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夜空一面、明るい蛍光色のビニールの物体がゆらゆらと揺れていた。
良く見ると、太い竹から短冊などの飾りだった。
ふいに、視線が下がると、道路の真ん中を歩いていた。
しかし、車は全くない。
そこには、道路の両脇に屋台がずらりと並んでいる。
ほとんどは焼き鳥やカキ氷などの軽食、他には射的や金魚すくいといった古典的なものが多々ある。
そして、浴衣を着て歩いている人ごみだった。
どうやら、実家近くの駅前商店街で行なわれている七夕祭りに来ているようだ。
この祭りは日本三大七夕祭りと言われている。
それにしても、三つ以上の都市で三大と言われているのが毎回不思議に思う。
誰がそんなことを決めているのだろう?
公式な選考委員会でもあるのだろうか?
常々調べてみようと思うのだが、すぐに忘れて放っておいてしまう。
そして、また気になってすっきりしないという悪循環に陥ってしまうのだ。
しかし、日が沈んだというのに蒸し暑い。
歩きすぎてしまったせいか足がだるい。
人ごみが騒々しすぎて息苦しい気がする。
しかし、これは仕方がないことなのだ。
僕は元々お祭り騒ぎが好きではない。
例のウイルス騒ぎ以前から、人ごみは特に嫌いだ。
静かにのんびりと、どこかの山か人のいない海に行って、自然の奏でる音楽を聴いているほうがはるかに楽しい。
それならばなぜ来るんだという話になるが、もちろん僕一人ならば確実に来るわけがない。
全ての原因はこいつらだ。
久しぶりにジローから電話が来たと思ったら、祭りに行こうと言い出した。
当然、僕は断った。
だが、奴らはわざわざ僕の家までやってきた。
すぐに追い返してやろうと出て行くと浴衣まで着て来ていた。
さすがにここまでされてしまっては、もう断れなくなってしまい、不本意ながら来てしまったというわけだ。
「アニキ、そんなにつまらなそうな顔すんなよ。せっかくの祭りだ、楽しめよ。」
ジローはこっちに振り向き、彼に話しかけてきた。
小学生たちに混ざり、射的用の銃を持ちながらへらへらとしている。
いい年こいて、何が楽しいのかいまいち理解できない。
「だから、初めから言ってるだろ。僕は祭りが好きじゃないって。」
彼は何度も言わせるなとでもいうように、うんざりとした口調だった。
「いいや、違うな。祭りの嫌いな奴がいるわけがない。浴衣を着てないから気分が乗ってこないだけだ。」
スコーピオンは勝手に決め付けてきた。
お前の価値観で物事を決めるな。
お前が好きだからってみんなが好きとは限らないだろう、このノータリンが。
と肉体があったとしても、僕はそんなことは言わない。
この程度のことで怒ったりするほど、気が短くも青くはない。
彼ら男くさい3人は、ぶらぶらと出店を見ながら歩いた。
この街は彼にとって故郷とも言える街なので、何人か旧友たちと再会した。
自分自身の家庭を築き上げた友もいれば、母校で教師になった友もいる。
みんなは、彼がこの街に戻ってきていることに驚いていた。
彼が旧友たちに、何の連絡もしていなかったから当然だった。
みんなは、彼が自分の為に自由な時間を過ごしていることをうらやましいと口々では言っていた。
そんなことをやってみたかったと、何で何の連絡もしてくれなかったんだとも。
しかし、彼はあいまいなことを言ってごまかした。
そう、この時の僕は、旧友たちに会いたくはなかった。
地に足をつけて、ありきたりな人生を歩んでいくという現実なんて見たくもないし、くだらないと思っていた。
実際に会い、ふいにむなしくなり、さらに見下していたのかもしれない。
しかし、僕はもう一度振り返ってみて、旧友たちを避けていた本当の理由が分かった。
旧友たちは、口々では、特に変わりばえのない毎日で楽しくはないと言っていた。
だが、今の僕の目には旧友たちが生き生きとした実体を持っていた。
しっかりと地に足を下ろし、確固たる自分を見失いはしないように見える。
それに比べて僕は、好きなことをやって生きることの何が悪いと嘯いていた。
地道に生きたところで結局、最後はただの肉の塊になって塵に帰るだけだ。
何をしようとも何の意味もないと考えていた。
しかし、辛い現実から目を背け、言い訳を作って逃げているだけだった。
ただ単に、雲のように風の吹くままに流されていくだけだ。
現実世界から見たら、ただの風景の一部に過ぎない。
僕の存在などいてもいなくても変わらない。
そして、いつの間にか存在が消えてしまっていても誰も気が付かないだろう。
たとえ、その時その瞬間を楽しく感じていたとしても、こんなものが本当に自由と呼べるのだろうか?
これまでの僕の生き方なんて、ただの幻想でしかないのだろうか?
もしそうだとしたら、自由なんてものは、甘ったれどものただの思い上がりにすぎないじゃないか。
僕はもう何かが違うと思い始めていた。
もしかしたら、僕の中の何かが終わったのかもしれない。
それとも、これから何かが始まろうとしているのだろうか?
わからない。
どちらにしても、僕には今更どうすることもできない。
もはや、全てを失ってしまったのだ。
だが、これだけははっきりとしている。
お互いにとって、本当にうらやましいと思っているのは、僕の方だ。
彼は結局、旧友たちとは軽く話をするだけで別れた。
もう旧友たちとは相容れることは出来なかった。
彼は旧友たちに背を向けて歩き始めた。
「へえ?あいつらがアニキの昔のダチってやつか。」
ジローが後ろを振り向いてそう言った。
ここからでは表情が見えないので、どういう意味を込めていったのか分からなかった。
きっと深く考えずに言っただけなのだろう。
彼らは屋台の裏側にある焼肉屋に入った。
こじんまりとした店ではあるが、運良くテーブルが一つ空いていた。
すぐに生ビールを大ジョッキで三つ注文してから肉を選んだ。
選ぶとはいっても、ほぼ全種類の肉だから選んだ内には入らないだろう。
店員がすぐに生ビールを持ってきたので、何についてかは分からないがとりあえず乾杯をした。
スコーピオンだけチンチンと言って、何がおかしいのかガハガハと笑っている。
そして、のどをごくごくと鳴らして飲んだ。
すっきりと食道を突き抜けるように下り、胃袋に自己主張強く着地した。
それから血管という血管へと伝わり、ついに脳へとたどり着くと、全身の細胞が踊り出すように気持ちいい。
すきっ腹で全身が水分を求めている時に飲むビールに勝る飲み物はない、といっても過言ではない。
そして、肉が次々と運ばれてきた。
焼いては食べ、焼いては食べ、いつの間にか皿の山が出来ていた。
何でビールと焼肉ってこんなに合うのだろう?
スコーピオンなんて、さっきからうまいしか言ってない。
こいつはいつも一体何を食っているんだろう?
彼がふと見ると、ジローが彼の方を見てにやついていた。
何を言いたいのか分かりすぎるぐらい分かる。
彼は何も言うなと言おうと口を開いたが先手を取られた。
「あのコとはやったのか?」
あまりにも予想通りすぎて、彼は開いた口がふさがらなかった。
それにしても、どうして男と女のことになると、それしか思い浮かばない奴が多いんだろう?
発想が貧困すぎる。
「そう、それそれ。俺も聞きたかったぜ。何であんなにいい女がお前を選ぶんだよ。何かおかしくねえか?」
スコーピオンよ、お前だけには言われたくない。
「全く、お前らはどうしてこう低レベルなことしか話題に出来ないんだよ。もっとこう高次元な話でもしようぜ。」
彼は話題を変えようとした。
しかし、このニヤケ面の前には無駄な足掻きだった。
「何言ってやがる。政治だとか社会問題について話そうっていうのか?そんなモン誰も聞きたくねえよ。つうか、話そらすなよ。まさか、まだなのか?」
彼は図星をつかれてしまったのか、一瞬目が泳いだ。
そして、苦し紛れに口を開いた。
「やるもやらないも、付き合ってもいないよ。ただの友達関係だ。」
しかし、逆に何も言わないほうがよかった。
二人は天然記念物を見るような目で彼を見た。
「ウソだろ。アニキのことをつくづく変わった奴だと思っていたが、これほどのレベルとは。」
スコーピオンについては絶句している。
彼はもううんざりだというようにため息をついた。
「別に僕がこのままで満足してるんだからそれでいいだろ。」
「良くない!」
スコーピオンは断言した。
「男と女の関係にセックスがないなんてありえねえ!そんなのは自分をごまかしてるだけだ!」
「お前の価値観で決めるな!」
僕は一瞬、自分の考えが口に出るようになってしまったのかと思った。
しかし、実際は彼が同じ考えを口に出しただけだった。
さすがのスコーピオンも、はっきりとそう言われてうろたえてしまった。
ようやく黙ってくれた。
「いいや、スコーピオンの言うとおりだね。」
ジローは含み笑いをしていた。
「まだ、この話題を引きずろうってのか?」
彼の眉間に力が集まっている。
「おいおい、まだどこにも行き着いちゃいないぜ。何でそんなにこの話題を避けたがる?もしかして、びびってんのか?お、その目は図星だな。ポーカーフェイスを装っても無駄だぜ。オレには分かっちまうよ。」
ジローは不気味に彼のことを見透かしてきた。
彼の背中に冷たい汗が伝わるのを感じた。
「だから、何だよ。僕に一体何をさせようとしてるんだ?」
彼はジローにいいように操られていた。
「本当はアニキだってわかってるんだろ?誰にだって性欲はあるんだ。素直に本能に従え。そんなこともできねえのか?」
ジローは明らかに彼のことを挑発していた。
「上等。それぐらい楽勝だ。誰にものを言ってやがる?」
そして、あっさりと成功した。
彼は見かけによらず単純な男なのだ。
彼はポケットからスマホを取り出し、彼女に連絡した。
そして、明日花火を見に行こうと誘った。
彼女はあっさりとOKしてくれ、明日会う約束をした。
「どうだ、これで満足か?明日ばっちり決めてやるよ。」
彼は勝手に熱くなっていた。
ジローが目の前で小ずるく、にやりとしているのにも気付かない程に。
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