場面は急に流れ、僕は自室のノートパソコンでようつべでお笑いを見ていた。


 どのくらいの時間が経過したのだろうか?

 この次の出来事を予想すると、おそらく3日は過ぎているはずだ。

 ノートパソコンの画面は、マイクスタンドの前で漫才をする二人組の芸人たちが、それぞれのネタを披露している。

 今もまた、二人組みの芸人たちが漫才を披露している。


 彼が笑いの研究をしているところに、ジローからメッセージが入った。

 合コンのメンバーが一人、急に来られなくなったから今夜18時に来てくれないだろうか、ということだった。


 彼の胸が高鳴り、飢えた肉食獣のように色めきだって喰いついた。

 すぐにジローに電話をかけ、OKの返事をした。

 そして、合コンの概略だけ聞いて出発の準備をした。


 なぜかスーツ着用と言うことなので、唯一持っているタンスの奥深くにある防腐剤くさい、販売数第一位のリクルートスーツを着て、集合場所へと向かった。


 集合場所である名古屋駅にやってくると、すでにジローが来ていた。

 そして、彼は3日間の集大成である一派芸を披露した。


「#$※#@!」


 彼の決めポーズから、根拠のない達成感のようなものが伝わってきた。

 しかし、周囲からの視線が冷たい。


「……どうしたんだ、アニキ?」

 ジローは唖然と口を半開きにしていた。


「なあ、オレの目をちゃんと見て答えてくれよ?マジでシャブとかヘロインとかヤバいケミカルに手を出してないだろうな?」

 ジローは真剣な目をして聞いていた。


「当たり前だ!そんなものやるわけないだろ。それより今の面白くなかったか?」

 彼は恥ずかしさからか、顔が火照り少し早口になって尋ねた。


「いや、ぴくりとも面白くなかったよ。」

 ジローは何を言っているんだ、とでもいうようにあっさりと否定した。

 そして、彼はその一言でひざから崩れ落ち、地面に座り込んだ。

 この3日間は何だったのだろう、とでもいうように頭を抱え込んだ。

 神を楽しませろとは言われたが、間違った方向に努力をしていたのだった。


 これからすぐに、他の合コンのメンバーがやってきた。

 一人はキトウと名乗り、ネイビー色のピンストライプスーツがよく身体になじんでいるかのように着こなしていた。

 どう見てもキャリア志向の営業マンにしか見えない。

 実際に、東証一部上場企業の広告代理店営業主任で、営業成績トップらしい。 


 もう一人は対照的に、どう見てもチンピラにしか見えない。

 平均的な日本人よりも頭一つ分高い。

 本名は普通すぎるので、スコーピオンと呼んでくれと言った。

 職業はギャンブラーだとは言っているが、正式にはそんな職業はない。

 ただの自称だ。

 つまりは、住所不定のニートだ。


 彼も立ち上がって自己紹介をした。

 ジローはすでにみんな知っているので、自己紹介をする必要はなかった。

 彼は一発芸が見事に失敗に終わり、完全に黙り込んでいた。

 さっきまで気にもしていなかったが、ふとジローのスーツ姿を見た。

 どう見ても風俗の呼び込みといったところか。

 決して、ひねくれてしまった目で見ているからではないだろう。


 とりあえず、これで男メンバーが全員そろったのでミーティングをした。

 この時に、なぜスーツなのかようやく説明された。

 何のことはない。

 キトウの同僚ということにして女を釣る作戦だった。

 しかし、すぐにダメ人間の集まりだとばれそうなメンツのくせに、誰も疑問に思わないのかと、僕はツッコミたかった。


 そもそも、こんなにも変なことになってしまったのは、キトウが闇カジノにはまってしまって、とんでもない借金を作ってしまったのが原因だった。

 とうとう会社に追い込みをかけられそうなところを、従業員のスコーピオンが助けてくれ、どうにか自分で借金を返せるところまで取り戻すことができたそうだ。

 その見返りとして、今回の合コンを開けとスコーピオンが言ったのだった。

 この男のことを知らなければ欲のない男だと思うだろうが、実際にはそうではない。


「とにかく、お前らばれないようにうまくやれよ。仕事のこと聞かれたらうまくごまかせ、いいな。」

 スコーピオンは、レースが始まる前の競走馬のように鼻息が荒く入れ込んでいた。


「でも、すぐにばれそうじゃないか、見た目で。」

 彼は冷静に突っ込んだ。


 それを聞いてキトウはうなずき、

「やっぱりそう思うだろう?初めは僕もそう言ったんだ。でも、大丈夫だ、オレたちはうまくやる。もしばれそうになったらうまくフォローしろよ、ばれたら許さないからな、って言って脅すんだ。」

 と乗り気ではなさそうだった。


「今更何を言ってやがる!お前がそれでいいって言っただろう。エリートのくせに闇カジノに手を出すからいけないんだろうが。」

 スコーピオンは本当に猛毒の尻尾を持っているかのように、上から怒鳴りつけた。


「分かってるよ。でも、大手で出世していくのは本当に大変なんだ。仕事を取ってくるのに、けちで嫌みな奴に頭を下げたり、圧倒的に頭の血のめぐりの悪い業者をうまく使う為に、気を使ったりするのに神経を使うんだ。会社に帰ってきたらで、上司の都合で予定を変更させられたり、要領の悪い後輩の汚いけつを拭わされたりするんだ。仕事が終わって飲みに行ったら、上司にコビを売りながら他の派閥についての退屈な悪口の言い合いだ。ストレスの溜まらないほうがおかしいよ。」


 キトウはまだ酔っ払ってもいないのに、情けない愚痴をはいた。


「……そろそろ行こうぜ。」

 ジローは、もううんざりだとでもいうように、手を振って不毛な話を終わらせた。

 そして、彼らは待ち合わせ場所である大手手羽先チェーン店へと向かった。


 店内の座敷席に座り、合コン相手が来るのを待った。

 ここの座敷席はふすまで仕切られ、個室のようになっていた。

 店内は大学生たちが集まっているのか、すでに騒々しかった。

 スコーピオンはうるさいなどとぶつぶつと言っていたが、彼は無言で座っていた。

 最初につまずいてしまったせいで、もうやる気などなく他のメンバーを観察していた。


 ジローはスマホをいじり、LINEでもやっているようだ。

 指先が分身しているかのようなスピードで操っている。

 しかも、二つ同時に。

 器用な男だ。


 スコーピオンはそわそわしてしまって、まだ来ないのか、とキトウに1分おきぐらいに聞いていた。

 キトウは営業スマイルのような苦笑いを浮かべて、スコーピオンをなだめていた。


 そうこうしている内に、キトウのスマホが鳴った。

 どうやら合コン相手が到着したようだ。

 キトウはようやくスコーピオンから開放されたからか、ほっとした表情をして店先まで迎えに行った。

 そして、キトウが戻ってくると後ろから女たちが、愛想笑いを振りまきながらやってきた。


 彼は、何をやっているんだろうというように、誰にも聞こえないような小さなため息をついた。

 しかし、僕は違った。

 自責の念なのか、胸が苦しいような気がする。

 実際には肉体などないので気のせいだろう。

 だが、許せないのは……


 いや、だめだ落ち着け。

 今の僕はただの傍観者なんだ。

 しかし、少し分かってきたような気がする。

 もしかしたら、この記憶は人生の最期に、悔悟する為に見せられるものではないだろうか?

 それならば僕は、全てを見届けなければならない義務がある。


 とにかく、記憶に戻ろう。

 これで全員がそろった。

 そして、各自ビールジョッキやグラスを持って乾杯をした。

 彼はぐいっとのどを鳴らしてあおった。

 それから各自自己紹介をしていった。


 まずは男たちから始め、女たちが続いた。

 ロングの黒髪の女から自己紹介を始めた。

 女側の主催者らしい。

 10人中7人は美人だと答えるタイプだが、数多くいる見た目だけいい芸能人をコピーしたような感じだ。

 名前はすぐに忘れてしまった。


 次のボブカットの女は、彼らを品定めをするかのような目で見ていた。

 たまに会うことがある、男の価値は肩書きと年収だと思っているタイプの女だ。

 この女も名前はすぐに忘れてしまった。


 次の女はインパクトが強い。

 なかなか忘れられることはないだろう。

 金髪と言ってもいいくらいの茶髪で、化粧がやたらと濃い。

 語尾を無駄に伸ばし、滑舌が悪い。

 そして、絶望的、いや壊滅的と言ったほうがよいのか、おそろしく頭が悪いということがすぐに分かる。

 自分のことをナッツと呼んでと言っていた。

 頭の中がナッツということなのだろうかと、僕はついダジャレを考えてしまった。


 最後に、不機嫌なメガネをかけた女は、名前だけを感情のこもっていない声で言って黙り込んだ。

 これで終わりだった。

 これにはみんな閉口してしまった。

 この時の彼は何か感じが悪いなとでも思ったのか、胸がムカムカとしてきた。

 その時に、ナッツが突然話し出した。

 そのおかげか、みんな気が緩んでしまい、それぞれ話し出した。


 気がつくと、いつの間にか、席替えをしていた。

 すでに、みんな出来上がり始めているようだった。

 そして、彼の目の前には例の彼女が一人だけ冷めた目をして座っていた。

 右隣にはナッツ、その前にはジローがいる。

 左隣にはボブカットの女で、相手はキトウ。

 その向こうには、スコーピオンと黒髪の女だった。


 彼は3杯目のビールジョッキを傾けていた。

 そして、この席だけ会話が無く気まずい雰囲気があるので、僕は周りの会話を聞いていた。

 さいわい、うるさい大学生たちはどこかへ消えていたので、だいぶ静かになっていた。


「エリート営業マンだって、たまにはこういう庶民的な店がいいんだよ。」

 キトウは人格が変わったかのようにすかした顔で言った。


「ええ?私はおしゃれなお店のほうがよかったけどなあ。」

 ボブカットの女は、媚を含んだ目で上目使いにキトウを見つめていた。


「そうなの?今度はふたりっきりで行かない?いい店知ってるんだよね。」

 キトウはやけに明るい口調だった。

 来る前は全くやる気など無かったくせに、このディックヘッドが!

 もうお前なんかディックでいい。

 僕は人知れず毒気づいた。


 スコーピオンはどうやら苦戦しているようだ。

 相手は少し退屈そうに話を聞いている。

 彼との間にはディックたちがいるので話の内容は分からないが、スコーピオンが一方的に手羽先のからあげを食べながらしゃべっている。

 スコーピオンだけは楽しそうだ。


「ねえ、何でアニキなの?年は同じなんでしょ?」

 ナッツが語尾を無駄に伸ばし、滑舌の悪い口調でジローに聞いた。


「それは、話すと長くなるよ。」

 とジローが言い、ナッツの反応を見ていた。

 ナッツは興味津々なように、うんうんと笑顔でうなずいていた。


「そうか、じゃあ話すよ。前にオーストラリアにいた時に、同じところに偶然泊まってたんだ。そこにアニキのほうが先に来てたんだよね。ということで、アニキってこと、以上。」

 ジローはそう言うとにっこりと笑った。


「もう、短いじゃない!ジロー君って面白い、うける!」

 ナッツは頭のネジが緩んでいるみたいに、手を叩きながら笑っている。

 何が面白かったのだろう?


「でも、オーストラリアって旅行で行ったの?」

「いや、ワーキングホリデーだけどね、知ってる?」

「ああ、知ってる。確か1年間好きなことしていてもいいっていうビザでしょ?大学の時の友達が行ってたの。楽しかったって言ってた。でも、英語の勉強してくるって言って出発したけど、あんまり上達してなかったのは覚えてる。」


 彼女が隣りの会話に割り込んだ。

 なぜか無表情でとげがある。

 隣りの場の空気が固まった。


「ごめんね。この子、最近カレと別れたばかりなの。怒らないでね。」

 ナッツは心配そうな顔になり、フォローするように言った。


「別に気にしなくていいよ。そういう人たちが多いのは本当のことだからね。もっとも、目的なんて人それぞれだから、一概に悪いこととは言えないよ。英語圏の国に行くからって、英語の勉強をすることが全てじゃないからね。」

 彼はたいして気にしてないよ、とでもいうように答えた。


『へえ、あなたは違うの?』


 彼女は挑発するように英語で問いかけてきた。

 それならば、受けてたとうと彼は英語に切り替えた。


『さあ?それは分からないよ。そうではなかったとは思いたいけど。』

『ふうん?それじゃあ、あなたは何をしようと思って行ったの?それで何を得たのかしら?』


『僕はそもそも英語の勉強の為に行った訳じゃないんだ。ただ、旅をしたくて行こうと思っただけで、最初からお小遣い程度の金しかなかったんだ。だから、途中で働く必要があってビザを取っただけで、特に深い意味があったわけじゃないよ。とにかく、その旅の途中でワイナリーで働いた時なんだけど、その時は剪定作業をしていたんだ。約2ヶ月間だったかな?』

 

 彼は言葉を区切り、その当時のことを思い出すように一息ついた。


『それである日、仕事に出かけた早朝にブドウの枝からうすい黄緑色の新芽が出ていた。それが道に沿って一直線に、この世界への誕生を喜んでいるかのように芽吹いていたんだ。さらに、そこに面する道路の正面には、オレンジ色の朝日が気持ち良く目覚めるように昇り始め、反対側には黄色の三日月がまだ眠りたくないと居残っていた。

 あの光と闇が同居している幻想的な景色を初めて見た時、全ての価値観が覆ったんだ。何て言えばいいんだろう?自然世界こそが神の作り出した芸術、これこそが本当にかけがえの無いものなんだって。実際には、あそこではありふれた日常の光景なんだ。でも、僕にとってはありふれたものではなかった。その時にそう悟った瞬間、僕はこの世界の中にとけこんでいくようだった。

 そして、僕はこの世界とつながっているんだ、僕自身ここに存在しているって。その感覚をつかんだ時、これ以上何を望む必要があるのだろうかと思ったよ。』


 彼はできる限りの言葉で答えた。

 そういえば、こんなことを誰かに打ち明けたのは初めてだと思った。

 いや、僕自身、こんなことを考えていたとは思わなかった。

 ほとんど無意識で語っていたのだろう。

 実際に、彼は酔いのせいなのか、頭がゆらゆらと揺らいでいるからだ。


『へえ、あなたはしっかりと自分らしさを持っている人ね。久しぶりにあなたのような人に会えたわ。』


 彼女は最後に英語で答えた。

 そして、彼女は出会ってから初めてやわらかく笑った。

 まるで、冬を越した後の春の太陽のように温かい笑顔だった。


 その瞬間、心臓が打ち抜かれたかのように跳ね上がった。

 彼が、いや僕が初めて彼女を魅力的だと思った瞬間だった。

 僕自身、彼女の笑顔に吸い寄せられていくようだった。

 僕にとって、彼女の笑顔は全ての美酒に勝るのだ。

 彼女もまた神の創りたもうた芸術ではないのだろうか、と今でも思いたくもなる。


「すごい!ぺらぺらじゃない。ねえ、今何て言ってたの?」

 ナッツは感心しきってしまって彼女に聞いていた。


「ダメ。二人だけの秘密なんだから、ね?」

 彼女はいたずら好きの妖精のように、彼にウインクをした。


 彼は彼女と二人だけで改めて自己紹介をした。

 彼女は県外出身で、今は名古屋近郊で一人暮らしをしている。

 そして、2歳年の離れた妹がいて、もうすぐ1歳になる甥っ子がいるという話をしてくれた。

 甥っ子について、いかにかわいいかという話をしている時の彼女の目は本当に優しかった。


 彼は、いや僕自身、ようやく楽しくなってきた。

 それからはディックたちは置いといて、哀れなスコーピオンとその相手をしてあげている女を加えて盛り上がった。


 ここからは場面が流れるように進んでいった。

 カラオケへ2次会に行き、みんなで歌いあった。

 彼のへたくそな歌も意外と受けているようだ。

 彼にとっては、彼女が楽しそうにしているのを見るのが、何よりも楽しかったに違いない。

 彼の目にはほとんど彼女しか映っていなかった。


 最後まで盛り上がったが、終電の時間になってしまったので、彼女たちを駅まで送った。

 ディックたちはいつの間にか消えていた。

 そんなことはどうでもいいことだった。

 残った男たちは、ここからさらにジローの家に行き、朝まで飲み明かした。

 

 これで合コンは成功ということになるのかな?

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