21
彼らはケニーの家の前で朝を迎えた。
台風13号は、名古屋まであと少しのところまで来ている頃だろう。
東京の朝は、嵐の前の静けさといった感じだった。
もちろん、ケニーが姿を現すことはなかった。
そのことを確認すると、ジローに連れられてケニーの現れそうなところを探し回った。
どこにもいなかった。
もう、姿をくらませてしまったことは間違いないだろう。
しかし、ジローは執念深く探し回っていた。
彼はもう諦めて、足取りが鈍くなっていた。
スコーピオンももう、しょぼくれたロバのようにうな垂れている。
「おいおい、何やってんだよ。さっさと次行くぞ。」
ジローは、地面にへたり込んでいる彼とスコーピオンの尻を叩いくように言った。
しかし彼は口を開こうともせず、スコーピオンが代わりにごねた。
「もう、いくらなんでもどっかに消えちまったよ。もう見つかんねえよ。」
「諦めるなよ。このまま終わって悔しくねえのかよ。」
ジローは語気を荒くした。
しかし、声に力が足りなかった。
「今回はスコーピオンの言うとおりだ。もう無理だよ。」
彼は諭すような口調だった。
ジローは舌打ちをして返した。
「チッ!しょうがねえな。飯でも食って休憩するぞ。それからまた探すからな。」
彼らに異論はなかった。
この状態では、頭がまともに働かないことは誰もが分かっていた。
すでに日が高くなり始めているので、ほとんどの店が開き始めていた。
彼らは偶然目に付いたうどん屋に入った。
店内は寂れた感じで、しょぼくれた老夫婦が経営しているようだった。
まだ、昼時ではないからか、他の客は誰もいなかった。
彼は肉うどん、ジローはきつねうどん、スコーピオンはなぜかカツ丼の大盛りを頼んだ。
誰も言葉もないぐらいぐったりとしていた。
全てが徒労に終わってしまったのだ、無理もない話だった。
ジローだって、もう手遅れだと分かっているはずだ。
プライドの高い男だから、納得がいかないだけなのだろう。
店の親父が、テレビのリモコンでチャンネルを次々と変えていた。
一回りしたが、気に入る番組がやっていなかったのだろう、ニュースに合わせた。
台風13号は現在、三重県辺りにいるようだ。
今夜にも名古屋市中心部を直撃するという予報だった。
そして、ぼんやりと眺めていると、注文の品が続々と運ばれてきた。
ジローはやけ食いでもするように、麺をすすっていた。
スコーピオンは大盛りなのに、早くも平らげようとしていた。
彼は食欲がわいてこないのか、義理でのろのろとすするだけだった。
しかし、彼の箸を持つ手が止まった。
目がテレビの画面に釘付けになってしまった。
二人は彼の様子に気が付いて、振り返ってテレビを見た。
二人もまた、動きが止まってしまった。
「本日早朝、東京都○○区のビジネスホテル××で男性の射殺死体が発見されました。男性は住所不定無職の****さん(42)。警察の調べによりますと、従業員が銃声を聞きつけて駆けつけたところに、**さんが頭から血を流しているのを発見したとのことです。荒らされた形跡がなく、物取りの犯行ではないとのことです。関係者から怨恨、金銭トラブルがなかったか調べているとのことです。
目撃情報によりますと、現場から外国人風の男二人が逃げていくのを多数目撃されています。特徴として、一人は白人系で金髪、身長は180センチ前後、もう一人は黒人系でスキンヘッド、身長は180センチ前後、似顔絵がこのようになっています。
続きまして、次のニュースは多摩川に今度はイルカが紛れ込んだとのことです。このイルカは……」
彼らは3人そろって口を開けながら、アナウンサーが淡々と喋るテレビを眺めていた。
彼らは状況が掴めず、困惑していた。
あの似顔絵は、間違いなくあの元米兵コンビだった。
そして、殺された相手は……
ジローがはっとした顔をして、突然立ち上がった。
彼はジローの様子を眺めていた。
ジローの顔が青ざめている。
そして、出口に向かって早足で歩き出した。
彼もジローの焦り具合から、ようやく事態の深刻さを察した。
彼とジローは店から逃げるように出て行った。
スコーピオンも慌てて外に出ようとしたが、店の親父に止められた。
スコーピオンは勘定を払ってから、先を急ぐ彼らを走って追いかけてきた。
「ちょっと待てよ!何食い逃げしようとしてるんだよ!」
スコーピオンは何も気付いていなく、金を払わされたことに憤慨していた。
彼の胃がムカッとした。
しかし、ジローの方が先に我慢の限界に達したようだ。
「お前、あのニュースを見て何も気付かなかったのかよ。声もでけえよ。」
一応、声を潜めるだけの理性は残っているようだ。
「あのニュースって、あいつらが殺しをやったってことだろ?それがどうかしたのかよ?」
やはり、何も気付いていなかった。
そして、ジローの残っていた理性は消えた。
「お前、バカか!それは……」
「こんなところでそのことは言うな!」
彼は急いでジローを黙らせた。
ちょうど良く、小さな公園の目の前にいたので中へと入った。
公園内には、魂が半分抜け出ていそうな老人が、ベンチに座って日向ぼっこをしているだけだった。
彼ら3人は空いているベンチに腰かけ、近くに他に誰もいないことを確認してから話を続けた。
「あのニュースの犯人があのコンビだってことぐらいは、お前でも分かったんだろ?」
ジローは少し理性を取り戻したようだ。
「まあな。それは分かったけど、何で殺しなんかやるんだ?」
スコーピオンはいまだに何も気付いてはいないようだ。
ジローは冷静さを失わないようにため息をついた。
「お前、誰が殺されたのかも気付かねえのか?」
「全くわかんねえ。」
スコーピオンは即答した。
「お前は自分の頭で考えたりしねえのか?元々少ない脳みそがすぐに腐るぞ。」
ジローは毒づいた。
しかし、無駄な忠告だということに気付いて諦めたように首を振った。
「何だと!?ちょっと頭がいいからって、人をバカにするんじゃねえぞ!」
スコーピオンは今にもジローを殴らんばかりに顔が紅潮した。
彼がやめとけよとスコーピオンを諌めた。
ジローがその様子を見て、さらにため息をついた。
「もういい。お前とじゃ、推理が全く発展しねえ。単刀直入に言ってやる。あの殺された男は、間違いなくケニーだ。」
彼はうなづいた。
ジローと同じ答えに結びついていた。
一方、スコーピオンは紅潮させていた顔が青く変わり、目と口が大きく見開かれていた。
「お前がようやく理解できたことは、そのリアクションで分かったよ。」
ジローはそれを見て、落ち着いてきたようだ。
しかし、スコーピオンは逆にうろたえていた。
「何でケニーが殺されたりするんだよ?全く意味わかんねえよ。」
「その理由は、オレにもはっきりとは分からない。それはあいつらだけが知っていることだ。だけど、何か問題が起きたのかもしれないし、もしかしたら、始めから金も後から回収するつもりだったのかもしれない。それは想像するしかない。だが、あいつらはケニーを殺した。ということは、オレたちも殺すつもりだということになる。それに、警察だって動いている。調べていけば、すぐにオレたちにつながるだろう。」
彼も同じ考えだったのだろう、何度もうなずいていた。
スコーピオンはもう、顔中に汗が吹き出していた。
「ということは、やばいのか?」
スコーピオンもようやく、事態の深刻さに気が付いたようだ。
「かなりな。もう、すぐ近くまで迫っているかもしれない。だから、さっさと姿をくらまそうってことだよ。わかったか?」
ジローはスコーピオンだけではなく、自分にも言い聞かせているようだった。
間違いなく、これほどの事態は予想外だったのだろう。
彼らはもう、1分でも1秒でも早く東京から消えたかったのだろう、ここからは無言で迅速に東京駅へ向かった。
そして、新幹線のチケットを買い、名古屋へと急いで帰っていった。
名古屋駅に到着すると、まずはスコーピオンのアパートへと向かった。
スコーピオン所有の、地元の代表自動車メーカーの大型バンにスコーピオンの必要な荷物を詰め込んだ。
それから、ジローの家に車で向かった。
こういう時に限って、いつも以上に道が混んでいた。
彼は貧乏ゆすりが止まらず、スコーピオンは絶えずタバコを吹かしていた。
その内に夜になり、辺りはもう暗くなり始めていた。
空は今にも雨が降り出しそうなほど分厚い雲に覆われていた。
風も強くなり始めている。
台風がもう目の前までやってきていた。
ジローの家に到着すると、スコーピオンを車に残して中へと入った。
彼はジローの荷物をまとめるのを手伝った。
大麻の鉢をどうしようか話し合ったが、もう二度と戻ってくるつもりはないので、一緒に持っていくことにした。
荷物を持って外に出ると、雨がすでに降り始めていた。
ふと見ると、スコーピオンの様子がおかしかった。
わざわざ雨の中突っ立って、ぎこちなく引きつった笑顔だった。
彼は気持ち悪い奴だと眉をひそめた。
その時、背中に硬い物の当たる感触がした。
『フリーズ、ハンズアップ。』
彼は言われたとおり動きを止め、両手を挙げた。
ジローも同じようにしていた。
「悪い、捕まっちまった。」
スコーピオンの後ろから、スコーピオンに銃口を突きつけながら、もう一人の男が現れた。
少佐だった。
ということは、彼らの後ろにいるのがマルコムということになる。
なぜ、こいつらがここにいるのか、彼には理解できないことだろう。
こいつらは超能力者かとさえ思っているだろう。
『色々と言いたいことがあるだろうが、さっさと車に乗りな。』
彼らは無理矢理押し込まれるように車の中に入った。
運転席にはスコーピオン、助手席にはジローが座った。
彼は後ろの座席で、奴らに挟まれるように座った。
奴らはどこかの山に行くように指示をした。
スコーピオンは言われたとおり車を発進させた。
終始無言だった。
奴らは隙を見せることなく、外からは見えないように常に銃口を突きつけていた。
カーラジオからは、FM番組のDJがリスナーからのメールを読んでいた。
内容は恋愛相談のようなことだったが、この状況で聞くと何ともシュールだ。
車は地元で有名な心霊スポットの廃トンネルへと向かっていた。
雨が窓を叩きつけるほど強くなり、車体が左右に揺さぶられるほど風も強くなっていた。
ゲームオーバーには、おあつらえ向きだ。
廃トンネルに到着すると、彼らは車から降ろされた。
そして、トンネルの中へと連れていかれた。
ここはすでに使用されていないので、中は闇が濃く、異界の冷気のようなものを感じる。
おそらく、異界の住人たちが、彼らが仲間になるのを手をこまねいて待っているせいだからかもしれない。
静寂を破るように、車のエンジンのかかる音がした。
そして、目がくらんだ。
車のライトを点けたようだ。
どうやら、正面から照らされているわけではないので、だんだん目が慣れてきた。
彼らの正面に、少佐とマルコムが銃を手にして立っていた。
『何か言い残すことはあるか?もう分かってはいると思うが、お前たちはここで死ぬ。』
少佐は事務的に言った。
今から市役所の受付をすることになっても、同じ口調かもしれない。
『ちょっと待ってくれ。どうして僕たちを殺すんだ?それに、どうやって僕たちの居場所が分かったんだ?』
彼はこの状況でも口を開くことができた。
『殺される理由なんて、お前たちが一番分かっているだろ?あんな紛い物でごまかせると思ったのか?』
少佐はあくまでも冷静だった。
彼には何のことか分からず、落ち着かなかった。
『偽物だったってことか。』
ジローがポツリとつぶやいた。
『そういうことだ。1つは上等といっていい。』
少佐はその1つを手に持った。
そして、大事そうに懐にしまい、他の袋を手に取った。
『だが、他のは色だけ似せた、ただのクエン酸だ!』
少佐は怒鳴り、中身のクエン酸を彼らにぶちまけた。
彼はクエン酸をまともに吸い込んでしまい、思わずむせた。
他の二人も同じようになっている。
『つまりだ、これだけのことをしたら、十分万死に値する。念の為に札の中に発信機を仕込んどいて良かったぜ。』
そうか。
だから、ケニーの居場所を突き止めることができたのだ。
彼はただ身体を硬直させているだけだった。
事態はもう最悪の終点へと到達しようとしていた。
『何だ?お前ら、自分たちの持ってきた物がどういうものかすら分かっていなかったのか?ふん、ただの素人かよ。どっちにしろ、ここまできたら手遅れだ。ついでに教えてやるよ。ケニーの奴が死ぬ間際にお前たちのことを全て語ってたぜ。カナリアでもあんなには歌わないぞ。ほとんど廃人のくせに、よっぽど死にたくなかったんだな。おかげで、オレたちはお前らの居場所を掴めたけどな。』
少佐は冗舌に語っていた。
そして、どこかへと歩いていった。
彼は身体を硬直させて、ひざまずかされていた。
そして、沈黙の時間が続いた。
5分経ったのか、5時間経ったのか分からないほど時間の感覚が滅茶苦茶になった。
そして、彼の真っ白になった頭の中に1つの疑問が浮かんだ。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます