

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