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僕がまだ高校生だった頃の話だけど、僕は見た目は普通の高校生だったと思う。
学校には普通に通っていたし、特に目立ってもいなかった。
ごく平凡な高校生だった。
でも、僕は学校の外では全く違う生活を送っていた。
その年頃になると、溜まり場になる場所ってよくあるだろ?
僕もまた例外に漏れず、そういう場所に出入りをしていた。
僕の場合は、小学校から付き合いのある連中のところだった。
ただ、そこはまともな場所ではなかった。
初めの頃はまだ、タバコを吹かしたり、酒を飲んだり、ゲームをやったり、くだらないことを語り合っているだけだった。
誰が好きで嫌いだとか、どこの誰が強くて悪いとか、誰と誰が付き合って別れたとか、流行の音楽だとかテレビだとか、そういう類の話だ。
その程度のことはよくあることだと思う。
でも、いつの間にか出入りする奴らが増えてきた。
多い時は、大体20人ぐらいは出入りしていたと思う。
同級生、先輩、後輩、余所の学校の奴ら、高校をドロップアウトした奴ら、全く面識のない連中までいた。
男だけじゃなく、女の子もいた。
誰も彼も地元では、そこそこ悪名で知られた中途半端な連中ばかりだった。
退廃的で自堕落な本当にひどい時期だった。
ただ、僕はタバコにすら手を出さなかった。
でも、それはほめられたことでも何でもないんだ。
僕には、ただ興味を惹かれなかっただけなんだ。
本当に興味すらなかった。
僕がそこにいた理由は、ただ抜ける理由がなかっただけなんだ。
一応、ゲームとマージャンだけはそれなりに楽しんでやっていた。
でも、それだけだ。
僕は、そこでも目立たないように息を潜めながら、他の連中を観察していた。
僕は全ての人間を欺こうとしていたのかもしれない。
もう高校3年生の夏になっていた。
僕は早々に大学受験からは縁を切っていたので、まだそこに出入りをしていた。
そして、飽きることなく、ゲームとマージャンばかりやっていた。
でも、新しい女の子があそこに現れた。
当時は、ようやく高校生たちに携帯電話が浸透し始めた頃だった。
新しい付き合いが生まれるようになっていた。
その中に出会い系サイトがあった。
あの頃はサクラなんていなくて、ほとんどが素人ばかりだった。
お互いに考えていることはほぼ共通していた。
相手を求めているだけ。
だから、単純だった。
そうして、あそこにやってくる女の子も何人かいた。
その女の子もその中の一人だった。
誰が呼んだのかはよく覚えていない。
名古屋から来た子で、誰とでも寝るし、どんなものにも手を出していた。
僕はその子をバカな女だと冷めた目で見下していた。
夏休みもほぼ終わりに近づいてきた頃だった。
その女の子はいまだに帰ろうともせず、あそこに居座っていた。
僕もまた、そんな生活を続けていた。
その子とは顔を合わせても、特に話をすることもなかった。
ある時、僕はマージャンのメンバーから外れた。
順番を待っていると、その子からコンビニへ行こうと誘われた。
僕には断る理由がなかったから一緒に行くことにした。
特に話をすることもなく、並んで歩いていた。
買うものだけ買い、戻ろうとしたが、その子に今度は近くの大きな運動公園へ行こうと言われた。
僕たちは、公園の中にある巨大なくじらの遊具の中に入った。
何で戻らないんだ、と僕は聞いた。
その子はあの雰囲気が好きじゃないと答えた。
だったらもう名古屋に帰ればいいじゃないかと僕は返した。
その子は名古屋にも戻りたくないと答えた。
そして、身の上話が始まった。
名古屋に戻っても、同じようなことしかしないからつまらない。
でも、実家にはもっと帰りたくない。
実家には義理の父親がいて、中学生の時に無理矢理処女を奪われた。
それからは、事あるごとに犯され続けてきた。
多分、母親も知っていると思う。
でも、その男が怖くて何も言えないんだと思う。
その後も、会う男たちにもいいように使い捨てにされてきた。
始めはいいことしか言わないくせに、結局はあの男と同じなんだ。
私は男運がない。
もうどうでもいい、と語っていた。
悲惨な話だった。
自虐的になってしまっても無理もない話だった。
僕は何も言えず、ただ聞いているだけだった。
でも、その女の子は急に僕を誘ってきた。
僕は何がなんだか分からなくて、その子にされるままだった。
結局、これが僕の初体験になった。
僕は用事が出来て、あそこには一週間行かなかった。
再び行ってみると、その子はもういなくなっていた。
あそこの連中は気に入らないから追い出したと言っていた。
僕はそうなのかと無感動を装っていた。
でも、内心どこかにザラつくものがあった。
僕もあそこの連中といざこざがあって、とうとうあそこから抜け出した。
一人でいることが多くなったし、同じ高校のメンバーとつるむこともあった。
しかし、妙にすっきりとした気分だった。
これが普通の青春なんだと思った。
もうその子とのことも忘れかけていた。
でも、それもすぐに終わりを迎えた。
ある日、その女の子が自殺をしたという話を聞いた。
その女の子はハードドラッグをやっていた。
精神的に追い詰められていたらしい。
そして、その時の恋人ともめてしまった勢いで、マンションの屋上から飛んでしまったということだった。
その女の子を知る人間たちは、やってもおかしくはなかったと言っていた。
でも、僕は何も言えなかった。
僕に身の上話をしたのは、僕に救われたいと思っていたのではないだろうか?
いや、本当は誰でもいいから救いを求めていたのではないだろうか?
僕のことを信頼していたからあんな話をしたのに、僕はその思いを全て無視して裏切った。
僕もその女の子を利用した連中と同じだったんだ。
そして、僕は深い自己嫌悪に陥った。
そこに至っても、僕は誰にも何も言うことはできなかった。
自分の体裁を保とうとしていた。
本当にひどい奴だった。
それからの僕は、人を好きになることができなくなってしまった。
またひどく傷つけてしまうことを、自分が傷つくことを恐れてしまっていた。
僕はまともに人と心を通わせることができなくなっていた。
全てが浅い関係にしかならなかった。
その後、恋人となった女の子ともほとんど肉体関係だけだった。
そして、すぐにうんざりしてしまったかのように、僕から離れていってしまった。
気が付くと、僕はいつも一人ぼっちだった。
きっとこれが僕の罪と罰なのかもしれない。
「……ねえ、どうしたの?ずっと黙ったままだけど?」
彼女は怪訝な表情で、ワイングラスを持って固まったままの彼に話しかけた。
そうだ。
記憶の奥深くに封印していた暗い青春を思い出していたのは、僕だ。
この時の僕、彼がこの後語ったこと、
結局、体裁を取り繕って、仕事を放り出して海外を放浪してきたことを語った。
でも、知り合いはたくさんできたけど、もちろん、女性の知り合いもいたが、深い関係にはなれず、恋人は出来なかったことは正直に言った。
彼女は何も言わなかった。
ただ、シャルドネの入ったワイングラスを手に持ち、中のワインをゆらゆらと回していた。
そして、彼のことを全て見透かすことができるかのように、ワインを通してじっと見ていた。
「本当に語りたかったことって、そのことなの?」
「え?そうだけど、どうして?」
彼はよくわからないというように、首を傾げて彼女を見つめている。
でも、僕は心がかき乱された。
彼女はまるで、この僕に疑問を投げかけているかのようだ。
「ふふ、気にしなくていいわ。あなたの問題は、人があなたと親しくならないことじゃなくて、あなたが人に深く近づこうとしないことなのよ。」
彼女はワイングラスを置き、話を続けた。
「多分、あなたのしてきたことは貴重な経験なのかもしれない。でも、すべてが自分の中だけで完結しているのよ。その時にも、多くの人たちに会ってきているのでしょう?あなたに対して好意的だった人も、きっといたはずよ。誰かと深く関わるチャンスはいくらでもあったと思う。でも、あなたは何も返してあげなかった。その貴重な経験を共有しようとしなかった。そして、誰かと共に人生を歩むチャンスを逃してしまった。
きっと、誰かはこう思ってたんじゃないかな?もっとあなたのことを教えて。心を開いてって。本当のあなたが、まるで月にでもいるみたいに遠くに感じていたと思う。多分、一緒にいてもむなしくて、息苦しくって心が消耗してしまったのよ。それでも、あなたに惹かれていたのかもしれない。だから、あなたから離れるしかなかった。これ以上傷つきたくはないって。あなたは無意識の内に、その人たちのことを傷つけていたのよ。私はそう思うわ。」
彼女は優しく、厳しくはっきりと分析した。
同じ言葉で言われても、相手によって受け取り方が違ってくる。
他の相手に言われたのなら、おそらく彼は幼稚な反論をしていたことだろう。
彼は最後まで黙って聞いていた。
そして、僕も……。
「うん、そうだね。君の言うとおりだと思う。僕は自分からは何もしてこなかった。もし、僕が心を開いて積極的にしていたら、きっと違う人生になっていたのかもしれない。」
「そうね。でも、過ぎ去ってしまったことは戻っては来ないのよ。だから、後悔しないように現在を大事にするしかないの。ありきたりだけどね。それに、もし違う結果になっていたら、私たちは出会えなかったかもね。」
「う、それは困るな。」
彼はあごを指でさすりながら考え込んだ。
彼女は彼の真剣に悩む姿がおかしいのか、くすっと笑った。
そして、ありがとうと言い、
「やっぱり人生って積み重ねなんだよね。良くも悪くも、現在は過去の結果なんだと思う。全ては成るべくして成っているの。つながっているって言ったほうが分かりやすいかな。」
「つながっているか。うん、それならしっくりとくるな。僕も一応そう感じたことがあるよ。ただ、旅をしていた時だから漠然とした感覚でしかないけど。」
「それでいいんじゃないのかな?何て言えばいいんだろう。漠然とした感覚だけでも物事が見えてくるのはいいことだと思う。そこから何か新しい考え方が生まれてくる可能性だってないわけじゃないしね。その時が非日常だったからこそ、客観的に自分自身のことを含めて、物事が見やすくなるっていうことかな。日常生活ではなかなか見えてこないことだと思う。ということは、放浪の旅にも人によっては意味のあることなのよ。そうしなければならないってことでもないけどね。」
「何だか君には教えられてばかりだよ。情けないなあ、同世代のはずなのに。精神的には君のほうがはるかに大人だよ。」
彼はお世辞でもなく、素直に言葉が出てきた。
こんなに素直に人の話を聞く男ではなかったはずなのに。
「本当はただの受け売りだけどね。知ってる?J・レッドフィールドの『聖なる予言』っていう本なんだけど、かなり古いけど世界的にベストセラーになって、それを私なりにアレンジしてみただけよ。」
「名前は聞いたことはあるな。読んだことはないけど。確か、バンコクで会った小汚いひげメガネの日本人がそんな話してたな。オレの悟ったことを裏付けるだけじゃなく、さらに深い世界がある、とか熱く語ってたな。」
彼女は彼のその話を聞いて本当におかしそうに笑った。
「本当、面白い人っているね。とにかく、読んでみてよ。あなたならきっと気に入ると思うわ。」
その後も、もう少したわいのない話をしてから帰った。
人には、誰にでも黄金の日々があるという話を良く耳にしていた。
僕はこの時まで、そんなものは本当に恵まれている人間だけにしか訪れないものだと思っていた。
でも、この頃は少しだけ信じてもいいかなと思っていた。
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