16
「……で、こういう奴が最後に行き着くところがどこかは、アニキなら分かるよな?」
ジローの話はこれで終わりだった。
そして、彼に問いかけてきた。
「ああ、インドってことか。お決まりのコースだな。」
彼は皮肉に聞こえるように言った。
だが、ジローは鼻で笑っただけだった。
「お決まり、ね。確かにそうだな。もう人生やり尽くしたと思っているような奴ばかり集まってくるからな。だが、オレに言わせれば、世界中のクズどものたまり場だ。ただのゴミ捨て場なんだよ。腐ったような廃人どもばかりだし、色々と悪どいことをやる奴もいた。インド人以外でな。そして、オレも色々とやってきた。旅慣れてない奴らから金を巻き上げたこともある。特に日本人の女の一人旅はただのカモだったぜ?ちょっと親切で頼りがいのある男のふりをしたら、すぐにだまされやがる。自分を探しに来たとか訳のわからねえことを言ってやがったけど、探したところで所詮、底の浅い尻軽のバカ女でしかねえくせによ。だから、夢から現実に戻してやったんだよ。」
ジローは笑い出した。
醜悪に歪んだ笑いだった。
本当に嫌な男だ。
「確かに、お前は過去に傷つけられてきただろう。だけどな、関係ない人を巻き込むのはただの八つ当たりだろ。」
「一般論で片付けるなよ!いいか、これがオレの呪いの全てだ。いつだってそうだった。何で、オレばかりがこんな目に遭う?ガキの頃のオレは、何も悪いことなんかしてこなかったはずだ。将来有望なはずだった。だけど、突然不条理に全てを失った。それなのに、バカな奴らがのうのうと生きてるんだぞ?そんなの許せるわけないだろ。オレから何もかもを奪った何かが何もしないのなら、オレがバカな奴らに失う恐怖を教えてやるんだ。それが、この腐った世界に対するオレの復讐だ。人間なんぞ、蔑む敵だ。愛だ?友情だ?はっ、そんなもん、クソくらえだ!……オレはマリファナでもやって自由に生きていれば、それでいい。」
ジローは吐き捨てるように言った。
ジローの目が薄らと湿って見えるのは、照明の加減のせいだろうか、それとも……。
「僕との関係もその程度にしか思っていないのか?」
彼は静かに問いかけた。
しかし、ジローは何も答えなかった。
ただ黙って財布から1万円札を取り出し、テーブルに叩き付けた。
そして、そのまま店から去って行った。
彼は少しの間、一人で黙って座っていた。
おもむろにビールのジョッキを手に取り、口に運んでいった。
しかし、もう気が抜けていてぬるかった。
一口も飲むことなく、テーブルの上にジョッキを置いた。
そして、勘定を手に取ると会計を済ませて店を出た。
1万円札を後に残して。
店から出ると、すぐに彼女から電話がかかってきた。
彼は液晶画面を見ながら立ち止まった。
まだ、ジローとの話をどう説明しようか考えがまとまっていなく、どうしようか迷っていた。
しかし、彼は考えがまとまる前に電話に出た。
「ナッツが自殺したの。」
「ナッツが自殺したの?」
彼はオウム返しに聞いた。
あまりにも突拍子もない一言に、彼は何を言われたのか全く理解できなかった。
「そうよ!ナッツが自殺したのよ。」
「へ!!?」
彼は文字通り、飛び上がらんばかりの間の抜けた声を発した。
そして、慌てて彼女がどこにいるのかを聞いた。
病院にいるらしい。
彼はどこの病院かを聞き出し、彼女に待っているように言った。
すでに終電時間は過ぎているので、タクシーを捕まえて向かった。
彼は運転手に行き先を告げた。
運転手は車を走らせている間、彼に話しかけてきたが、彼はただ生返事をするだけだった。
運転手は会話をすることを諦め、黙って運転に専念した。
週末の夜だったが、もう夜も遅いため、順調に走り続けた。
病院へと到着すると、彼は料金を払い、おつりをもらうこともせず、中へと駆け込んだ。
彼女が救急病棟の待合席で上の空で座っていた。
彼は息を切らせながら、彼女の元へと駆け寄った。
彼女はショックが大きすぎたのか、話しかけても明確に答えることができなかった。
つなぎ合わせて要約してみると、こういうことだった。
あの後、ナッツは泣きながら実家に帰ってきた。
ナッツの両親は突然のことに驚いて、話を聞こうとしたらしい。
しかし、話は支離滅裂で要領を得ず、ナッツはすぐに部屋に引きこもってしまった。
両親の方がどうすればいいのか分からず、慌てふためいてしまったようだ。
どうにか落ち着いてきた頃、母親がナッツの様子を見に行った。
そこにはナッツが床に倒れていた。
近くには睡眠薬の小瓶が中身を散らした状態で転がっていた。
母親は半狂乱になって叫び、父親が駆けつけてきた。
両親はうろたえるだけで何もできず、なぜか彼女に連絡してしまったそうだ。
彼女は事態の深刻さに青ざめつつも、救急車の手配をしたり、両親に指示を与えたりして、病院へと駆けつけたらしい。
ナッツは命に別状はなく、一晩安静にしているようにということらしい。
実際は自殺未遂だった。
彼はそのことが分かり、ほっと胸をなで下ろすことができた。
しかし、もし両親だけだったらと思うとぞっとしてしまう。
彼はナッツの両親に挨拶だけして、彼女をタクシーで家まで送っていった。
彼らは終始無言だった。
タクシーの運転手は重苦しい雰囲気を感じ取ったのか、黙って運転していた。
彼女の家に到着すると、彼はタクシー代を払い、彼女を家の中まで連れて行った。
彼は彼女をソファーに座らせ、その前に突っ立っていた。
彼女に何て声をかければいいのだろうかと、胃の中に重たい物があることを感じた。
彼女は顔を伏せたまま、何かをぼそっとつぶやいた。
彼は聞き取ることができず聞き返した。
「あの男とは会ってきたの?」
彼女は、ジローの名前を口にするだけで汚らわしい、とでもいうように名前を伏せた。
そして、彼女は顔を伏せたままで、声は感情がこもっていなく平板だった。
しかし、彼女の内側には怒りがふつふつと煮えたぎっているようだ。
「うん、会ってきたよ。」
彼は言いにくそうに言った。
「それで、何を話してきたの?」
「色々とね。何でこんな事をしたのかとか、本心のこととか色々とだよ。」
彼はジローとの話を曖昧にごまかした。
彼自身、何をどう言えばいいのかまだわかっていなかった。
「あの男は謝っていたの?償いはさせるって言わせたの?」
彼女はいらいらと早口になってきた。
彼女の両肩が小刻みに震えている。
「いや、そんなことは言ってなかったよ。あいつは絶対に反省なんかしないし、人のことも何とも思わない奴なんだ。」
彼がそう言った瞬間、彼女が伏せていた顔を上げ、彼をにらみつけた。
彼は気圧されたように後ずさった。
「何でそんな男と一緒にいるのよ!」
彼女は声を荒げた。
彼女の怒りの矛先が彼に向いた。
「そんな奴だとは思わなかったんだよ。前に一緒にいた時だって、旅先の短い付き合いなんだ。分かるわけないだろ。」
「言い訳なんかしないでよ!」
彼女は弾けるように立ち上がり、彼に詰め寄った。
「本当はあなただって何とも思ってないんでしょ!」
「何言ってるんだよ。何でそうなるんだよ。」
彼の胃がムカムカしてくるのを感じた。
もういい、やめろ!
僕は殴ってでもこの男を止めたかった。
しかし、僕にはどうすることもできない。
「だったら、何でそんなに冷静でいられるのよ。女の子にとっては大問題なのよ!」
「ちょっと待ってくれよ。僕だって心配したし、あいつのことは許せないと思っているよ。」
黙れ!
何も言うな!
だが、止まらない。
「どうだか。本心ではだまされる方が悪いと思ってるんでしょ。」
「いいかげんにしろよ!自分だって見せかけだけの男にケツを振る安っぽい女じゃないか!」
とうとう言いやがった、このバカが!
この男の首の骨をへし折ってやる。
しかし、僕には手も足も出せず、全ては手遅れだった。
「そうよ!私なんて安っぽい女よ。きっと、あなたみたいにお高いところから見たら、みんな低俗でしょうね。本当に月にでも住んでるんじゃないの?そうよ、もう月に帰っちゃいなさいよ!」
「ねえ、ちょっと待ってくれよ。本当はこんなこと言うつもりじゃなかったんだ。だから……ひっ!?」
最後まで言い切らない内に、彼の左耳すれすれに何かが飛んできて後ろの壁に突き刺さった。
包丁だった。
それからは手当たり次第に、次々と飛んできた。
クッション、テレビのリモコン、ハードカバーの本等など、全てが彼の身体のどこかに命中して彼は後ずさっていった。
玄関ドアまで追い詰められると、叩き出されるように追い出された。
扉が閉まる瞬間、ドアの隙間から彼女の目から大粒の涙がこぼれるのが見えた。
これが、最後に見た彼女の姿だった。
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